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武術のテスト

「先手は譲ろう。いつでも掛かってくるといい」


 『レディファーストだ』とよく分からない紳士道を振り翳すナイジェル先生に呆れつつも、お言葉に甘えさせてもらう。

完全に格下と見做されているのは気に食わないが、せっかくの厚意を無下にするほど無粋な人間ではない。

右手に持つ木剣を改めて両手で構える私は『ふぅ……』と一つ息を吐き、気持ちを落ち着かせた。


 相手が剣士なら、遠くから魔法攻撃を仕掛けて仕留めるのが一般的。剣の間合いに入れば、不利になるのはこっちだから。

ナイジェル先生は私が遠距離攻撃を仕掛けてくると思っている筈よ。だから────敢えて、その裏をかく。まずは先生の余裕そうな態度を崩すところから、始めましょう!本気で戦ってくれなきゃ、テストの意味が無いわ!


「《ブースト》」


 まずは強化魔法で身体能力を飛躍的に向上させ、ギュッと木剣を握り締める。

筋力が上昇したおかげか、木剣の重さはほとんど感じなかった。

宝石のガーネットを連想させる深紅の瞳を見つめ、私は軽やかな足取りで駆け出す。

相手が自分の方へ真っ直ぐ向かって来ていると言うのに、金髪の美男子は微動だにしない。指一本すら動かさず、剣先は下に向けたままだった。


 まずは確実に一撃を与える。


「────《テレポート》!」


 空間魔法の一種である転移魔法を発動させ、私は一瞬でナイジェル先生の背後に移動した。

一瞬で切り替わった視界に目を細め、思い切り剣を振り被る。強化された筋力とスピードを目いっぱい活用して、渾身の一撃を放つ────筈だった。本来であれば……。


「作戦は悪くなかったよ。でも、私には通じないね」


 こちらを一切振り返らず、私の剣撃を片手で受け止めたナイジェル先生はそう言い放った。

『絶対に上手くいく』と踏んでいた私は目の前の現実を受け止めきれず、呆然としてしまう。

相手を甘く見ていたのは────私の方だったみたいだ。


 う、嘘……!?何で……!?まさか、私の動きを全て予測していたって言うの……!?いや、でも私の魔法のレパートリーなんてナイジェル先生は知らない筈……転移魔法の使用を予測出来る訳が無い!じゃあ、まさか────状況を見てから(・・・・・・・)、対応したってこと……?


「そんな、まさか……!転移魔法を使ってから攻撃に移るまで一秒も掛かっていないのに……!そんな短い時間で完璧に対応したってこと……!?」


 余程の身体能力と戦闘経験がなければ成せない技に、私は驚愕を露わにする。

にわかには信じ難い事実を前に、畏怖を覚えた。

目を見開いて固まる私に、ナイジェル先生はチラリと流し目を寄越し、私の木剣をおもむろに弾く。

その反動で体ごと吹っ飛ばされた私は慌てて体勢を立て直し、何とか着地した。


 ちょっと弾かれただけでこの威力……身体強化を使わずコレなら、相当脅威ね。体型は明らかに痩せ型なのに、一体どこからこんな力が……。


 ナイジェル先生の見た目にすっかり惑わされ、相手の力量を見誤っていた。

己の失態を嘆きつつ、彼の背中を見つめる。


 こうなったら、私の得意分野に持ち込むしかないわ。もう一瞬たりとも油断しない。本気を出すわ。


「《アイスアロー》《アイススピア》」


 騎士道の欠けらも無い私は情け容赦なく、背後から氷結魔法を放った。

発現した白い矢と槍は冷気を放出しながら、ナイジェル先生の元へ向かっていく。

俗に言う『数打ちゃ当たる戦法』を実践した私だったが……彼には通用しなかった。

どんなに手数が多かろうと、ナイジェル先生の間合いに入った瞬間に木剣で弾き飛ばされる。それも、一度もこちらを見ずに……。

ここまで正確だと、『実は背中にもう一つ目が付いているのでは?』と疑ってしまう。


 不味いわね……ナイジェル先生を倒すどころか、その場から一歩も動かせていない。

このまま戦っても、こっちが一方的に削られるだけだわ。

もういっそのこと────降参してしまった方がいいんじゃないかしら?だって、勝敗はもう分かり切っているのだから。無駄に体力と魔力を消耗する必要はないじゃない。

たとえ、この戦いに勝てなくても私への不正疑惑はほとんど晴れているのだから。わざわざ頑張る必要なんてないわ。


 もう一人の自分が悪魔の囁きのように『もうやめてしまえ』と逃げ道を示した。

その道に進めば……さっさと降参を申し出れば、私は楽になれるのだろう。

でも────それじゃあ、今までと同じだ。


 私は『面倒だから』と姉の言いなりになり、社交界を避け、家に閉じこもって来た。

その結果、招いたのが入学当初の腫れ物扱いとボッチ生活。

逃げ続けた代償があの虚しさと悲しみなら、私はもう二度と逃げたくない。


 ギュッと剣の柄を握り締めた私は己の弱さを振り払うようにしっかりと顔を上げ、前を見据える。


「《テレポート》」


 覚悟を決めてそう唱えれば、瞬きの間に先生の頭上に転移した。

大して驚きもせず、こちらを見上げる金髪の美男子はクスリと笑う。

余裕綽々な彼の態度にムカッと来るものの、何とか怒りを堪えた。


「《ウォーターアロー》《アイススピア》《ウインドカッター》」


 初級から中級の攻撃魔法を頭上から雨のように降らせ、転移魔法を使って一瞬で立ち去る。

その様子はどこかスコールに似ていた。


 まあ、ナイジェル先生には攻撃()一つ(一滴)も当たらなかったみたいだけど……想定内の出来事ではあるけど、やっぱりちょっとショックね。一撃くらい当たってくれてもいいのに。


 ナイジェル先生から数メートル離れた場所に転移した私は案の定の光景に、肩を竦める。

あれだけの攻撃を浴びながら、傷一つ負っていない彼は柔和な笑みを浮かべた。


「《テレポート》」


 今にも挫けそうな心を繋ぎ止め、次はナイジェル先生の目の前に転移する。

横に薙ぎ払うように剣をスライドさせ、切り掛かれば、彼はゆったりとした動作でそれを受け止めた。

力勝負となれば、私に勝ち目はなく……そのまま弾き飛ばされる。

空中を水平に飛ばされた私は軽く腰を捻り、何とか地面に足をつけた。そのまま、ズザザザザッと床を滑るようにして後ろへ下がり、勢いを完全に殺す。


「《テレポート》」


 もう何度目か分からない転移魔法を使い、移動を測った私は────性懲りも無く、彼の後ろに回った。

初手と同じように剣を振り被り、金髪の美男子に攻撃を仕掛ける。

────この時点で勝利への切り札はもう完成していた。


「何度やっても同じだよ。そんな攻撃じゃ、私は倒せない」


 そんな呟きと共に私の木剣は弾かれ、そのまま後ろへ吹き飛ばされる。

『勝てない』と明言されたのがなんだかおかしくて、自然と笑みが零れた。


 そうね。もし、ナイジェル先生が手加減してくれなかったら、私は手も足も出なかったでしょう。それこそ、完全敗北していたと思うわ。

でも────私にだって、意地はあるのよ。


 クルリと一回転して勢いを殺した私はふわりとその場に降り立つ。

そして、ナイジェル先生の足元(・・)に目を向けた。


「先生にとって、私は顧みる価値もない存在かもしれません。ですが────上ばかり向いていると、そのうち足を掬われますよ」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面倒くさがって騎士の模擬戦を見に行ったりなんてしてないであろう主人公が、学校の教師になるほどのプロ相手に絶対勝てると思って舐めてかかるのとか、戦闘中に「嘘…!」って呆けちゃうのとか、理論は…
[一言] > 「そんな、まさか……!転移魔法を使ってから攻撃に移るまで一秒も掛かっていないのに……!そんな短い時間で完璧に対応したってこと……!?」 この台詞だけで、この子対人経験薄いんやろなぁって…
[気になる点] シャーロットって実戦経験は豊富なんですか? なんか勝てて当たり前みたいななめ切った思考してるような感じがします。 好感度ダダ下がりです。
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