体育祭の代表者
実力テストという名の不正調査から、約二週間の月日が流れた。
先生方が積極的に私のイメージ改善に務めてくれたおかげか、クラス内だけでなく、学校全体の認識が変わりつつある。
もちろん、未だに私の不正を疑う人も多く居るが……。
まあ、一度貼られたレッテルはそう簡単に変えられるものじゃないし、このくらいは仕方ないわ。少しずつ実績を重ねて、信頼を勝ち取って行くしかない。
噂の一年生を一目見ようと教室の前に集まった野次馬を一瞥し、私は窓から空を見上げる。
昼食を食べたばかりだからか、心地良い日差しと風のせいで眠くなってしまう。
お昼寝には持ってこいの天気なのに、これから学級会が始まるのかと思うと凄く憂鬱だった。
ボケ〜ッと窓の外を眺めながら欠伸を噛み殺していると、不意に予鈴のチャイムが鳴る。
それを合図に、教室前の野次馬は散らばって行き、各々教室に戻って行った。
人口密度が減ったことにホッと息を吐き、胸を撫で下ろしていると────学級委員長のエミリア様が不意に席を立つ。
一枚のプリントを手に持つ彼女は凛とした面持ちで教卓に歩み寄り、黒板の前に立った。
あら?どうしたのかしら?予鈴のチャイムがもう鳴ったのに、何故席に座らないの?
エミリア様の不可解な行動に首を傾げていると、キーンコーンカーンコーンと本鈴のチャイムが鳴る。
それでも、彼女は自分の席に戻ろうとしなかった。
ざわつくクラスメイトを前に、茶髪の女性はコホンッと一回咳払いする。
「五限目の学級会についてですが、サイラス先生たっての希望で私が司会進行を務めることになりました。なんでも、研究に忙しいとかで……『皆、仲良くね!あとはよろしく!』だそうです」
我々の疑問を解消するようにエミリア様がそう答えると、クラスメイトの大半が『あっ、なるほど』と納得してしまう。
だって、学級委員長のエミリア様に丸投げするサイラス先生の姿が容易に思い浮かぶから。
彼女の言葉を疑う余地はなかった。
委員会決めのときもそうだったけど、本当にあの人はいい加減だなぁ……最近は特に。
例のテストで突然変異した炎霊草を調べるため、職員会議をサボったり、薬草学の授業に遅れたりしている。おかげで周りの人達……特にエミリア様とビアンカ先生が被害を被っていた。
本鈴が鳴っても姿を現さないことから、遅刻か欠席だろうとは思っていたけど、まさかこう来るとは……事前に通達しているだけマシだけど、教師としてこれはどうなんだろう?
ハチャメチャと呼ぶべきサイラス先生の暴挙に呆れ返っていれば、エミリア様が書記の子を呼び寄せた。
その子にプリントを渡し、黒板に何かを書くよう指示する。
他の学級委員も黒板前に集まり、学級会の準備に取り掛かった。
「今回、学級会で話し合うのは────体育祭のトーナメントに出場するメンバーについてです」
教壇の上に立ったエミリア様がそう宣言すると、Cクラスの生徒達はワッと沸き立つ。
入学式を除けば、これが初めての学園行事になるため、みんな興奮しているのだろう。
フリューゲル学園の体育祭は皇帝陛下も見に来るから、相当期待度が高いでしょうね。
まあ、私は風紀委員だから陛下の顔を拝む暇もないかもしれないけど……だって、イベント事にはトラブルが付き物だもの。風紀委員の私が体育祭を存分に楽しめるとは思えないわ。
「今年の体育祭も例年と同じで、魔法部門・剣術部門・乗馬部門の三つの部門があります。各部門の代表者は一人ずつ。詳しいルールについてはまた後日説明があると思いますが、禁止事項だけ先に伝えておきます。魔法部門では召喚術の使用が禁止されており、剣術部門では剣気の使用と魔法での直接攻撃が禁じられています。また、乗馬部門では事前に申請した馬以外の参加は許されません。そして────」
淡々と禁止事項を読み上げていくエミリア様に合わせて、書記の子が黒板に文章を書き込んでいく。
本来なら、担任のサイラス先生が体育祭の説明をするのだが……彼女達だけで事足りそうだった。
「────となります。禁止事項の説明は以上です。ここから先は代表者の選出に移ります。今から白紙の紙を配りますので、推薦したい人の名前を各部門ごとに一人ずつ書いてください。もちろん、自分の名前を書いて貰っても構いません。五分後、紙を回収し、我々で集計します」
最も多く推薦を勝ち取った者にクラスの代表を任せると明言したエミリア様に、誰も反論しなかった。
というのも、代表者の選出方法は毎年どのクラスもそんな感じだから。体育祭は所詮子供の遊びだが、参加する以上優勝を狙いたいと思うのが普通だろう。
何より、外部の人間が観戦に来る以上、無様な結果を見せる訳にはいかなかった。
真剣な顔で考え込むクラスメイトを一瞥し、ノートの切れ端から作った紙を受け取る。メモ帳程度の大きさに切られたそれに、私はとりあえず各部門の名前を書いた。
剣術部門は迷うまでもなく、グレイソン殿下だけど……魔法部門と乗馬部門は誰がいいかしら?
顎に手を当てて考え込む私は『う〜ん……』と小さく唸る。
魔法部門のところに一瞬自分の名前を書こうか迷ったものの、結局副委員長の名前を書いた。そして、乗馬部門のところにはエミリア様の名前を書いておく。
「はい、そこまで。学級委員が回収しに行くので、そのまま動かないでください」
クラスメイトがペンを下ろすと、学級委員が後ろから順番に紙を回収していく。
『誰の名前を書いたか』で盛り上がる生徒達を置いて、彼らは早速集計を始めた。
手際良く作業を進めていく学級委員を遠くから見守り、『ふわぁ〜』と欠伸を零す。
襲ってくる眠気に抗いながら、集計を待つこと十分……エミリア様が一枚の紙を持って、再び教壇の上に立った。
「集計結果が出ましたので、発表していきますわ」
エミリア様がよく通る声でそう言うと、教室内は瞬く間に静まり返る。
誰もが固く口を噤み、ワクワクした表情を浮かべる中、茶髪の女性は再度口を開いた。
「まず、剣術部門で最も多く推薦を勝ち取ったのはグレイソン殿下です。そして、乗馬部門は私 エミリア。魔法部門は────シャーロット嬢になります」
クラス内でも注目度の高い三人が代表者に選ばれ、生徒達は沸き立つ。
『この三人なら、総合優秀も狙えるんじゃないか』と期待の眼差しを向けた。
『もしかしたら、選ばれるかも……』とは思っていたけど、まさか本当に選ばれるとは……。先生方のおかげで不正疑惑はほとんど晴れたけど、これはちょっと予想外だわ。でも、凄く嬉しい。
それにこれは────姉に報復する、またとないチャンスだわ。去年の優勝者である姉は当然の如く、魔法部門に出場するでしょう。
そうなれば、私と対決するのは避けられない筈……。
正直、どうやって姉に報復しようか悩んでいたからちょうど良かったわ。さすがに陰湿なイジメみたいなことはしたくなかったから。公式の試合で正々堂々と戦い、姉をコテンパンに叩きのめす……くらいは許されるわよね?
「私は乗馬部門の代表を喜んで引き受ける所存ですが、グレイソン殿下とシャーロット嬢はどうしますか?引き受けて頂けますか?」
教室の端と端に居る私と黒髪の美青年を交互に見つめ、エミリア様はそう問い掛けた。
たとえ、多くの推薦を勝ち取ったとしても、最終的な判断は本人が下す。クラスの総意だからと言って、無理強いは出来なかった。
もちろん、私は喜んで引き受けるけれど。
「代表者の件、謹んでお受け致しますわ。私を推薦して下さった方々の期待に応えられるよう、全力を尽くします」
「俺もシャーロット嬢と同じ気持ちだ。剣気なしでどこまで戦えるか分からないが……最善を尽くそう」
代表者の件を快諾する私達に、クラスメイトは『やったー!』と手を取り合って喜んだ。
とりあえず、最下位はないだろうとはしゃぐ彼らを他所に、エミリア様は満足気に微笑む。
「それでは、Cクラスの代表者はグレイソン殿下、シャーロット嬢、私 エミリアの三人に決まりました。皆さん、盛大な拍手をお願いします」
各部門のエキスパートとして体育祭に参加する我々に、クラスメイト達は興奮気味に手を叩いた。
『頑張ってね』『応援してる』と口々に言う彼らに、微笑んで頷く。
ちょっと擽ったい気持ちになりながらも、私は誇らしげに胸を反らした。
すみません、更新遅れました┏○ペコ