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フリューゲル学園

 侍女軍団の頑張りにより、貴族令嬢として恥ずかしくない美貌を手に入れた私はフリューゲル学園の前まで来ていた。

開けっ放しの玄関の扉から中へ入り、靴箱に設置された貼り紙の指示に従って、さっさと靴を履き替える。

そして、ちょっと急ぎ気味に集合場所へと向かった。


 不味い……集合時間まであと五分しかないわ。ちょっと油断し過ぎたみたい。初日……それも入学式に遅刻なんてしたら、一生の恥よ。はしたなくならない程度に急ぎましょう。


 そう自分に言い聞かせながら、急いで廊下の曲がり角を曲がれば、百人規模の人だかりを見つけた。

入学式会場の第二ホールの前に集まる彼らは真新しい制服に身を包んでおり、言動が少しぎこちない。

わざわざ『貴方達は誰ですか?』なんて聞かなくても、私と同じ新入生だと察しがついた。


 あまりの人口密度の高さに圧倒されていれば、人だかりの向こうから一人の男性が現れる。

くせ毛がちな茶色の髪に、夕日色の瞳を持つ彼は制服を身に纏っていた。

特徴的なタレ目と優しげな顔立ちが印象的な彼は私の顔を見るなり、顔を綻ばせる。


「良かった。集合時間の五分前になっても来ないから、何かトラブルでもあったのかと思ったよ」


 優しげなテノールボイスに安堵を滲ませる彼は本気で私を心配しているようだった。

根っからの善人を前に、良心が痛む。


 遅刻ギリギリの時間まで寝ていたなんて、口が裂けても言えない……。


 罪悪感を募らせる私は何とか表情を取り繕いながら、サンストーンの瞳を見つめ返した。


「あ、えっと……ご心配をお掛けして申し訳ありませんでした。ちょっと支度に手間取っていただけで、トラブルなどは特に……ん?」


 申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら謝罪を口にする私だったが、彼のネクタイピンとバッジを見て、固まった。

嫌な予感を覚えつつ、ぎこちない動作で顔を上げ、彼の顔をまじまじと見つめる。


 金のネクタイピンに、生徒会役員(・・・・・)の証である竜を象ったバッジ……そして、姉の話にたまに出てくる茶髪の男性……間違いない。彼は恐らく────。


「────せ、生徒会会計のアイザック・ケネス・ブライアント侯爵令息とは知らず、失礼致しました!」


 ガバッと勢いよく頭を下げた私はダラダラと冷や汗を垂れ流す。

夏はもう少し先だと言うのに、私の周りだけ異様なほど暑かった。


 金のネクタイピンをしているから、三年生だとは思っていたけど、まさか生徒会役員だったなんて……!何でもっと早く気づけなかったの!?


 ここ、フリューゲル学園では学年の区別をつけるため、黒・銀・金のネクタイピンがある。

黒が一年生、銀が二年生、金が三年生という意味だ。

また、各々の地位や役職を明確化するため、委員会バッジ制度が設けられており、各委員会のバッジが存在する。

特に皆の憧れである生徒会役員のバッジは特別で、ドラコニア帝国の象徴とも言えるドラゴンをモチーフにしていた。


 学園内で生徒会は絶大な人気と影響力を持っている。まさに学園のアイドル的存在。

そんな方に迷惑を掛けるなんて……!こんなことになるなら、もっと早く学校に来るんだったわ!


 今すぐ過去の自分を殴り飛ばしたい気持ちになりながら、頭を下げていると────ポンッと肩を叩かれた。

恐る恐る顔をあげれば、ニッコリ笑うアイザック様の姿が目に入る。


「謝る必要はないよ。遅刻はしていないんだから。それより、よく僕が生徒会会計のアイザックだって分かったね?」


「あ、姉からよくお話を聞いているので……」


「お姉さんから?それって、もしかして────スカーレットのことかい?」


 『スカーレット』という名前に、周囲の人々がピクッと反応を示す。

いくら新入生と言えど、スカーレット・ローザ・メイヤーズの話は耳に入っているらしい。


 うちの姉は色んな意味で目立つ人だからね。


「ええ、そうです。私はスカーレット・ローザ・メイヤーズの妹ですわ」


 アイザック様の言葉を肯定すれば、彼は『やっぱり!』と手を叩いて喜んだ。


「スカーレットと顔が少し似ているから、そうじゃないかと思っていたんだ。君の話もよく聞いていたからね」


「私の話、ですか……?」


 私のことを引き立て役の道具としか思っていない姉がわざわざ私の話を……?それも、生徒会役員のアイザック様に……?一体どういうことかしら?


 姉の奇妙な行動に首を傾げつつ、『失礼ですが、どんなお話を?』とアイザック様に尋ねる。

すると、彼は微妙な表情を浮かべ、曖昧に笑った。


「大したことない話だよ。君のことについて、ちょっと聞いただけ……色々大変だろうけど、頑張ってね」


 励ますように私の腕を軽く叩くと、アイザック様はクルリと身を翻した。

二年生と思しき生徒からリストを受け取り、『入学式まであと二分もないのに、もう一人の生徒は何をしているんだろう?』と呟いている。

言うまでもなく、話し掛けられる雰囲気ではなかった。


 あの表情と謎のエールは一体……?それに『色々大変だろうけど』の『色々』がどういう意味なのか気になる……。

普通に考えるなら、『学園生活は慣れないことばかりで大変だろうけど』という意味になるけど、そうじゃない気がする……。


 アイザック様の言動に妙な違和感を覚えていると────背後からコツコツと誰かの足音が聞こえた。

特に何も考えず、後ろを振り返れば────黒髪の美青年が目に入る。

どこかミステリアスな雰囲気を放つ彼はこの世のものとは思えないほど美しくて……ついつい見惚れてしまった。


 闇より黒く夜より暗い色を宿した黒髪に、ラピスラズリを連想させる瑠璃色の瞳。キリッとした顔立ちは美しいのに、どこか冷たい印象を受ける。滑らかな肌は陶器のように白く、薄い唇は言い表せぬほどの色気を放っていた。


 比較するのは失礼かもしれないけど、アイザック様よりも美しいわ。

まるで別次元の人間みたい……こんなに美しい人がこの世に居るのね。


「遅れて申し訳ありません。ここに来る途中、脱輪事故がありまして……修理に時間が掛かってしまいました」


 耳心地のいい声が鼓膜を揺らし、『美形は声もいいのか』とおかしな感想を抱く。

誰もが謎の美青年に見惚れる中、アイザック様がコホンッと軽く咳払いした。


「事故なら仕方ありませんね。先生達には僕の方から伝えておきます。間もなく入学式が始まるので、列の最後尾に並んでいて下さい」


「分かりました」


 アイザック様は彼が頷くのを確認してから、この場を離れ、そそくさと第二ホールの中へ入っていく。

掛け時計に視線を移せば、時計の針はちょうど九時を指していた。


 いよいよ、本番ね。特にこれといって、やることはないけど、居眠りしないように頑張りましょうか。


 アイザック様に抱いた違和感なんて忘れて、私は入学式に思いを馳せるのだった。

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