8 戦い続けた少女が幸せな夢を見られるように
「ここが八代家が管理しているダンジョンだよ。古い書物には、『生命の社』って書かれてるんだけどね」
風香の案内でダンジョンに来た秀星。
出入り口には警備員がいたが、当主である風香がいるからか、特に何も言われなかった。
ただ、秀星のことは初見なのでいぶかしげな眼で見てきたが、風香が良いからということで妨害する気もないらしい。
「なるほどねぇ。もしかして、風香の八代家って、ダンジョンの名前から来てんのかな」
「さあ。私もあんまり詳しいことは聞いてないけど、そういう人も多いよ」
「そうか」
二人でダンジョンに入っていく。
道を知っているという風香だが、秀星も勝手に入って道を全部覚えているので、風香から貰った地図を見て、チラチラ確認するフリをしながら、風香よりも前にいる配置で進んでいく。
サクサク進んでいく秀星に対して風香は思うところはあったようだが、秀星との付き合い方を分かってきたのか、薄く微笑んだ後、特に何も言わずについてくる。
進んでいると、ゴブリンの集団に遭遇した。
「お、ゴブリンだな」
「ここは私が戦うよ」
刀を抜きつつ、風香は秀星の前に出た。
次の瞬間、風香の傍に風が発生して、刀身を纏っていく。
「『旋風刃』」
風香はそれを、真横に一閃。
刀から放たれた風の刃がゴブリンの集団に向かって放たれて、ゴブリンたちの首をまとめて切り裂いていく。
上手く調節したのだろう。一閃ですべてのゴブリンの首を切り裂くことに性交。ゴブリンたちは倒れて、魔石を残して消えていく。
「こんな感じだよ」
「ほー……」
刀を鞘に納めつつ、秀星の方を向く風香。
「動きの『型』っていうのかね?それがあまり感じられないにしては自然な動きだったな。もしかして、技すらも『定まったもの』がなくて、臨機応変に戦うスタイルなのか?」
「そ……そこまでわかるんだ」
呆れと驚き。
たった一刀ですべてを理解する秀星の観察眼に、風香は表情を変えざるを得ない。
「まあ、『風属性』っていう、『形のない武器』だからな。臨機応変の方がいいって考えて、それを突き詰めていく奴がいるのも分かる話だ」
旋風刃。
それが風香の……八代家が受け継いでいる戦い方であり、風香はそれを今まで鍛えてきたのだろう。
「さてと……とりあえず俺の実力が見たいって話しだったよな」
「え?……あっ、うん」
「あんまりちんたらやってられんし、さっさと奥まで進ませてもらうぞ」
「わかった。それなら早めに――」
「セフィア。よろしく」
「はい」
秀星がセフィアに頼むと、風香の背後にセフィアが出現し、そのままセフィアをお姫様抱っこのようにして持ち上げる。
「うわっ!あっ、えっ!?」
急に自分の体を持ちあげられて驚く風香。
「初めまして。私は秀星様のメイドを務めているセフィアを申します。以後お見知りおきを」
「あっ、はっ、はい。よろしくお願いします」
お姫様抱っこされながら銀髪碧眼の美女の顔を至近距離で見る形になって、慣れていないのか緊張している風香。
「じゃあ、さっさと行くぞ」
「はい」
次の瞬間……秀星と風香は、時速八十キロくらいで爆走しはじめた。
「きゃあああああああっ!」
鍛えているとはいえ、生身で晒されていい速度ではない。
セフィアが抱えているので安全ではあるが、ジェットコースターだってもうちょっと載っている人を安心させる作りをしている。
だが、抱えているだけなのでそういうことはなく、セフィアも必要以上の配慮はしなかった。
「お、ゴブリンいた!おりゃ!」
途中で遭遇したモンスターに関しては、プレシャスを使って魔石だけを心臓から切り抜いて回収。
背後でゴブリンが塵となっていくのを尻目に、秀星は楽しそうな表情で爆走!
「えっ!な、何かいなかった!?」
「ゴブリンがいたぞ!これ魔石なっ!」
爆走しながら風香に魔石を見せる秀星。
「秀星様が面倒だと思い始めるとこういう行動をとることがよくあります。慣れてください」
「んな無茶な!?」
あまりにも不可能な要求だが、しれっというセフィアの表情に嘘はない。
「はっはっは!あんまりいじめるなよ。セフィア」
「秀星様に言われたくはありません。普通に歩いていくべきでは?」
「これでも速度を抑えてる方だぞ?怠いことなんてやってられんからな!」
通常、風よけもなく時速八十キロで爆走していると、風がうるさすぎて会話など不可能。
だが、魔法で周囲の空気を制御しているのか、普通に会話している。
その上で、秀星は一応自重はしているようだが、必要以上には配慮しないらしい。
「まっ!十層くらいならすぐだぞ。あ、なんかいた!おりゃ!」
次々と現れるモンスターだが、いずれも神器を使う秀星の足を止めさせるほどではない。
星王剣プレシャスを振って、魔石だけを切り取って回収し、一秒たりとも足を止めることなく進んでいった。
「うーん……速度上げるか!」
「えっ!?」
「というわけで加速します!」
「ええっ!うわっ!きゃああああああああっ!」
時速は百キロを超えた。
明らかに風香で遊んでいる空気が秀星から漏れている。
(はぁ、罪深い人ですね)
セフィアはその腐臭を嗅ぎ取ったようだが、風香にそんな余裕はない。
が、セフィアとしては風香よりも秀星が優先なので、別に風香に合わせるということもないわけだ。
結論。
風香に味方はいません。
★
「……」
「どうしたんだ?風香」
「……想像の、十倍は疲れた」
肉体的には二倍、精神的には五倍という内訳だろう。
ダンジョンから出て、今までにないくらいの量の魔石を袋に詰め込んだ秀星。
そのそばでは風香がフルマラソンでも走り切ったかのようにぐったりしているが、主に精神的な部分で『よくもやってくれたなア゛ァ!?』といいたそうな感じになっていた。
なお、ダンジョンから出る段階になって、セフィアは退散している。
「そ、それはともかく……秀星君。本当、めっちゃ強いね。十層まで十分もかからないなんて思ってなかったよ」
「障害物なんてないに等しいからな。俺からすれば」
「アハハ……」
今まで自分は何をやっていたんだろうっ!
そんな感情が風香の中で溢れてきたような気がしなくもないが、比べる相手が悪い。
「……それと、本当に、今回の魔石を全部私の稼ぎにしていいの?ダンジョンの中で言ってたけど」
「いいよいいよ。俺金に困ってないし」
有馬家が作った債権を買うために『悪いことしかしていない大量の現金を積んだ密輸船』をあれから侵入しており、多額の現金を得ているのだ。
そのため、金に困っていません。
『戦略級魔導兵器マシニクル』を絡ませて、調整でセフィアがあの手この手を使えば、資金洗浄なんて赤子の手をひねるようなもの。
奪った金は秀星の金です。
「そっか、ありがと」
疲れたような……いや、物理的な意味で本当に疲れた表情だが、それでも礼を言う風香。
これが風香が風香たるゆえんである。
「……あー。今日は夜も遅いし、私んちに泊まってよ」
ちょっとだけ顔を赤くしつつ、秀星に提案する風香。
それに対して、秀星はフフッと微笑むと頷いた。
「そうさせてもらうか」
守る者が急に多くなり、大きな力から支配されていた風香。
だが、とても強く、自らを贔屓する『巨大な悪』がである秀星が現れたことで解放され、実際に、秀星が強いということも理解した。
安心と解放を感じても、罰は当たらない。
――これでやっと、今晩はいい夢が見られるだろう。
それを感じ取ったのか、秀星もそれ以上は風香を弄ろうとはせず、優しい笑みを向けた。
★
八代家に案内された秀星だったが、入った時にはいぶかしげな眼で見られた。
まあ、言ってしまえば当たり前のことだ。
魔法関係で多くの秘密を抱える風香の私生活は、元から沖野宮高校にだって知らされていないほど。
情報の管理に関しては厳重になりすぎても足りないくらいであり、そんな中で男を家に招くなど、いくら風香自身が当主といえど、今までかかわってきたものにだって感情はあるのだから、思う部分があるのは当然だ。
だが、風香が借金返済のために八千万円の宝くじをくれたことだとか、実力的にめっちゃ強いことだとか、いろいろ説明。
秀星自身も実力を見せて証明したので、好意的になったようだ。
風香が抱えていた問題の数々。
それらを一切合切、まとめて解決してしまう『強さ』を示したのだ。
ただ、節々に見える『悪人らしさ』があるものの、そこが『魔法社会』では頼もしく見えるのも事実。
受け入れられるのも、不思議と言えるほどではない。
客間に案内され、そこに泊まることになった秀星だが、悪くはないと眠ることにした。
……正直に言えば、『宝水エリクサーブラッド』の影響で、睡眠が必要ではない。
嗜好として楽しむレベルになっているのが秀星の体ではあるが、せっかくいつもとは違う布団だし、頭の中で情報をまとめるのも悪くはない。
そうして眠ったところ……。
(……秀星君。そろそろ寝たかな)
そろりそろりと、秀星がいる客間に向かって、風香は歩いていた。
音をたてないように、気配を消して、静かに近づいていく。
静かに、ドアを開けた。
「……」
風香は中を覗き込む。
ベッドでは、秀星が寝息を立てていた。
(よしっ!)
ガッツポーズして中に入る。
ゆっくりと布団の中に潜り込んで、そーっと、自分の胸を秀星に押し当てるようにして、ぎゅっと抱き着いた。
「……zzz」
秀星は無反応である。
(よし、睡眠薬が効いてるね)
盛ったの!?
というツッコミがいろいろなところから飛んできそうだが、秀星に睡眠薬は効きません。
というか、盛られた段階で気が付くのだ。
……まあ、秀星はその時から『風香の自分に対するパーソナルスペースの狭さ』に気が付いて『全部察していた』ので、放置していたのだが。
(はぁ、あたたかい……)
自分の体を押しつけて、そして秀星の体温を感じるかのように、風香は秀星を強く抱きしめる。
秀星の体はなんだかいい匂いがするし、体格のわりに頑丈な、頼りになる感じがする。
風香の中にある『もしかしたら』という悪いイメージや予想、そういったものが、どんどん溶けていくようだ。
(秀星君……)
風香は安心を感じながら、落ちた。
……それを秀星は感じ取ったようで、
(『依存癖』か。どうしたものかな……)
スヤスヤ眠る風香の頭をポンポンと叩いてあやしたり、背中をさすったりする秀星。
その表情の欲情のそれはない。
ただ、彼が好きな言葉は『依怙贔屓』なので……要するに、風香を贔屓すると決めた以上、『どうしていくか』を考えはじめたようだ。
しかし、ここで余計なことを考えても答えは出ない。
ただ、今日は――
――我慢して、耐えて、戦い続けたこの少女が、幸せな夢を見れるように……。