お昼休み
それからも見事な快進撃を続け、己の力を見せつけた私は昼休みを迎えていた。
クラスメイトの反応はまちまちで、『絶対、何か裏がある』と疑う者や『本当は物凄い実力者なのでは?』と考える者まで居る。
でも、表立って探りを入れてくることはなく、まだ様子見をしている感じだった。
遠巻きにされるのは以前と変わらないけど、事情が違うと心の持ちようも変わるわね。まあ、あからさまな敵意を向けられることもあるから、決して気分のいいものではないけど……。
でも、周りの認識を塗り替えるためには必要なプロセスだ。今はひたすら我慢するしかないわ。
周囲から突き刺さる視線に居心地の悪さを感じながら席を立つと、見知った人物がこちらに近づいてきた。
今日も今日とて美しいその殿方は私の机にそっと手を置く。
「良かったら、一緒にランチでもどうだ?」
そう言って、私の目を真っ直ぐに見つめるのは第三王子のグレイソン殿下だった。
顔はニコリとも笑っていないが、心做しか声が柔らかい。
あれ……?グレイソン殿下が何で私を……?実力を隠す理由を話したんだから、私にもう興味が無くなった筈では……?
行動の意図が分からず、困惑気味に彼を見つめ返せば、黒髪の美青年が再度口を開く。
「何でも好きなもの奢ってやるぞ」
えっ?いや、何でも好きなものを奢ってやるって……私は食べ物でつられるほど、安い女では……。
「デザートもつけてやる」
「是非ご一緒させてください!」
デザートの誘惑には抗えず、私は直ぐさま食事の誘いを受けた。
どこかから『えっ?ちょろ……』という呟きが聞こえたが、知らんふりをする。
だって、ここのデザートって凄く美味しいんだもの!昨日のパーティーでショートケーキを食べたけど、まさに絶品だった!コルセットのせいでそれ以上、食べられなかったけど……!
フリューゲル学園の学食は特待生以外有料で、結構高いから、食べられる時に食べておかないと!
貴族令嬢とは思えないほどの食い意地を見せる私に、グレイソン殿下は『そんなに腹が減っているのか』と見当違いな憶測を立てる。
そして、ゆっくりと身を翻した。
「とりあえず、食堂へ行こう」
その言葉に頷き、私はグレイソン殿下と並んで一階の食堂へと向かった。
◇◆◇◆
校舎一階の約三分の一を占める巨大な食堂には生徒達の姿が多くあり、友人と談笑しながら食事を楽しんでいる。
あちこちから美味しそうな匂いが香る中、私とグレイソン殿下はテラス席で向かい合っていた。
私達の前にはそれぞれ注文した料理が並んでいる。
まあ、私の場合料理と言うよりデザートに近いが……。
昨日食べた苺のショートケーキに、艶のあるチョコレートケーキ、それから旬の果物がたくさん載ったフルーツタルト。
これらのデザートを二切れずつ注文した。
一応、ランチなのでサンドウィッチも注文したけど、ご飯と呼べる要素はほとんどない。栄養バランス云々以前の話だが、今日くらいは別にいいだろう。
嬉々としてフォークを手に持った私は宝石のように光り輝く苺に手を伸ばす。
そして、情け容赦なくフォークを突き刺し、真っ赤な苺を口に含んだ。
口内に広がる甘酸っぱい味わいにゆるゆると頬を緩める。
「随分と美味しそうに食べるな」
大きなステーキを切り分けながら、こちらを見つめるグレイソン殿下は瑠璃色の瞳をスッと細めた。
彼の言葉にハッとした私は顔を隠すように頬に手を当て、慌てて表情を引き締める。
「申し訳ありません……ケーキが美味しくて、つい頬が緩んでしまいました」
だらしない顔をお見せして申し訳ないと小さく頭を下げれば、彼はピタッと手を止めた。
そして、心底不思議そうに首を傾げる。
まるで謝罪の意味が分からないとでも言うように……。
「別に悪いと言っている訳じゃない。ただ美味しそうに食べているなと思っただけだ。それより────その量で足りるのか?」
種類ごとに分けられた四つの皿を見下ろし、黒髪の美青年はそんな質問を投げかけて来る。
『遠慮せず、もっとたくさん注文していいんだぞ』と続ける彼は私の食事量に気を遣っているようだった。
いや、ケーキ六個とサンドウィッチって結構な量だと思うけど……これ以上食べたら、私は正真正銘の豚になってしまうわ。
まあ────余裕で四人前を平らげる殿下からすれば、少なく感じるかもしれないけど。
丸テーブルに所狭しと並べられたグレイソン殿下の注文した料理に、私は頬を引き攣らせる。
さすがはソードマスターと言うべきか、彼の食欲は凄まじく……ステーキとハンバーグを二人前ずつ頼んでいた。しかも、これに副菜としてサラダやスープもついてくるのだから、彼の胃袋には驚くしかない。
『これだけ食べて、よく太らないな』と感心すらした。
「お気遣いありがとうございます。でも、充分ですわ。正直、これ以上は食べられません」
「そうか。お前は少食なんだな」
いや、貴方が大食なんです!!
────という言葉を何とか呑み込み、私は曖昧に笑う。
否定も肯定もしない私に、グレイソン殿下は僅かに首を傾げるものの、切り分けたステーキをどんどん口に運んでいく。
優雅な食べ方とは裏腹に、テーブルの上にある料理は秒単位で消え、吸い込まれるように彼のお腹に収まった。
ナプキンで口元を拭った殿下は果実水の入ったグラスに手を伸ばす。
「それで────姉の引き立て役をやめて、真の実力を発揮した気分はどうだ?」
『覚悟は鈍っていないか?』と遠回しに問い掛けてくるグレイソン殿下は果実水を口に含む。
『本題はそれか』と思いつつ、私は昼食代のお礼代わりにこう答えた。
「清々しい気分ですけど、注目されるのはまだ慣れませんわ。ただ、周りの認識が少しずつ変わって来ているのかと思うと、少し嬉しいです」
良くも悪くも変化した周りの視線と態度に思いを馳せ、苦笑を浮かべる。
まだ手放しで喜べる状況ではないが、以前よりは全然マシだった。
複雑な心境に陥る私に、グレイソン殿下は『そうか』とだけ答える。
余計なことは何も言わず、私の考えを受け止めてくれる彼に、不思議と心地良さを感じた。
「そう言えば、一限目に見せたあの魔術は一体何だったんだ?先生は『ロウソク程度の光しか出ない筈だ』と言っていたが……」
世間話ついでに投げ掛けられた質問に、テラスの前を通り掛かったCクラスの生徒が不意に足を止めた。
盗み聞きなんて悪趣味だが、どうしても気になるらしい。友達を待っている風を装い、その場に留まった。
聞き耳を立てるのは構わないけど、ここまであからさま過ぎると、ちょっと笑っちゃうわね。
まあ、いいわ。別に隠している訳じゃないから。
「あれは恐らく、私の魔力が原因だと思います。私の魔力は周りと比べて、マナ濃度が桁違いに高いので。あと、規定の魔力量より少し多く魔力を込めたせいもあるかと」
「なるほど。だから、あんなに効果が跳ね上がったのか」
納得したように頷く黒髪の美青年を他所に、テラス前で立ち聞きしていたクラスメイトは『マナ濃度か』と意味ありげに呟く。
そして、何事も無かったかのようにそそくさとこの場を後にした。
彼女が真相を皆に広めてくれることを願いながら、視線を前に戻す。
すると、向かい側に座るグレイソン殿下とバッチリ目が合った。
「シャーロット嬢は魔法陣の構築速度も凄まじかったが、魔術が得意なのか?」
「まあ、そうですね……得意、だと思います。魔術は魔法陣の構築が面倒臭くて、あまり使いませんが……」
「じゃあ、普段は何を使っているんだ?言霊術か?それとも召喚術か?」
興味津々といった様子で尋ねてくるグレイソン殿下に頬を引き攣らせつつ、『こ、言霊術ですかね……?』と曖昧に答える。
まだあのことを誰にも知られたくないので、詳しいことは言わなかった。
言霊術を使っているのは本当だから、嘘にはならない……筈!ただ、よく使っている方法がそれじゃないってだけで……。
妙な罪悪感を感じる私は良心を痛めながら、愛想笑いを浮かべる。
『これ以上、何も聞かないで!』と切実に願う中、黒髪の美青年が掛け時計に視線を移した。
「もうこんな時間か……早く教室に戻らないとな。午後の授業は委員会決めだったか?」
「え、ええ……確かそうだった筈です」
食べ終わった皿をそのままに、席を立ったグレイソン殿下につられ、私も立ち上がる。
掛け時計にふと視線を向ければ、時計の針は授業開始の七分前を指しており、もうすぐ予鈴が鳴る時間だった。
つい先日までは永遠のように感じられた昼休みがあっという間に終わってしまう。
グレイソン殿下と一緒だったおかげか、時間の流れが早く感じるわね。
「遅れたら、先生がうるさいだろうし、早く戻ろう」
「は、はい……!」
私の歩調に合わせてゆっくりと歩き出した殿下に慌ててついて行き、食堂を後にする。
────今日食べたケーキは今まで食べたどんなものよりも美味しかった。