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才能の無駄遣い《グレイソン side》

 本日分の授業を全て終え、放課後を迎えた俺はシャーロット嬢と共に委員会活動に勤しんでいた。

今朝と同様、植物園の見回りを任された俺達は雑草が生い茂る小道を進み、グルグルと温室の周りを巡回する。

早朝と違い、一般生徒の姿もあり、平和な光景が広がっていた。


 これだけ人の目があれば、泥棒も現れないだろう。まあ、油断は出来ないが……。


 いつでも抜刀出来る位置に手を置きつつ、周囲の警戒に当たる。

温室で薬草を採取する生徒達の姿を一瞥し、ふとある違和感に気がついた。


 ────後ろから足音がしない……?


 俺の後ろを歩いている筈のシャーロット嬢の足音が聞こえなくなり、首を傾げる。

『はぐれたのか?』と心配しないのは彼女の気配を感じ取れるからだ。

音を消す魔法でも使ったのか?と思いつつ、視線だけ後ろに向ければ────ブレザーを椅子代わりにして座るシャーロット嬢の姿が目に入る。

ブレザーに浮遊魔法の魔法陣でも刻んだのか、彼女の上着は宙に浮き、俺の後ろにピッタリくっついていた。

魔法の絨毯ならぬ魔法のブレザーである。


 そうか……そう来るか。そっちに労力を割いてきたか。確かに彼女ほどの才能があれば、体力作りをするより、魔法の絨毯もどきを作った方が楽だよな。

だが、これだけは言わせてくれ……。


「────才能の無駄遣いだな」


 『はぁ……』と深い溜め息を零す俺は優雅に読書を始めようとするシャーロット嬢に、呆れ返る。

即席で魔法陣を組み、ブレザーを魔法の絨毯代わりにするアイディアは素直に『凄い』と思うが、才能の使い方を完全に間違っていた。

Yシャツ姿のシャーロット嬢は俺の呟きにビクリと肩を震わせると、恐る恐る……本当に恐る恐る顔を上げる。

僅か数分でバレてしまった小細工に、紫髪の美女はサァーッと青ざめた。


「え、いや……!あの、これは……!あ、新しい魔法の実験で……!決して歩きたくないから、使ったとかでは……!」


 ブンブンと胸の前で手を振り、必死に弁解するシャーロット嬢の姿に、『歩きたくなかったんだな』と一人納得する。

今朝の時点で彼女に体力がないことは分かっていたので、大して驚きはしなかった。

さすがに読書を始めるのはどうかと思うが……。


「別に叱るつもりはないから、安心しろ。見回りに支障がないなら、構わない。ただし、読書は禁止だ」


「は、はい……!」


 ビシッと敬礼して頷く紫髪の美女は『《オープン・ザ・ゲート》』と呟き、ぐにゃりと歪んだ空間の中に本を放り込む。

チラッと見えた本のタイトルには『人の深層心理と愛の定義について』と書いてあった。


 随分と闇の深そうな本だな……シャーロット嬢はいつもこんなものを読んでいるのか?いや、それよりも────彼女は亜空間収納を使えるのか。


 亜空間収納とはその名の通り、自分だけの空間を作り、そこに物を収納・保管出来るというもの。空間属性に適性のある者しか使えない上、魔力消費がかなり激しいため、使える者は極端に少ない。少なくとも、邪魔になった手荷物を仕舞うためだけに使うようなものではなかった。


 シャーロット嬢が規格外なのはいつもの事だが、まさか亜空間収納も使えたとは……。

彼女ほど、『天才』という言葉が似合う人物は居ないかもしれないな。


「それにしても、よくこんなもの作れたな。それも一日足らずで」


 感心したようにそう呟けば、紫髪の美女は僅かに頬を赤く染める。

照れ臭そうに視線を逸らす彼女はいじらしく、可愛らしかった。


「基本となる魔法陣は既に出来ていましたから。実家でよく使っていた運搬用の魔法陣をちょっと改良しただけですわ」


「なるほど。確かに物を運ぶという点では同じだな。実家では、その魔法陣をどういう時に使っていたんだ?口ぶりからして、長年愛用していたみたいだが……」


「そうですわね。講義用の教科書を運ぶ時や書斎の本を運ぶ時に使っていました。あとは────部屋の片付けのときに……あっ、いえ!何でもありませんわ!忘れてくださいませ!」


 焦ったように声を上擦らせるシャーロット嬢は『あははは……』と乾いた笑い声を上げる。

何とか失言を誤魔化そうとするが……もう遅かった。


 シャーロット嬢は片付けさえも魔法でやっていたのか……道理で体力が落ちる訳だ。きっと、何かある度に魔法を使い、楽をしてきたのだろう。

『片付けくらい自分の手でやれ』と思うが、直ぐに新しい魔法を考案する彼女のアイディア力と創造力には脱帽するしかない。


 贅沢過ぎる才能の使い方に一周回って感心してしまう俺だったが────校舎側の茂みから突然、人が飛び出してきた。

そちらに意識が向き、関心を削がれた俺は剣の柄に手をかけた状態で前へ向き直る。

瑠璃色の瞳に映るのは植物泥棒でもサイラス先生でもなく────俺達のクラスメイトだった。


「────ダニエル・エヴァン・コリンズ、俺達に何の用だ?まさか、植物園を見学しに来た訳ではないだろう?」


 植物なんかに一ミリも興味がなさそうな紺髪の男を見つめ、そう尋ねる。

確率は極めて低いが、たまたま遭遇した可能性もあるため、まずは事実確認を優先した。


 このまま去るならよし。だが、もしも何らかの理由があって我々に楯突こうと言うのなら、風紀委員として対応する必要がある。

まあ、奴の様子からして、おおよそ予想はつくが……。


「申し訳ありませんが、グレイソン殿下に用はありません。用があるのは────そっちの女ですから」


 そう言って、ダニエルは俺の後ろからひょっこり顔を出すシャーロット嬢に目を向けた。

面倒臭い気配を察知した紫髪の美女は心底嫌そうな顔をしながらも、ブレザーの上から降りる。

そして、上着に掛けた魔法を一度解き、それを羽織り直した。


「大方予想はつきますが、念のため用件を伺いしましょう。コリンズ家の次男坊ともあろうお方がしがない子爵家の娘に何の用でしょうか?」


 茂みに足を突っ込んで俺の前に躍り出たシャーロット嬢は紺髪の男と真正面から向き合う。

対話する姿勢を見せた彼女に対し、ダニエルは『ははっ!』と乾いた笑い声を上げた。


「用件?そんなの決まっているだろ!しがない子爵令嬢であるお前が模擬戦で僕に勝ったことだ!魔法なんか使って、小細工しやがって……!今すぐ僕に謝罪しろ!そして、『卑怯な手を使って勝ちました』と公言するんだ!」


 ビシッとシャーロット嬢を指さす紺髪の男は両目を吊り上げ、険しい表情を浮かべた。

予想通りの用件に『やっぱりか』と思いつつ、俺は溜め息を零す。


 剣を握ったこともないような素人に負けて、悔しいのも恥ずかしいのも理解出来るが、謝罪を求めるのは明らかにおかしい。

ナイジェル先生も言っていたが、油断していたこいつが悪い。己のミスを棚に上げ、対戦相手を責めるなど……格好悪いことこの上なかった。


「『卑怯な手を使って』と言うが、どこら辺が卑怯なんだ?シャーロット嬢はルール違反などしていなかったと思うが……」


 理不尽極まりない彼の言い分に黙っていられず、横から口を挟んでしまう。

二人の問題に口出しするべきではないと理解しているが、面倒臭がり屋な彼女なら謝ってしまうと思ったのだ。

シャーロット嬢は『自分は悪くない』と理解していても、面倒事や厄介事を避けるため、相手の意思に従うところがある。長い間、姉の言いなりになっていたのがいい例だ。


 才能ある者が無能な輩に踏み潰される場面は見たくない。何より────『姉の引き立て役をやめる』と宣言した時の気高さが彼女から失われるのが嫌だった。


 今も脳裏にこびりついて離れないシャーロット嬢の晴れやかな表情と凛々しい目を思い出し、俺は真っ直ぐにダニエルを見つめ返す。

────不特定多数の人ではなく、特定の誰かを守りたいと思ったのはこれが初めてだった。


「こ、この女は剣の勝負なのに魔法を使ったんです!模擬戦とはいえ、真剣勝負なのにこれは……!」


「ナイジェル先生は補助程度なら、魔法を使ってもいいと言っていた筈だが?」


「うっ……!で、でも!剣術コースの人間なら、魔法になど頼らず戦うべきではないですか!?」


「それはお前の個人的な意見だろう?それを相手に押し付けるなんて、間違っていると思うが?」


 反論にもならない彼の返答に、ツラツラと正論を並べ、言い負かした。

返す言葉が見つからない紺髪の男は『ぐぬぬぬぬ!』と悔しそうな表情を浮かべ、拳を強く握り締めている。

完全な逆恨みから始まった言い合いに、今まさにピリオドが打たれようとしていた。


「ぼ、僕はこの女に話があるんです!部外者であるグレイソン殿下は口を出さないでください!」


 苦し紛れに紡いだ言葉は幼児と同レベルで、聞くに絶えない。

でも、彼の言い分にも一理あるので、とりあえず口を閉ざす。


 『さあ、シャーロット嬢がどう出るか』と彼女の動向を見守っていれば、タンザナイトの瞳と目が合った。

青々とした瞳は空のようであり、海のようであり、澄んだ水のようでもある。紫髪の美女は僅かに目元を和らげると、口パクで『ありがとうございます』とお礼を言った。

どうやら、理不尽に屈する気は毛頭なかったらしい。


 わざわざ俺が口を挟むまでもなかったかもしれんな。


「────ダニエル様、申し訳ありませんが、謝罪も弁解もするつもりはありません。理由はさっきグレイソン殿下が述べた通りですわ。私は何も間違ったことはしていませんので」


 顔に笑みを貼り付け、ダニエルの要求をキッパリ断ったシャーロット嬢に迷いや躊躇いは感じられなかった。

ただ真っ直ぐに前を見据える彼女の姿に、紺髪の男は一瞬たじろぐ。

だが、相手が自分より弱い立場の人間だからか、素直に引き下がろうとはしなかった。


「生意気な女め……!直ぐに謝れば許してやろうと思ったが、口先だけの説明じゃ理解出来ないようだな!いいだろう!ならば、体で分からせてやる!」


 そう言うが早いか、ダニエルはバッと両手を広げ、ニヤリと笑う。


「《フレイムスピア》」


 中級魔法の詠唱と共に顕現したのは炎の形をした複数の槍だった。

暴挙と呼ぶべき蛮行に、思わずダニエルの正気を疑ってしまう。

まともな人間なら、ここで実力行使に出ようとは思わないだろう。


 暴行に走るのは百歩譲っていいとして、植物園の近くで火炎魔法を使うのはさすがに有り得ない。ただ火をつけるだけならまだしも、あいつはそれをこっちへ投げようとしている。雑草がたくさん生えているこの場所で、だ……。

普通に考えて、火事になるのは目に見えていた。


 植物園には貴重な植物が数多く育てられている。温室の中にまで火の手が回ったりしたら……始末書どころの騒ぎじゃなくなるだろう。

あいつはそれを見越した上で火炎魔法を使っているのか?それとも、何も考えずにこんな真似を……?


「────ダニエル様、最初で最後の警告です。今すぐ魔法を解除し、投降してください。今なら特別に見逃して差し上げます」

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― 新着の感想 ―
[一言]  ダニエル、停学以上確定かな?
[一言] 典型的な何も考えて無い脳筋ですね!(笑)
[一言]  おっ、ダニエル君のようすが…! かっこ悪い男からダメンズに進化遂げたぞ!
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