9 少女を狙うものは多く……
「秀星様。こちらが、有馬家の裏帳簿の複製になります」
次の日。
一応学校に通う必要があるわけで、秀星は一度家に帰って、宿題を二秒で仕上げて鞄に突っ込んで登校。
顔がやや赤い風香からの視線をちょくちょく受けつつも、授業を受ける。
そして昼休みに屋上で弁当を食べていると、セフィアが新しい資料を用意して秀星に話しかけた。
「ほー。気になるところはあったか?」
「はい。こちらになります」
「んー……」
セフィアが用意した資料は、過去三年にわたって、有馬家が『魔力』を『大量に購入し続けている』というものだ。
「……魔力を大量に買い漁ってるのか」
「はい。三年前から継続して購入しているようです」
「俺がぶっ倒した騎士やドラゴンも、ここで購入した魔力を使ってるってことだな」
「はい」
「……ものすごい量だな」
神器の影響で、秀星が体内で作り出せる魔力の量は膨大だ。
だが、その秀星の視点……いや、彼のレベルで考えても、かなり『多い』と判断できる量になっている。
「加えて、その購入している相手ですが、そちらも三年前から膨大な魔力の販売を行うようになったそうです」
「ほー……要するに、三年前に、『何か』を得たってわけか」
「そういうことになります」
「ふーむ……まあ、別にどうでもいいんだよなぁ」
『生命の社』というらしい『無限ダンジョン』
これを進んだ先に存在する『何か』
それは、神器を十個所持し、圧倒的な『力』を持つ秀星であっても、まだ見たことのない世界がある。
言い換えれば、そのほかの全てが『些事』に見えるのだ。
「セフィアはどう思うんだ?」
「秀星様が特に何もしないというのであれば、調査をしておくに留めます」
「そっか。じゃあ、それでよろしく」
「畏まりました」
セフィアから貰った資料を『保存箱』に入れる。
「ところで、風香様から誘われていますが、本当に『裏社会』に飛び込む気ですか?」
「その話かぁ」
裏社会にもいろいろ『コミュニティ』と呼べる部分はある。
風香からそれとなくだが誘われており、秀星はそれに対して前向きにうなずいた。
「セフィアも分かってると思うが、風香みたいな子はほっとけないんだよなぁ」
秀星はつぶやきながら、空を見上げる。
その目は、空を見上げながらも、空を見てはいない。
「では、私も、風香様を気にかけておきましょう」
「そうしてくれ」
秀星は食べ終わった弁当を袋に突っ込むと、屋上を後にした。
★
「これはダメだ。これもダメ。こっちも調整だ。これも引っかかる……クソッ!」
有馬家の本宅。
九重市に存在するそれとは比べ物にならないほど豪華だが、木材を基調とした落ち着いた雰囲気を感じさせる執務室で、清人はパソコンの画面を睨んでは、多くのファイルに『S』というアイコンをつけていた。
「……思ったより、九重市と八代風香に関する項目が多い。これも、これも……クソがッ!」
テーブルに拳を振り下ろす。
それだけ、『何もできない』のだ。
「仕方がない。上位者としてふるまうなと言われたが、『適切な取引』をするのなら問題はないはずだ。ぐっ、くううっ!」
そう、秀星は、有馬家に対して『取引を禁止』とは言っていない。
九重市にだってそれ相応の『裏』があり、今までは『毟り取る』ために使っていた。
九重市に対してそのような取引を持ち掛ける理由は……というか、そもそも取引をするということは、その会社が持っている技術を認めているということに他ならない。
これまでは毟り取ってきたが、『適切な交渉』にするのなら、秀星だって手出しはしない。
「この私がっ……この有馬家がっ……こんな吹けば飛ぶような会社を相手に、『上位者としてふるまうな』だとっ!クソガアアアアアアアア!」
『屈辱』
だが、その屈辱に身を置かなければならないほどの『絶望』が、『トラウマ』が、清人の心の全てを侵略し、骨の髄まで塗りつぶされている。
しかし、この『執務室』には、この三年間で有馬家が築き上げてきた『栄光』がある。
それにより、ある意味裏社会で成功していくために必要な『野心』と『プライド』が、清人の心を震わせる。
だが、野心とプライドだけで、理不尽ともいえる絶望とトラウマを超えることはできない。
『実力』がないのに吠えることができるほど、彼は、惨めではない。
そして、そのトラウマの元凶からの、『上位者としてふるまうな』という契約。
屈辱だ。
これ以上にないほどの屈辱だ。
「絶対に、絶対に許さん。いつか、思い知らせてやるぞ。朝森秀星ッ!」
屈辱から生まれる憤怒を、トラウマによる理性が押さえつけて、今まで行ってきた取引を調整する。
……その時、バイブレーション機能で、スマホに着信が入った。
「……誰だ。こんな時に」
スマホを見る。
表示されているのは、『糸守家当主』という文字。
清人は作業を中断して、電話に出た。
「……私だ。いったい何の用だ」
『クククッ。ああ、君たちが盛大に負けたって報告があったんだよ』
スマホの奥から聞こえてくるのは、まだ二十代半ばであろう若い男性の声。
「ぐっ……」
スマホを持っていない右腕を握りしめる。
『ハハハッ!報告書ではあまりにもあり得ないことが書かれていたからね。とりあえず報告書を作ったやつは新しい薬の実験台にして処理したけど、情報を集めてみたら君たちが負けたのは事実らしいからねぇ。いやー。面白い面白い』
「……」
『細工して借金八千万円を作って、君たちのところの……『生贄体質』の風香をこっちのものにできると思ってワクワクしていたら、なんか返済されちゃったみたいでさ。激萎えーって感じだったけど、君たちの敗北というニュースが飛んできて楽しいのなんのっ』
「……また、妙な『儀式』でも企んでいるのか?」
『えっ?はぁ、つれないなぁ。もっと怒り狂ってくれると思ってたのに。そうだよ。魔力じゃなく、『生命力』を使うのが我々糸守家。だけど、魔力を使って生命力を引き出す必要があるからねぇ。魔力と生命力の親和性が一般人より高い八代風香は、大きな儀式の生贄にするつもりだったんだけどなぁ』
儀式の内容そのものは機密なのか、相手は語らない。
その代わりに、儀式の内容ではなく、その生贄に風香を使うという話題にずらしてダラダラと語る。
『で、借金は消えたしさ。正攻法で生贄にする方法はなくなっちゃったんだよねぇ。確か、そっちの次男の婚約者とか言ってたでしょ?お幸せに~』
「……我々は、もうそんな話を八代風香とするつもりはない」
『へぇ。じゃあ、僕が勝手に狙っても、君たちは邪魔しないってわけだ』
スマホの向こうで良い笑みを浮かべているのが分かる。
『同格である君たちが邪魔してくると面倒だったけど、フフッ、良いことを聞いた。それじゃあまたね!』
通話終了。
本当の意味で煽るためだけに電話してきたようだ。
スマホをテーブルに置く。
「フンッ!バーカッ!死ね!このクソ青二才が!逆鱗に触れて潰されてしまえカスッ!」
罵詈雑言。
「……朝森秀星の『主義』はある程度分かった。特等席で観戦させてもらうぞ」
黒い笑みを浮かべる清人。
彼は悪党だ。
だが、悪党だからこそ、愚かではないし、惨めでもない。
年だってそれ相応に重ねており、たまに見誤ることはあれど、『若い故のわからない』ということはないのだ。
糸守家の当主が、どうやら報告書の内容が事実であると理解できなかったこと。
朝森秀星という男とかかわりがあるということ。
そして、朝森秀星という男を過小評価しているということ。
それらを、清人は理解している。
「ククッ、私は悪党だが、奴は『狂人』だ。踏み込んではならない領域にやすやすと踏み込む。フフッ、屈辱で狂いそうだったが……これは良い肴を見つけたな」
近くの特別な冷蔵庫からワインボトルをグラスを取り出し、グラスに注いで飲む。
「……ふぅ。良い味だ」
どこまで行こうと、他人の不幸は蜜の味。
決して善人ではない清人だが……彼はとても、『人間らしい』
この続きはある程度まとまってから投稿しますので、少々お待ちください。
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