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二人の猛者

 空いている観客席までしっかり送ってもらい、グレイソン殿下と別れた私はグルッと辺りを見回す。

まだ予選試合だと言うのに、剣術部門の会場は大盛況でほとんど満席の状態だった。

決勝戦並の盛り上がりを見せる会場の中央では────二年生の代表者と剣を交えるレオナルド皇太子殿下の姿がある。

艶やかな金髪を揺らし、銀の刃を相手に向ける彼は爽やかな笑みを浮かべた。

『キャー!』と会場の至る所から黄色い悲鳴が上がり、私は思わず耳を塞ぐ。


 さすがは生徒会長とでも言うべきかしら?凄まじい人気ね。まさか、ただの予選試合で席がほとんど埋まるとは思わなかったわ。


「嗚呼!!レオナルド皇太子殿下が素敵すぎる……!!」


「格好良すぎて、目眩が……!!」


「わ、私もう倒れそうだわ……!!」


「……確かにあれは惚れる。僕も一瞬惚れかけた」


 女性陣の歓声に『思わず……』といった様子で頷いた男子生徒は嫉妬心よりも感心が勝っているようだった。

バタバタと女子生徒が卒倒していく中、金髪の美青年はスッと目を細める。

そして────優雅な足運びで一気に斬り込み、相手の手から剣を叩き落とした。

カランッと乾いた音を立てて、相手選手の剣が床に転がる。

派手な装飾の剣を一閃し、皇太子殿下は相手の首筋に剣を突き立てた。


「こ、降参します……!!」


 バッと両手を上げ、大声で降伏を宣言した相手選手はカタカタと震え上がる。

ただの試合とはいえ、真剣を向けられるのは恐ろしいのだろう。


「アレックス・サミュエル・ドローレンス選手の降伏宣言により、レオナルド・アレス・ドラコニア選手の勝利になります。剣を下ろして下さい」


 司会者が正式に勝敗を宣言したことにより、会場内は……というか、女性陣は沸き立つ。

凄い凄い!とはしゃぐ彼女らを置いて、レオナルド皇太子殿下はサッと剣を下ろした。

強者の余裕とでも言うべきか、柔和な笑みを浮かべて相手選手に手を差し伸べる。

殿下の手を借りて起き上がったアレックス先輩は彼と軽く会話を交わし、ペコリと頭を下げた。

その表情は明るく、どこか清々しい。


 レオナルド皇太子殿下は一体なんて言ったのかしら?歓声に掻き消されて、よく聞こえなかったわ。せっかく、レオナルド皇太子殿下の人たらし……じゃなくて、カリスマ性について勉強しようと思ったのに。


 熱が冷めない会場を他所に、プクッと頬を膨らませていれば、アレックス先輩とレオナルド皇太子殿下が退場していく。

彼らの背中を見送った私は『次はグレイソン殿下の試合だ』と沸き立った。


「続いて、第四試合に移ります。選手は入場してください」


 剣術部門を担当する司会者がそう言うと、凄まじい熱気に包まれる会場内に二人の選手が現れる。

オドオドした様子で会場を進む相手選手とは対照的に、グレイソン殿下は堂々とした立ち振る舞いで歩みを進めた。

王者の貫禄すら感じる彼の態度に、観客達は自然と口を閉ざす。

先程までの騒がしさが嘘のように会場内は静まり返った。


 人を惹きつける才能に関してはレオナルド皇太子殿下の方が上かもしれないけど、人を支配する才能においてはグレイソン殿下の方が優れているかもしれないわね。まあ、本人に自覚はないでしょうけど。


「それでは、これより一年B組イノセント・イギー・ヒューズと一年C組グレイソン・リー・ソレーユの予選試合を始めます。両者、剣を構えて下さい」


 司会者の言葉に従い、相手選手とグレイソン殿下は鞘から剣を引き抜く。

暗闇のように黒い剣身が光を帯びて艶めいた。

相変わらず飾り気のない剣だが、不思議と魅入られる。

珍しい色の剣だからか、会場の視線は自然と彼の手元に集まった。


「相手を戦闘不能にするか、降参させた方の勝ちとなります。それでは────始めてください」


 試合開始の宣言が成されると、先手必勝だと言わんばかりに相手選手が駆け出した。

迫ってくる敵を前に、眉一つ動かさない黒髪の美青年は片手で剣を握る。

そして、空いている方の手はサッと背中に回した。


 両手を使う必要は無いって訳か。かなり相手に失礼だけど、ルール違反ではないし……まあ、いいか。


「えいっ!」


 掛け声と共に斬り掛かってきた相手選手を前に、グレイソン殿下は一歩も動かない。

脳天目掛けて振り下ろされた剣を軽く受け止め、そのまま弾き飛ばした。

単純な力技だが、イノセント様とグレイソン殿下の実力差がよく分かる。

何事も無かったかのように剣を構え直す黒髪の美青年に焦りはなく、平然としていた。


 相手選手も一応、クラスから選ばれた優秀な剣士なんだけど……レベルが違い過ぎるわ。

これじゃあ、試合にならないわね。


「っ……!《ブースト》!」


 力量の差を見せつけられて焦ったのか、相手選手は強化魔法を発動した。

自身の身体能力を飛躍的に向上させたイノセント様はギュッと剣の柄を握り締めて、走り出す。

────それでも、グレイソン殿下は顔色一つ変えなかった。


「────攻撃がワンパターンすぎる。もっと種類を増やせ」


 そんな呟きと共に黒髪の美青年は相手の剣を叩き折った。

カコンッと折れた剣身が床に落ち、光に反射する。剣を振り被る隙すら与えられず、武器をダメにされたイノセント様は大きく目を見開いた。


「う、嘘だろ……?」


「残念ながら、現実だ」


 折れた剣を握りしめ、呆然とする相手選手に、グレイソン殿下は容赦なく現実を突きつける。

『貴方は鬼ですか!?』と叫びそうになるのを必死に我慢していれば、イノセント様はヘナヘナとその場に座り込んだ。

完全に戦意喪失してしまった彼を前に、黒髪の美青年は剣を構える。黒い剣の先端はイノセント様の喉元に向いていた。


「降参か、気絶か選ばせてやる」


 グレイソン殿下なりの気遣いなのか、相手選手に選択を委ねる。

イノセント様はゆっくりと顔を上げると、物憂げな表情を浮かべた。


「……降参でお願いします」


「分かった」


 か細い声で紡ぎ出された答えに、グレイソン殿下はしっかり頷き、司会者に目を向ける。

シーンと静まり返った会場に沈黙が降り立つ中、剣術部門の司会者はコホンッと一回咳払いした。


「えー……では、イノセント・イギー・ヒューズ選手の降伏宣言により、グレイソン・リー・ソレーユ選手の勝利となります。剣を下ろしてください」


 グレイソン殿下の勝利が宣言され、黒髪の美青年は無言で剣を鞘に収める。

相手選手のイノセント様はと言うと……折れた剣を拾い上げていた。

相当高価なものだったのか、ちょっと泣きそうだ。


「……綺麗に折ったから、多分直せる筈だ。腕のいい鍛治職人なら、一日もあれば修理できるだろう」


「ほ、本当ですか……!?」


「ああ」


 半泣きのイノセント様を見兼ねて、グレイソン殿下が助言すれば、彼は目に見えて元気になった。

安堵にも歓喜にも似た表情を浮かべ、頬を緩める。

試合の勝敗よりも武器の方が大事なのか、彼は敗北した相手にペコペコと頭を下げてお礼を言った。


 とりあえず、丸く収まって良かったわ。微妙な空気で終わったら、物凄く気まずいもの。


 良い感じの雰囲気で退場していく二人を一瞥し、私はサッと席を立った。


「さて、グレイソン殿下の試合も見終わったことだし────そろそろ、魔法部門の会場へ行きましょうか」


 誰に言うでもなくそう呟くと、私は足早に剣術部門の会場を後にする。

────魔法部門の予選試合はもう直ぐそこまで差し迫っていた。

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