攻守ゲーム
風紀委員会のミーティングを終え、正式にフリューゲル学園の盾となった翌日────いつものように登校すると……帯剣したグレイソン殿下と目が合った。
廊下側の前の席に座る彼は真っ黒な剣を腰にぶら下げている。鞘と柄しか見えないので、断言は出来ないが、恐らく剣身も真っ黒だろう。
早速、剣を持ってきてる……。
そう言えば、グレイソン殿下は帯剣するためだけに風紀委員会に入ったんだっけ?風紀委員会で管理している武器以外は学園側に申請する必要があった筈だけど……。
「おはようございます、グレイソン殿下。その剣、委員会で管理しているやつじゃありませんよね?もう申請書類を提出したんですか?」
机の前で立ち止まり、少し屈んで彼と目線を合わせる。
さすがに殿下を見下ろす形で会話を交わすのは失礼だと思ったのだ。
「ああ。昨日のうちに申請書類を提出して、今朝許可が下りたんだ。そういうシャーロット嬢は武器を所持していないみたいだが……生身で戦うのか?」
何の気なしに剣の柄に手を掛ける黒髪の美青年は『護身術でも習っていたのか?』と見当違いな質問を投げ掛けて来る。
それに対し、私は『いやいや、まさか!』と首を横に振った。
「私に肉弾戦なんて無理ですよ。強化魔法を使えば、話は別ですが……まあ、何にせよ生身で戦うのは無理です。なので、魔法をベースにした戦い方にしようかと」
「なるほど。じゃあ、武器は持たないのか?」
「いえ、そういう訳では……魔力切れの場合を想定して、護身用の武器は持とうと思っています」
まあ、私の魔力が尽きることはないだろうけど……。でも、魔法を使えない状況に追い込まれる可能性はあるわ。そうなった時、護身用の武器があると安心出来る。備えあれば憂いなし、よ。
まだ武器の種類すら決めていない私だったが、『いざとなれば、信号銃で助けを呼べばいい』と思っているので、大して心配はしていない。
ちなみに昨日支給された信号銃はブレザーの内ポケットに仕舞ってあった。
「……っと、もうこんな時間ですね!お話に付き合って頂き、ありがとうございました。それでは」
本鈴の一分前を指す掛け時計に目を見開き、私は慌てて殿下の席から離れる。
窓際の自分の席へ行く途中、何人かのクラスメイトに『おはよう』と挨拶されたのは余談である。
急いでいたので『ごきげんよう』と返事するのが精一杯だったが……。
はぁ……もっと早く来ていれば、挨拶のついでに会話が出来たかもしれないわね。これは惜しいことをしたわ。
以前より好意的になったクラスメイトに、想いを馳せていると────本鈴のチャイムと共に茶髪の女性が現れた。
紺のローブにとんがり帽子を身に纏う彼女は教壇に上がり、私達に向き直る。
赤みがかったオレンジの瞳に我々生徒の姿を映し出すビアンカ先生はにこやかに微笑んだ。
「皆さん、おはようございます。早速ではありますが、魔法学の授業を始めていきますね。まずは教科書の二十三ページを開いてください」
挨拶もそこそこに早速授業を始めたビアンカ先生はチョーク片手に、教科書の内容を黒板に書き記していく。
その様子を一瞥し、教科書の二十三ページを開けば、言霊術に関する記述が目に飛び込んできた。
どうやら、今回は言霊術について勉強していくらしい。
「皆さんも知っての通り、言霊術は決められた言葉を唱えることで魔法が発動します。複雑なコントロールが可能な魔術と違い、シンプルな効果に限定される上、適性のない魔法は使えませんが、その分発動スピードがかなり短縮されます。また、詠唱さえ覚えていれば、いつでも使えるのでとても便利です」
黒板にチョークを走らせながら、言霊術の軽いおさらいをしたビアンカは不意にこちらを振り返った。
「フリューゲル学園に入学した皆さんなら、一度は言霊術を使ったことがあると思うので具体的な発動方法や魔力操作の説明は省きます。今回、皆さんにやって頂くのは────攻守ゲームです」
聞いたことも無いゲーム名にクラスメイトの大半が『え?なんて?』と首を傾げる中、茶髪の女性はコンコンッとノックするように黒板を叩いた。
様々な文章がズラリと並ぶ黒板をよく見てみれば、教科書に書かれていた記述以外にも何か書かれている。
黒板の右半分を占めるその『何か』はゲームの説明文のようだった。
「ルールは簡単。一対一のマンツーマンで、先に二セット取った方の勝ちとなります。両者は攻め手と守り手に分かれ、特定のものを壊す、もしくは守って貰います。制限時間内に特定のものを壊せば、攻め手の勝ち。時間いっぱい守り抜けば、守り手の勝ちです。今回は『特定のもの』にチェスの駒を使います」
教科書と一緒に持ってきた白い袋の中から、先生は大量の駒を取り出した。
我々が普段使っているチェスの駒より少し大きいが、形やデザインは変わらない。
「基本ルールはこれで以上ですが、今回は特別ルールを設けます。まず、使っていいのは言霊術による初級魔法だけ。自身の体を使って、攻撃を仕掛けたり、守ったりするのは禁止とします。術者を攻撃する行為も同様です。あくまで攻撃するのは駒だけにしてください」
『相手を直接攻撃しないで』と口を酸っぱくして言い聞かせるビアンカ先生に、『まあ、怪我したら大変だもんね』と納得する。
初級魔法と限定したのも、周りに被害を出さないためだろう。
色々制約の多いゲームだけど、面白そうね。実戦形式の授業は初めてだから、ワクワクするわ。
キラキラと目を輝かせ、期待に胸を膨らませていると……ビアンカ先生は対戦相手が書かれた大きな紙を黒板に貼り付けた。
生徒同士の力量を考えて作成したのか、席順など一切関係なく対戦相手が組まれている。
そして、私の対戦相手に選ばれたのは────入試一位の実績を持つエミリア様だった。
ビアンカ先生の性格からして、たまたま私とエミリア様をぶつけたとは考えにくい……。私の実力を試すためにわざと彼女を対戦相手にしたんだろう。比較対象として、エミリア様を選んだのは私のことを高く評価している証拠だ。
前回は『スカーレット嬢の妹だから』と一旦納得してくれたけど、私の入試の成績を確認して混乱したんでしょうね。テストの点数自体は他の生徒と大して変わらなかったから。
入試の成績と授業で見せた実力……どちらを信じればいいのか分からなくて、この機会に実力を確かめることにした────って、ところかしら?
それなら、先生の期待にしっかり応えないと駄目ね。
「皆さん、対戦表は確認しましたね?では、表に書かれた場所に各自移動してください」