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変な女《グレイソン side》

 拍手喝采でファーストダンスを終えた俺はパートナーのシャーロット嬢と共に飲食物に手をつける。

ローストビーフやケーキを載せた皿を持って、壁際のソファに腰掛けた。

多くの男女で賑わう会場の中央を眺めながら、キッシュにフォークを刺す。

チラッと隣に目をやれば、ショートケーキの苺を口に含むシャーロット嬢の姿が目に入った。

甘く熟した苺が口に合ったのか、真っ青な瞳を輝かせ、頬を緩めている。


 こういうところは周りの奴らと変わらないんだな。とてもじゃないが、俺のリードに完璧についてきた才女とは思えない……。


「────本当に変な女だ」


 ほぼ無意識にそう呟けば、ケーキに向いていたタンザナイトの瞳が俺を見上げた。


「何か言いましたか?喧騒に掻き消されて、よく聞こえませんでした」


「いや、何でもない」


 フルフルと首を横に振って誤魔化せば、シャーロット嬢は首を傾げながらも『そうですか』と頷いた。

生クリームたっぷりのショートケーキと再び向かい合った彼女を見つめ、スッと目を細める。

家族以外の女が手を伸ばせば届く距離に居ることに、新鮮さを感じた。


 ふんわりと柔らかそうなラベンダー色の髪に、瑞々しさを感じる青い瞳。肌は雪のように白く、ピンク色の唇は桃のようで美味しそうだ。顔立ちは恐らく整っている部類に入ると思う。

俺は外見の美醜に疎いため、確かなことは言えないが……シャーロット嬢のことは綺麗だと感じた。


 でも、綺麗だと思ったのは出会ったときではなく────『姉の引き立て役をやめる』と俺に断言した時だ。

迷いが吹っ切れた晴れやかな顔と凛々しい目を見た途端、白黒だった景色が一気に華やいで世界が色付いた。

ぼんやりとしか見えなかった……いや、見なかった(・・・・・)彼女の顔が露わになり、人の顔としてしっかり認識される。

恐らく、彼女の顔をしっかり見たのはあの時が初めてだろう。それくらい、俺は他人に興味がなかったから……。


 正直、最初はシャーロット嬢自身に興味はなかった。

何故実力を隠しているのか気になっただけで、それ以上の興味も関心も湧かなかった。

だが、彼女の真っ直ぐな瞳と前へ突き進む姿勢を見て、何故だか応援してやりたくなったんだ。

自分のために生きると決めた彼女の背中を押してやりたくなった。

だから、シャーロット嬢にエスコートを申し込み、こうして隣に置いている。


 つまるところ、俺は彼女を────痛いほど気に入ってしまったのだろう。

この感情に名前をつけるなら────。


「────動物愛と言ったところか?」


「えっ?」


 真面目に考えて導き出した答えに、『思わず』といった様子で彼女が反応する。

残り一口となったショートケーキを放置して、俺の目を真っ直ぐに見つめた。


「グレイソン殿下は動物がお好きなのですか?」


「嫌いではない。好きという訳でもないが……あぁ、でも愛馬のブラックタイラントは好きだぞ。あいつは俺の相棒みたいなものだからな」


 小さい頃からずっと一緒にいる黒馬を思い浮かべ、僅かに目を細める。

ブラックタイラントに向ける愛情とシャーロット嬢に向ける感情はよく似ていた。

『やはり、これは動物愛か』と一人納得していれば、紫髪の美女がキラキラと目を輝かせる。


「まあ!殿下は愛馬をお持ちなのですね!羨ましいですわ!そのブラックタイラントとは、どういう馬ですの?」


 乗馬に興味があるのか、それとも馬が好きなのか……シャーロット嬢は興味津々といった様子で俺を見つめる。

子供のように無邪気な姿に、頭を撫で回したい衝動に駆られる……が、何とか堪えた。


「ブラックタイラントは名前の通り、黒い馬だ。足腰が強くスピードもあるが、酷い暴れ馬でな……俺以外は基本乗せない。でも、賢い奴だから女や子供には手を出さない。その代わり、泥や糞を掛けてくるが……この前は隣国の姫を泥だらけにしていたな」


 それで物凄く叱られて……姫の元まで直接謝りに行ったっけ?俺の愛馬だから殺処分されることはなかったが、普通の馬ならその場で切り殺されているな。


 当時の記憶を呼び起こす俺の隣で、紫髪の美女は『まあ、そんなことが……』と口元に手を当てて驚いている。

でも、その顔に嫌悪感や不快感は特に感じられなかった。


「もし、ブラックタイラントに会う機会があったら気をつけますわ。泥だらけになるのはさすがに困りますもの」


「ああ、そうした方がいい。あいつは本当に容赦ないからな。気を抜いたら、一瞬で泥まみれだ」


 コミュニケーションの一環として何度か泥まみれにされたことがある俺は『泥が落ちるまで何時間、お風呂に入ったことか……』と溜め息を零した。

どこか遠い目をする俺の横で、紫髪の美女はクスクスと笑みを漏らす。

俺の詰まらない話を楽しそうに聞いてくれる彼女に、ドクンッと心臓が大きく跳ねた。


 ……やっぱり、こいつは変な女だ。


 『動物愛』と呼称したむず痒い気持ちが疼き、彼女の笑顔を見つめていると────ふと掛け時計が目に入る。

時計の針は二十一時を指しており、パーティー開始から一時間が経ったことを告げていた。


 強制参加の新入生歓迎パーティーは夜の十二時まで続く予定だが、二十一時からは完全に自由参加だ。つまり、開始から一時間経てば、帰宅が許される。


 今朝の時点では二十一時になり次第、即刻帰宅する予定だったが……パートナーのシャーロット嬢はどう考えているんだ?


「シャーロット嬢、二十一時を過ぎたが、どうしたい?まだ会場に残るようなら、付き合うが……」


 さすがにパートナーの女性を会場に放置して帰る訳にはいかないので、そう尋ねる。

掛け時計をチラ見したシャーロット嬢は少し悩むような動作を見せたあと、言い淀んだ。

どうしたいかは決まっているが、言い出しにくいと言ったところだろうか?


「正直に言ってくれて構わない」


「えっ?で、ですが……」


「俺に気を遣わなくていい」


「そ、そう言われましても……」


 『正直に話せ』と促せば、紫髪の美女は困った様子で視線を右往左往させる。

煮え切らない彼女の態度に深い溜め息を零しながら、俺は再度口を開いた。


「シャーロット嬢がまだパーティーを楽しみたいと言うなら、俺はパートナーとして最後まで付き合う。だから、正直に話し……」


「────それはないです!!」


 噛み付かんばかりの勢いで否定してきたシャーロット嬢に、俺は思わず『はっ……?』と声を漏らしてしまう。

目を丸くする俺の隣で、紫髪の美女はさっきまでの態度が嘘のように饒舌になった。


「正直に申し上げますと、今すぐ帰りたいです!あっ、でもグレイソン殿下との時間が詰まらないからではなくて……!パーティーに不慣れで疲れたと言いますか、コルセットがキツくて苦しいと言いますか……」


 しどろもどろになりながら言葉を紡ぐシャーロット嬢を前に、『最後のが本音か』と密かに納得する。

『殿下との時間が嫌だった訳ではありませんよ!』と繰り返す彼女はとにかく必死で、少し面白かった。


 なかなか言い出せなかったのはこれが理由か。確かに『早く帰りたいです』と正直に話せば、大抵の奴が『俺との時間はそんなに詰まらなかったのか……』と誤解するだろうな。シャーロット嬢が躊躇うのも頷ける。これは俺の配慮が足りなかった。


「そうか。奇遇だな?実は俺も早く帰りたかったんだ。こういう場所はどうも苦手でな……パーティーでお喋りするよりも剣の稽古をしている方が好きなんだ」


 シャーロット嬢に変な気を遣わせないよう、胸の内を明かしてから、ゆっくりと立ち上がる。

そして、座ったままこちらを見上げる紫髪の美女に手を差し伸べた。


「寮の前まで送ろう。また、男子寮に迷い込んでは大変だからな」


「あ、あれはたまたまです!普段はあそこまで方向音痴じゃありません!」


 キャンキャンと子犬のように吠えるシャーロット嬢はムッとした表情を浮かべる。

顔立ちはどちらかと言うと大人びているのに、反応が子供っぽくて、ついつい笑みが零れた。

ゆるりと口角を上げた俺の前で、彼女はこれでもかってくらい大きく目を見開く。


「……グレイソン殿下の笑った顔、初めて見ました」


 感動にも似た響きでそう呟く紫髪の美女は食い入るように俺の顔を見つめる。

目に焼き付ける勢いで凝視するものだから、自然と笑みが引っ込んだ。

『殿下の貴重なスマイルが……』と残念そうに肩を落とす彼女に、肩を竦めた。


「俺の笑顔なんて、どうでもいい。それより、早く行くぞ」


「あっ、はい!」


 差し出した手をシャーロット嬢の目の前まで持っていけば、彼女は慌てて俺の手を取る。

自分より遥かに小さくて、柔らかい手の感触に目を細めながら、紫髪の美女を立ち上がらせた。

『ありがとうございます』と礼を言う彼女に首を振り、ゆっくりと歩き出す。


 ────シャーロット嬢から香るラベンダーの香りが酷く印象に残る夜だった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 鈍感男子ww 恋を自覚するのはいつか?
[一言] 王子が意外とポンコツな件
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