入学式
「────これより、入学式を行います。まずは新入生の入場です。温かい拍手でお迎え下さい」
アイザック様が第二ホールに入ってから間もなくして、司会者の声が耳を掠めた。
『いよいよ、本番だ』と誰もが気を引き締める中、観音開きの大きな扉が開け放たれる。
私は列の最後尾に居るため、中の様子が見えないが、生徒の保護者で溢れ返っているのは何となく予想が出来た。
耳が割れんばかりの盛大な拍手が巻き起こり、二列に並んだ新入生たちがゆっくりと歩き出す。
新入生が次々と会場内に足を踏み入れる中、私はチラッと横に目を向けた。
列の並びは来た順だから、何となく分かっていたけど……私の隣はやっぱり、あの美形なのね。
ロマンス小説の主人公のように『やだっ!ドキドキが止まらない……!』なんてことはないけど、周りの視線が痛い……。
黒髪の美青年はその美しさ故に嫌でも注目を集めるため、自然と隣を歩く私にも注目が集まる。
当の本人は慣れているのか、全く気にしていないけど……。
『やっぱり、もっと早く来れば良かった……』と後悔しながら、私は会場内をグルッと一周した。
新入生用に設けられた椅子の前に並び、先生の合図で一斉に席に着く。
すると、会場に響き渡っていた拍手がピタッと止まった。
「盛大な拍手、ありがとうございました。続いて、生徒会会長の挨拶になります。会長のレオナルド・アレス・ドラコニア皇太子殿下、よろしくお願いします」
『皇太子殿下』というパワーワードと共に立ち上がったのは金髪の美青年だった。
艶やかな金髪と中性的な顔立ちが印象的な彼はエメラルドの瞳に我々新入生を映し出す。
女子生徒達がポッと頬を赤く染める中、彼はふわりと柔らかい笑みを浮かべた。
数名の女子生徒が声にならない声を上げ、バタッと倒れる。
人たらしの化身と言っても過言ではないこの方こそ────フリューゲル学園の現生徒会長であり、ドラコニア帝国の皇太子でもある、レオナルド・アレス・ドラコニア殿下だった。
外見の良さも然ることながら、文武両道の才能を持ち合わせている天才だと、専らの噂だ。
おまけに人当たりも良く、相手が平民でも分け隔てなく接している。もちろん、執政者という立場にあるため、時には厳しく接する必要もあるが、基本的に穏やかな人だ……と聞いている。主に姉のスカーレットから。
嫌ってほど聞かされた内容を思い返す中、レオナルド殿下は保護者席の方に軽く頭を下げてから、ステージへと足を向けた。
その後ろに他の生徒会役員が続き、ゾロゾロとステージへ上がっていく。
その中には────私の姉である、スカーレット・ローザ・メイヤーズ子爵令嬢の姿もあった。
何故、姉がそこに居るのか……その答えは至極簡単で────彼女が生徒会の現副会長だからだ。
女性……それも子爵令嬢が生徒会に入るなんて前代未聞だが、姉はその優秀さを認められ、副会長に抜擢された。
妹に対する言動はさておき、姉はかなりの成績優秀者だ。魔法学では、あのレオナルド殿下すらも凌ぐと言われている。
そのせいか、彼女の大抜擢に否を唱える者はほとんど居なかった。
誇らしげな表情を浮かべ、レオナルド殿下の後ろに控える姉は八年前より明らかに大人っぽくなっている。
だが、低身長と童顔のせいか『綺麗』よりも『可愛らしい』という言葉が似合う。
それでも、姉は一生懸命メイクで大人っぽく見せているみたいだが……。
決してブサイクという訳じゃないのだが、姉は子供っぽい容姿にコンプレックスを感じているようだ。
数週間ぶりに見る青髪の美少女に注目を集めていると、不意に金髪の美青年が口を開いた。
「まずは新入生諸君、入学おめでとう。厳しい入学試験を見事突破し、ここまでやってきた君達を私は誇りに思う。これからは共に学び、共に笑い、共に友情を育んで行こう」
別に何か特別なことを言われた訳じゃないのに、レオナルド殿下の言葉だからか妙に心に残る。何を言ったかよりも、誰が言ったかの方が重要なのだと改めて分かった。
「不慣れな寮生活で何かと不安が多いだろうが、その時は遠慮せず私達を頼って欲しい。我々生徒会は生徒一人一人のために存在しているのだから。最後になるが、君達の今後の活躍を期待しているよ」
そう締め括った生徒会長は優雅に一礼し、他の生徒会役員と共にステージから下りた。
皇太子殿下の挨拶に沸き立つ新入生が我先にと手を叩く。
我々の入場とは比べ物にもならないほど盛大な拍手が巻き起こった。
『このカリスマ性は恐ろしいな』と見当違いな感想を抱く中、司会者が式の進行を続ける。
────それから、理事長の有り難いお話を聞いたり、新入生代表の挨拶を聞いたりして退屈な入学式は無事終了した。
◇◆◇◆
入学式を終えた我々新入生は担任の先生から明日からのスケジュールや学校の説明を聞き、早々に解散していた。
新入生の多くが友人と一緒に校内を回る中、私は寮を目指す。
『面倒臭いから』と必要最低限の催し物しか参加しなかった社交性0の私は、当然ながらボッチだった。
友達は学園に行ってから作ればいいやって思っていたけど、難しそうね。既に幾つかのグループが出来上がっているんだもの。あの中に入るのは至難の業だわ。
友達作りはまた明日にして、今日は寮に戻ってさっさと寝ましょう。
入学初日にして、既に孤立しつつある私は人混みを掻き分けて、寮へ向かう。
敷地内の見取り図を思い浮かべながら、歩いていると────紺色の屋根が見えてきた。
貴族の屋敷のように大きいそれは三つあり、学年別に振り分けられている。
あれ……?おかしいわね。入学説明会のときに見た建物よりちょっと屋根の色が暗いような……?空みたいに綺麗な水色だった筈だけど……私の気のせいかしら?
門の前で立ち止まった私は紺色の屋根をじっと見つめ、首を傾げた。
「眠過ぎて、ついに目がおかしくなった……?どう見ても紺色の屋根にしか見えないのだけれど……」
「────そりゃあ、そうだろう。実際、紺色なんだから」
背後から聞き覚えのある声が聞こえ、パッと後ろを振り返れば、入場のとき隣になった黒髪の美青年が居た。
ニコリとも笑わない彼は無表情で、私を見下ろしている。
瑠璃色の瞳には困惑する私の姿がハッキリと映っていた。
「えっ?あ、えっと……やっぱり、紺色に見えます?」
「ああ」
「あ、あははは……そうですよね。入学説明会の時は水色に見えたんですが、私の気の所為だったみたいです……」
「?」
両手の人差し指をちょんちょんと合わせ、愛想笑いを浮かべる私に、彼は僅かに首を傾げる。
そして、何か考えるような動作を見せたあと、納得したように頷いた。
一人で自己完結した彼は何を思ったのか、私の頭を鷲掴みにする。
えっ?えぇ……!?何事!?何で頭を掴まれているの!?もしかして、怒らせちゃった!?
「あ、あの!私、何か気に障ることでも……」
「────あれは男子寮だ」
私の言葉を遮るように発せられた言葉に、思わず『はぁ?』と言ってしまう。
困惑気味にパチパチと瞬きを繰り返す中、黒髪の美青年は鷲掴みにした私の頭を無理やり動かし────南東方面に向けた。
遠くてよく見えないが、見覚えのある水色の屋根がうっすら見える。
『迷子』という単語が脳裏を過り、ダラダラと冷や汗を垂れ流した。
「あれが女子寮だ」
抑揚のない声で告げられた真実に、私は嘆くしかなかった。
この歳にもなって迷子なんて……恥ずかしいことこの上ない!しかも、迷った末に辿り着いたのが男子寮って……もっと他にあったでしょう!
この広い敷地内で男子寮をピンポイントに探し当てるなんて、破廉恥な女みたいだわ……。
いや、だって……!!この学園、無駄に広いんだもの!!校舎に、寮に、練習場まであるのよ!?迷うに決まっているわ!
なんて言い訳を並べてみるものの、羞恥心は消えず……私は顔を真っ赤にしながら、黒髪の美青年と向き合った。
『穴があったら入りたい』という気持ちになりながら、深々と……本当に深々と頭を下げる。
「ご丁寧に教えて頂き、ありがとうございます。そして、ご迷惑をお掛けして申し訳ありません。何かお礼を……」
「いや、別に構わない。こう言ってはなんだが、俺は最初お前を男子寮に忍び込もうとする痴女かと思っていた。そんな俺にお礼なんてする必要はない」
男子寮に忍び込もうとする痴女……凄くショックだけど、状況的にそう見られてもおかしくはないわ……。実際、男子寮に忍び込んで、大貴族と性行為に及び、妊娠して玉の輿を狙う女性は何人か居るから……危機感を覚えるのも無理はない。
過去に何件かそういう事例もあったみたいだし。
『私はそうじゃない!』と叫びたい気持ちと、不安にさせてしまった罪悪感に苛まれながら、私は瑠璃色の瞳を見つめ返した。
吸い込まれそうなほど美しいラピスラズリの瞳には何の感情も浮かんでいない。
「では、せめてお名前だけでも教えてください。私はメイヤーズ子爵家の次女である、シャーロット・ルーナ・メイヤーズです」
自覚がなかったとはいえ、奇行に走る私を止めてくれた恩人の名前が知りたい……と願い出る。
すると、黒髪の美青年は淡々とした口調でこう答えた。
「俺は────グレイソン・リー・ソレーユだ」