小テストの結果
────それからもマイナーな薬草の問題ばかり出題するサイラス先生に『鬼畜だなぁ』と苦笑しつつ、私は全ての問題を解き終えた。
カチコチと秒針を刻む音が鳴り響く教室で、大半の生徒が『分からない……』と頭を抱える。
あの入試一位のエミリア様すら、お手上げ状態のようだった。
「────はい、テスト終了〜。答え合わせをするから、別のインクのペンを出してね」
暗い面持ちで俯く生徒達とは違い、サイラス先生はニッコニコの笑顔で赤色のチョークを手に取る。
そして、黒板に向き合うと、答えをスラスラと書いていった。
赤色のペンで丸をつけていく私は紙の右下あたりに『5/5』と書き込む。
周囲の生徒達が『1点だった〜!』『俺なんて、0点だぞ?』と騒ぐ中、緑髪の美男子が愉快げに目を細めた。
「満点は一人だけのようだね。かなり難しい問題を出したというのに、素晴らしい」
『いや、難しい問題だって自覚はあったんかい!』と心の中でツッコミを入れる中、クラスメイト達はざわついた。
『誰が満点だったのか』と騒ぐ彼らは口々にエミリア様の名前を口にする。
ポニーテールの少女に注目が集まる中────サイラス先生は私の方に目を向けた。
「今回の小テストで唯一満点を叩き出した、そこの君────名前を聞こうか」
明らかにエミリア様とは違う方向を見つめる緑髪の美男子に、クラスメイトは唖然とする。
またしても、あの女が高成績を叩き出したのかと誰もが目を剥いた。
教室中の視線を集める私は小さく息を吐き、ゆっくりと立ち上がる。
愉快げにこちらを見つめるエメラルドの瞳を一瞥してから、胸元に手を当てて頭を垂れた。
「シャーロット・ルーナ・メイヤーズです」
「ふ〜ん?シャーロット、ね。覚えておこう」
上機嫌で頷くサイラス先生は中指でメガネを押し上げ、ニッコリ微笑む。
そして、教卓の上に置いた鉢植えをおもむろに手に取った。
「ところで────君には、この植物が何なのか分かるかい?」
そう言って、サイラス先生は鉢植えの中が見えやすいように少し前に傾ける。
鉢植えの中には緑の芽が出ており、二枚の葉っぱが付いていた。パッと見、普通の草にしか見えないが、茎に少しおかしな模様が出来ている。
ここからだと、うっすらとしか見えないが、その特徴的な模様には見覚えがあった。
恐らく、先生は私を試すためにこんな質問をしたんだろうけど……この植物を持ち歩くなんて、正気の沙汰とは思えないわ。
発芽したばかりだから危険は少ないけど、よくこんなものを持ち歩こうと思うわね。
大体どうやって手に入れたのかしら?これって、結構希少なものなのに。
「……この植物は恐らく────精霊草の亜種である、炎霊草だと思います」
必死に溜め息を押し殺しながらそう答えれば、『精霊草』という単語に反応した生徒達がどよめいた。
精霊草とは世界樹の近くに生える薬草で、自然の力と豊富なマナを含んでいる。高濃度のマナがある場所にしか生息しないため、幻の薬草とも呼ばれていた。
一応、世界樹────マナを作り出す母なる木の周りに生息するという情報は掴んでいるのだが、そこに行くのは難しい……。と言うのも、世界樹を囲む神秘の森にはマナのみで形成された魔物が居るから。普通の動物より遥かに強く、魔法も使える魔物はとにかく凶暴で迂闊に手が出せない。だから、精霊草は幻の薬草として扱われているのだ。
そして、精霊草の亜種と呼ばれる炎霊草についてだが、これは一言で言うと────猛毒だ。
「ふふふっ!正解だよ!これを炎霊草だと見抜くなんて、凄いね!分からない子達のために説明をお願いしてもいいかい?」
鉢植えを教卓の上に戻したサイラス先生はパチパチと拍手しながら、そう問い掛けてくる。
ハイテンションな彼にちょっと引きながら、私はゆっくりと口を開いた。
「さっきも言った通り、炎霊草は精霊草の亜種で数はあまり多くありません。私も実物は初めて見ましたが、茎にうっすらと特徴的な模様が見られましたのでそれで見分けました。育て方は基本的に他の植物と変わりませんが、精霊草と同じでマナがないと育たないため、定期的に魔力を注ぐ必要があります。そして────炎霊草を少量でも摂取した場合、体が突然発火し、死に至ります」
不老不死になるとか、精霊の力が手に入るとか言われている精霊草とは全く違う効果に、クラスメイトは目を見開いた。
精霊草の亜種だと聞いたから、良薬だとでも思っていたのだろう。
私も詳しいことを知るまでは、そう思っていたしね……。驚くのも無理ないわ。
「うん、その通り。炎霊草はとんでもない猛毒で、しかも無味無臭なんだ。毒殺には持ってこいの植物だよ」
と、キラッキラの笑顔で語るサイラス先生は鉢植えの縁を撫で、ゆるりと口角を上げる。
『いや、なんてもの育ててんだよ!』という生徒達の視線をスルーし、彼は『早く研究したいなぁ』と呟いた。
たとえ、猛毒であってもそれが植物なら彼にとっては興味を唆る対象になるらしい。
一応、この人ってポーションの研究をやっているのよね……?毒も使いようによっては薬になるとはいえ、猛毒の炎霊草を校内に持ち込むのはどうなの……?さすがにないと思うけど、うっかり生徒が炎霊草を食べたりしたら……笑い話じゃ済まなくなるわ。
能天気……というか、考えが足りないサイラス先生に呆れていると、彼は私の目を見て微笑んだ。
「分かりやすい説明をありがとう────シャーロット嬢。もう席に着いていいよ」
着席を促すサイラス先生の声に一つ頷き、私は普通に席に着いた。
教科書を仕舞いながら、ふと先程の会話がおかしかった……いや、普通だったことに気がつく。
あれ?そう言えば、さっき────サイラス先生にしては珍しく、私の名前をちゃんと呼んでなかった?それも、一文字も間違えずに……。
普段は『わざとですか!?』ってくらい、間違えるのに……。
もしかして、私が薬草学に詳しかったから……?研究仲間として、覚えて貰えたとか……?いや、どういう基準!?自分で言っておいてなんだけど、謎過ぎない!?
サイラス先生に認知してもらった事実に驚きを隠せない私は炎霊草のことなんて忘れて、頭を悩ませるのだった。