観戦
開会式を無事に終えた我々代表者はそれぞれ予選や観戦に向かい、散り散りになる。
七戦目に出場する私と四戦目に出場するグレイソン殿下は時間にかなり余裕があるため、エミリア様の応援に来ていた。
眩しい太陽がジリジリと照りつける中、学生用に用意された観客席に腰掛ける。
乗馬部門の会場は訓練場の一つをレース場に作り変えたもので、競馬場と似た造りをしていた。
改装を担当した業者がかなり頑張ってくれたようで、設備は充実している。
一ヶ月半でよくここまで出来たわね。会場を借りて行う剣術部門と魔法部門は既に土台が出来上がっているけど、ほぼ何も無い訓練場をレース場に変えるのは大変だっただろう。
業者の頑張りが垣間見え、思わず感心していれば────突然周囲が騒がしくなった。
「エミリア様ー!」
「頑張ってくださいまし!」
「応援しています!」
大きく手を振ってエミリア様に声援を送るのはCクラスの生徒達だった。
エミリア様の応援に駆けつけた彼らを前に、愛馬と共に入場したポニーテールの女性は僅かに微笑む。
学園側から支給された乗馬服に身を包む彼女は緑色のマントを靡かせ、ヘルメットのつばを少し上げた。
相手の選手は確か一年A組の代表者だったかしら?同期生だからと言う訳じゃないけど、エミリア様の勝利は濃厚ね。
ここ一ヶ月、毎日のようにエミリア様の乗馬を見てきたけど、彼女の技術はプロ並だったわ。とてもじゃないけど、同年代の子とは思えない……。
「私もいつかエミリア様のように美しく馬を乗りこなしたいものですわ」
憧れの念を込めてそう呟けば、隣に座る黒髪の美青年がチラリとこちらに視線を向ける。
「なら、まずは体力をつけろ。運動神経は悪くないが、いかんせん体力が無さすぎる。それから、魔法に頼り過ぎるな」
ズバズバと私の甘えを切り捨てていくグレイソン殿下に、容赦はない。
再び直面した体力不足という問題に、私はソロリと目を逸らした。
風紀委員会の見回りと放課後の特訓のおかげで少しずつ体力はついてきたけど、やっぱりまだまだ足りない……。
何故って?それは直ぐに魔法に頼るから!自分でも『この癖は直さなきゃな』と思っているんだけど、どうもね……。
「ま、まあ……その事についてはまたおいおい話しましょう!今はエミリア様の応援をしませんと!」
冷や汗を垂れ流しながら、必死に話を逸らす私に、グレイソン殿下はスッと目を細める。
こちらを訝しむような視線に思わず頬が引き攣るが……なんだかんだ優しい殿下は折れてくれた。
「……それもそうだな。今は応援に集中しよう」
『今は見逃してやる』と言うように視線を逸らした彼はラピスラズリの瞳をレース場へ向ける。
そこでは、既にエミリア様とA組の代表者がスタート位置に着いていた。
エミリア様の愛馬であるエリザベスちゃんはやる気満々で、フンスフンスと鼻息を荒くしている。
放課後の特訓中、何度も撫でさせてもらったエリザベスちゃんの毛並みを思い出し、『頑張れ!エリザベスちゃん!』と密かに声援を送った。
「────それでは、これより一年A組フィービー・シエンナ・バートンと一年C組エミリア・キャンディス・ダーズリーの予選試合を始めます」
乗馬部門の司会者である男性は拡声用の魔法陣を調節しつつ、運営用のテントからレース場の様子を窺う。
乗馬用の鞭と手綱を持ち、姿勢を正す二人の選手は準備万端だ。
「私の合図に合わせて、スタートしてください。それでは────試合開始!」
司会者の開始宣言と共に、発馬機から二頭の馬が駆け出した。
華麗なスタートダッシュを切った二頭はぐんぐんスピードを上げて行き、コースを駆け抜ける。
二頭とも素晴らしい走りだが、才能の差とでも言うべきか、エリザベスちゃんの方が速かった。
『はいや!』と声を上げて、手綱を握り締めるポニーテールの女性はこの状況も相まって、凄く格好いい。
「エミリア様、ファイトですわ!」
「もう少しでゴールです!」
「その調子で駆け抜けてください!」
エミリア様とエリザベスちゃんの走りに誰もが熱狂し、エールを送った。
Cクラスの生徒を中心にレース場が熱気に包まれる中────エリザベスちゃんがあっという間にゴールする。
十五メートル以上距離を開けて勝利したエミリア様とエリザベスちゃんに、歓声が上がった。
「素晴らしい走りでした!」
「感動しましたわ!」
「さすがはエミリア様です!」
興奮した様子で手を叩く彼らに、愛馬を落ち着かせたエミリア様は小さく手を振る。
エリザベスちゃんも機嫌良さそうに尻尾を振っていた。
「まあ、予想通りの結果だな」
「そうですね。でも、勝利を目の当たりにした時の高揚感は抑え切れませんわ」
手を取り合って喜ぶクラスメイトとは対照的に、反応の薄いグレイソン殿下は澄ました顔をしている。
眉一つ動かさない殿下の態度に苦笑していれば、不意に彼が席を立った。
「俺はもうそろそろ、控え室へ向かう。遅刻したら、大変だからな」
「でしたら、途中までご一緒しますわ」
行き先はほぼ同じなのでそう申し出れば、グレイソン殿下はピクッと眉を動かした。
『何故だ?』と問う眼差しに、私はクスリと笑みを漏らす。
「グレイソン殿下の試合を観戦しに……いえ、応援しに行きたいんです。幸い、私の予選までまだ時間がありますし……ダメですか?」
ラピスラズリの瞳を下から見上げ、コテリと首を傾げれば、彼は僅かに目を見開いた。
でも、直ぐにポーカーフェイスに戻って、視線を逸らされる。
「……俺の試合なんて見ても詰まらないと思うぞ」
「あら、そんなことはありませんわ。殿下の剣さばきは見事ですもの。詰まらないなんて思う筈がありません」
放課後の特訓中に見せてくれた殿下の剣技は戦闘に特化しており、無駄がなかった。
決して『美しい』とは言えないが、実践向きの戦い方は非常に勉強になる。
だから、殿下の試合が詰まらないなんて絶対に有り得なかった。
まあ、早く片がついちゃって『詰まらない』と感じることはあるかもしれないけど……。
「シャーロット嬢がそう言うなら、別に構わない。剣術部門の会場まで送り届けよう」
どことなく雰囲気が柔らかくなった黒髪の美青年は白くて大きな手を私に差し出す。
『エスコートなんて、別にいいのに……』と思うものの、殿下の気遣いを無下にする訳にはいかず、その手を取った。
「ありがとうございます、グレイソン殿下。では、途中までお願いしますわ」
「いや、ちゃんと観客席まで送り届ける」
「えっ……?そ、そこまでして頂かなくても……!」
まだ少し時間に余裕があるとはいえ、観客席まで送って貰うのは気が引ける。
困ったように眉尻を下げる私に、グレイソン殿下はただ一言『俺がそうしたいだけだ』と言い放った。
そう言われてしまっては反論のしようがなく……苦笑を浮かべて、席を立つ。
「では、お言葉に甘えさせて頂きますわ」
「ああ」
満足そうに頷いた黒髪の美青年は私の手を引いて歩き出す。
彼の後に続く私は周囲から突き刺さる生暖かい視線をスルーし、前へ進んだ。
このエスコートに深い意味なんてないのだけれど、ここまで注目されるとなんだか照れるわね。
それにしても、殿下はどうして『観客席まで送り届ける』なんて言い出したのかしら?もしかして────私がまた迷子になると思っている?入学初日に、道に迷って男子寮に辿り着いたから?
だとしたら、今すぐ全力で抗議したい……あれは本当にたまたまなんだと!
エスコートの真意を尋ねたい衝動に駆られる私だったが……『そうだ』と肯定されたら、それはそれでショックなので口を噤む。
結局、知らぬが仏だと自分に言い聞かせ、真相から目を背けるのだった。