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薬草学

 委員会決めを行った翌日────私は憂鬱な気分で学校に登校していた。

ガヤガヤと騒がしいクラスメイトを他所に、『はぁ……』と深い溜め息を零す。

周囲からの視線を完璧にスルーする私は物憂げな表情を浮かべた。


 今日から……もっと正確に言うと、今日の放課後から委員会活動が始まるのだけれど、それが嫌で嫌でしょうがない。昨日は『知り合いが居るだけマシか』と思い直したけど、入学説明会で貰ったパンフレットを見直してその考えは変わった。

だって────風紀委員の仕事量と勤務時間が半端ないんだもの!

トラブルの鎮圧や仲裁はもちろん、校内の見回りや学園行事の警備もあるらしい。見回りについては当番制で、毎日やる訳ではないけど、朝と放課後に二時間ずつ行うみたい……。


「朝の六時半に集合なんて、絶対無理よ……」


 面倒だからと登校時間ギリギリまでいつも寝ている私は早起きしないといけない事実に、絶望した。

両手で顔を覆い隠す私に、事情を知らない周囲はざわめく。

今日も今日とて騒がしい一年C組だったが……学校のチャイムが鳴ると、慌てて席に着いた。


 教室の窓から入り込んだ風が私の教科書をペラペラと捲る中、一限目の授業を担当する教師が登場する。

開きっぱなしの扉から現れたのは我がクラスの担任であり、薬草学のプロであるサイラス先生だった。


「やあやあ、みんな昨日ぶりだね」


 ニコニコと笑みを振りまく緑髪の美男子は謎の鉢植えと教科書を持って、黒板の前に立つ。

そして、教卓の上に荷物を置くと、パンッと手を叩いた。革手袋を装着しているため、あまり大きな音ではなかったが……。


「まずは昨日、委員会決めを丸投げして悪かったね。でも、君達ならきっと大丈夫だと思っていたよ。実際ちゃんと出来ていたし。これからも時々学級会やクラスのイベントを丸投げするけど、よろしくね」


 口先だけの謝罪を口にしたかと思えば、サイラス先生は満面の笑みで『これからも丸投げするね』と宣言する。

昨日と同様、彼に悪びれる様子は一切なかった。

『誰だよ、こいつに担任を任せた奴!!』と、この場に居る誰もが思ったことだろう。


 前々から思っていたけど、サイラス先生って絶対に担任の先生向いてないよね……。悪い人じゃないんだけど、協調性が皆無というか、自分勝手すぎるというか……何はともあれ、この人に担任を任せた人には一言言いたい────絶対に人選間違ってますよ!!と……。


 自由奔放なサイラス先生に、Cクラスの生徒達が頭を抱える中────当の本人はガサゴソと教科書の間からメモ帳サイズの紙を取り出す。

真っ白なそれにはまだ何も書かれていなかった。


「さて、委員会決めの話はここら辺にして、そろそろ授業に入ろうか。まずは君達にこの紙を」


 各列の先頭に人数分の紙を渡すサイラス先生はそれを後ろに回すよう、指示を出す。

両面の真っ白な紙に生徒達は首を傾げつつ、どんどん後ろへ回した。

やがて、窓側の一番後ろの席に座る私の元にも紙が届く。


「ちゃんと全員に紙が行き届いたね?それじゃあ────小テストを始めようか」


 カチャッと眼鏡を押し上げたサイラス先生は満面の笑みで抜き打ちテストを宣言する。

本当に何の前触れもなく唐突に言われたせいか、ピタッと生徒達の動きが止まった。時が止まったような錯覚すら覚える沈黙に、なんて反応すればいいのか分からない……。


 まだ一、二回しか授業を行っていないのに小テストって……テスト出来るほどのことは習っていないと思うけど。

サイラス先生は一体何を考えているのかしら?いや、まあ……あの人のことだから、何も考えていない可能性もあるけど。


「あははっ!皆、驚き過ぎだよ。ただの小テストだから、あんまり身構えないで。気楽にやってくれれば、いいから」


 クスクスと楽しげに笑みを零すサイラス先生だが、テストを受ける身である我々はこれっぽっちも楽しくない……。

彼は『ただの小テスト』だと言うが、テストはテスト。成績に響くかもしれないもので、手は抜けなかった。


「じゃあ、とりあえずその紙に一から五まで数字を書いてくれる?あぁ、ちゃんと間隔は空けてね。答えが書けなくなるから」


 上機嫌で鉢植えの縁を撫でる緑髪の美男子に頷きながら、私達は紙にペンを走らせた。

大きめに間隔を空けて、縦に数字を書き込んでいく。


「今から五つの問題を出題するから、それを制限時間内に解いてね。紙に書くのは答えだけでいいよ。問題文はいらない。書きたい人は書いてもいいけどね。でも、そのせいで時間が足りなくなっても僕は知らないよ」


 そう言って、チョークを手に取るサイラス先生はクルリと身を翻し、黒板と向かい合った。


「それじゃあ、早速始めようか。終了時間は僕が最後の(とい)を書き終わってから、五分後ね。もちろん、僕が問題文を書いている途中に解いてくれて構わない。ということで────小テスト開始ね」


 小テスト開始を宣言した緑髪の美男子は黒板に『①』と書いてから、最初の問題文を書き込んでいく。

シーンと静まり返った教室内にチョークの音が鳴り響いた。


 えーっと、問一の問題文は……ラベリンの実は毒か薬か、ですって?

これはまた……なんというか、マイナーな植物を出してきたわね。まだ習っていないのはもちろんのこと、薬草学の研究者でないと知らないものだわ。人によっては名前すら知らないでしょう。

まあ、私は植物図鑑をよく読んでいたから、知識だけなら頭に入っているけれど。


 家庭教師の講義はつまらなかったが、学ぶこと自体は好きだったので、私はよく本を読んでいた。図鑑や専門書などの難しい本から、ロマンス小説に至るまでとにかく読み漁った。

だから、机上の知識だけならたくさんある。


 まあ、本の虫だった私でもラベリンの実に関する記述を見たのは一度だけだけど……図鑑でチラッと見たくらいだ。


 カンニングを疑われない程度に顔を上げた私は周りの反応を窺う。

やはりと言うべきか、クラスメイトのほとんどが手を止め、(かぶり)を振っていた。


 以前までの私なら、周りに合わせて適当な答えを書くところだけど……もうその必要はない。この小テストで満点を取って、周りをあっと驚かせるのよ!


 そう自分に言い聞かせ、私は問一の欄に『ラベリンの実はそのまま食べれば毒に、熱せば疲労回復の薬になる』と書き込んだ。

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