ヒロインとわたくしとわたくしの家族
エトワールの話はクラスメイトの噂話で聞いていた。
人形みたいに感情を出さない王子様とその婚約者はとてもお似合いだと言われていて、どこの世界でもこんな事があるんだと呆れた。
そんな時、柱の影から、教室のドアの影から、建物の影からはみ出しているキラッキラの金髪を見つけた。
(あの子、あれで隠れているつもりなのかな?)
異世界でもあれだけキラキラした髪は珍しいみたいでクラスメイトのささやきからその子が王子様の婚約者のエトワールだと分かった。
エトワールは猫みたいにツンと釣り上がった目の、人形みたいに綺麗な女の子だった。本人はどうしても悪役になりたいみたいだったので話を合わせたら思いの外ホッとした顔をした。
自分の婚約者をやけに薦めるのには参ったけど、とても素直で可愛らしい、妹がいたらこんな感じなのかなと思った。生まれ変わった事に疑問も無さそうにしていた彼女が、言いづらそうにこの世界に連れて来られた事を聞いてきた。そんなつもりは無かったんだけど、つい八つ当たりしてしまったら彼女はポロポロと静かに涙を落とした。
きっと彼女にも葛藤はあったのだろうとその時やっと気づいた。
すると、猛然と私をこんな事に巻き込んだやつに腹が立ってきてしまった!
エトワールは前世に読んだライトノベルで私を召喚した人間が誰か知っているようで、それは彼女がしきりに勧めてくる悪役王子様に違いない!そう思うと猛烈に腹が立ってくる。
だけど、彼女がポロポロ漏らした情報では今、王子にその記憶はなく、私が彼女に虐められる事で私を連れてきた事を思い出すようだった。
正直エトワールを虐めても、彼女に虐められるとはとても思えないが、私をこんな状況に巻き込んだ奴に仕返しをする事はやぶさかで無い。
「…エトワール、作戦を考えよう」
今私はすごく悪い顔をしているに違いない。
◆◆◆
今日はとても有意義でした。
帰宅して私が馬車から降りるとサーラが駆けつけて私をぎゅっとしてお出迎えしてくれます。私は、
「もぅ、サーラはしたなくってよ?」
と言いながらも同じようにサーラを抱きしめるのです。
あぁ、この可愛い妹達の為にアヤカ様とこの作戦を成功させないと。ですが、アヤカ様からご協力して下さるとおっしゃっていただけたので、もう安心して良いのではないかしら?
『作戦を考えよう』とおっしゃったアヤカ様はヒロインと言うよりもまるでヒーローの様でしたけど、それだけでもう全て大丈夫と思ってしまう様な微笑みでした。
久しぶりにお会いしたサミュエル様は相変わらずハンコで押したみたいな笑顔でしたが、私がアヤカ様の手を握っているのをみた時、ほんの一瞬いつもの表情と変わった気がします!
いけます!むしろいける気しかません‼︎
「うぅ〜ん、お姉さまくるしいよぅ〜」
全然苦しく無さそうにサーラが私から逃げて行こうとするところにマティアスがやって来たので、サーラはマティアスの後ろに隠れます。私はマティアスごとサーラをぎゅっと抱きしめます。でも最近私と変わらないくらいに大きくなったマティアスは私一人では抱きしめられませんので、そこはちゃんと私の気持ちを分かってくれているサーラと二人がかりで抱きしめるのです。
「ちょ、やめ、やめろって‼︎バカ!」
真っ赤になるマティアスが可愛くてサーラと二人でキャッキャと笑います。
「おや?うちのお姫様達はなんでそんなにご機嫌なんだい?お父様も仲間に入れておくれ」
「まぁ、お母様だけ仲間外れにしないでくださいね?」
私とサーラはお父様にも抱きついてそこにお母様も加わって…
なんて幸せなんだろう…と私は思うのです。
◆◆◆
「エトワール、何かあったのかしら?」
私達の娘、エトワールは小さい時に第一王子のサミュエル様の婚約者に選ばれました。その年頃の子供らしく無くそれを受け入れると、大人でも厳しい王太子妃教育を淡々とこなして来ました。
大人しいと言うよりは大人の様で、家でも甘える事はほとんどありません。弟、妹が生まれた時には子供らしい笑顔も見せてくれましたが、人一倍大人になるのが早い子でした。
それが今日は花が開くような笑顔で旦那様を、私を抱きしめて来たのです。
「私、あの子のあんな顔初めて見ましたわ。」
「私もだよ…」
旦那様の目にも涙が光っています。
一言、嫌だと言ってくれたら王太子妃をお断りするのに…と旦那様はいつもこぼしていましたが、今頑張っている彼女に私達からその様な事は言えません。
ただ、子供らしく甘える事なく、何が彼女をそうさせているのか、私達にはわからないままでした。
今日それが分かった訳ではありません。ですが、私達の娘が今心から幸せに思っている、それだけは分かったのです。