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7 借金は帳消し、突きつけるは屈辱

 散々威張りまくり、自らが上位の存在であるということを利用して他人から幸せを奪い続け、人生の絶頂を謳歌するものが、ビビり散らかしている。


 この時以上に、『ざまぁねえな!』と思うことはない。


 それが秀星の持論である。


 グリモアでは、世界への影響力を抑えるために『直接手を下す』ということがほぼできなかったので欲求不満だったが、地球に帰ってきて、その欲望を満たすことができて大変ご満悦なわけだ。


 しかし、まだ秀星は済ませる気はない。


「さてと、まだ話には続きがあるんだよ」


 秀星は茶封筒を手に、応接室で有馬家の親子を相手に話している。


 上座に座る親子だが、その顔は真っ青だ。

 なお、別に敬意を表してほしいなどとは微塵も考えていないので、上座下座云々を秀星は気にしていない。

 だが、その座り方すら出来なかったら、この親子は話すらできないだろう。


 屈辱は怒りにつながる、絶望は消沈につながる。

 今からするのは明確な絶望している相手への『死体蹴り』であり、とりあえず戦闘力という格の差でプライドをバッキバキにしておいたので、これからボッコボコにするのだ。


「といっても、不条理なことを言いたいわけじゃない。借りたものを返してほしい。返せないなら誠意を示せ。そういうことだよ」

「き……貴様からは、何も借りていないぞ!」


 清人は叫ぶ。

 だが、それを拳という形では一切出さない。


 『何も構えていなくても、目の前にいるというだけで潰せる』ということを秀星が示してしまったからだ。

 ここで拳を振り上げるのは、まさに、力のない悪の所業。


 それ以上に惨めなものなどない。


「フフッ、なら、これを見てもらおうか」


 茶封筒からいくつかの用紙を見せる。


 一見して分かる『契約書』といったところだ。


「……はっ?え、ちょ、ちょっと待て、何故、こんなもの(・・・・・)をお前が!」


 正志が表情を変える。


 そりゃ、表情だって変えるだろう。


 今まで自分が豪遊するために、魔法関係の商業社から金を毟り取る際に作った『債務契約書』など、この場で見せられるとは到底考えない。


「ああ、これね。今は全部俺のものなんだわ」

「そ、そんな馬鹿なことが……」

「あるよ。債権は『成文化された権利』だ。他人に渡すことだってできる。お前たちは『暴力』という点で圧倒的な力を持ってるから、誰かに泣きついて解決してもらっても、報復を恐れて行動なんてできやしない」


 暴力というのは、最も強い。それは真実だ。


 だからこそ、


「お前たちは毟り取るために作っただけで返す気なんてさらさらないんだから、単なる記録になるってだけで無価値だわな。どこの会社も、利子抜きで、お前たちが借りた金額の五割増しを用意すれば喜んで売ってくれたよ」


 愉悦のような笑みを浮かべる秀星。


 セフィアが用意し、秀星に用意した『とあるリスト』


 それは、有馬家が今まで会社を相手に毟り取り、そして返済しなかった不良債権リストだ。

 秀星は転移魔法であちこちに移動しまくり、相応の金を払ってこの権利を得たのである。


 しかも、『魔法社会』はその管理が表社会ほど強くはなく、大した手続きも取らずに債権を譲渡可能。


 契約書を集めるごとに笑いが止まらなかった。


「だけど、お前たちが借金という形でむしり取ることができたのは、純粋に、それらの会社の力が弱かったからだ。お前たちが売りにしてる『暴力』は、俺には通用しない」


 そういって、契約書をトントンと叩く。


「で、利子を含めて三十兆円あるわけなんだけど、どうやって返済するつもりかな?」

「なっ……あっ……」


 契約書を作る際の、会社側の最後の抵抗。


 有馬家から毟り取られる際に、利子を上限まで上げる。


 まあ、さすがに十日一割(トイチ)一日三割(カラス金)といったものは設定不可だが、それでも、表社会と比べればその限度は大きい。


 償還日を一年くらいぶっちぎって、合計すると、だいたいこうなる。


「フフッ、ハハハッ!損な顔すんなって。分割したって返済できるとは思ってねえさ。しかもこれ、利子はでかいからな。来年はこの三倍じゃ効かんぞ。ふふっ、安心しろよ。棒引きしてやるための案も用意してるからな」

「ど、どうするつもりだっ」

「八代風香と九重市に、『余計なちょっかいを出すな』……それだけでいい」


 秀星の要求。

 それに対して、応接室に静寂が訪れた。


「……はっ?」


 理解できない。といった様子で、正志と清人は唖然とする。


 自分が持っているすべての『財』を上回るほどの借金。


 それをチャラにするための案が、一つの市と、一人の少女に対する、『交渉の制限』だ。


 完全に接触を禁じる。というレベルですらない。


 たったそれだけ。


 たったそれだけで、秀星は、三十兆円……いや、利子を考えれば、無限に搾り取れるそれをチャラにするというのだ。


「もっとわかりやすく言えば、【九重市と八代風香に対して、上位者としてふるまうな】ってところだ。で、何をボケッとしてるんだ。死ぬまで働けなんて言うと思ったのか?『自分がその気になった方がもっと稼げる』のに」

「ぐっ……」


 秀星にとって、有馬家が出せるものに価値を見出すことはない。


 神器の中には、『万物加工のレシピブック』という、そんじょそこらの量と質を過去の産物にするかのようなものが存在するのだ。

 オマケに、『オールマジック・タブレット』には、『創造魔法』も搭載されており、そんじょそこらのものなど、買ったり貰ったりする意味はない。


「で、返事は?」

「わ、わかった……有馬家は……今後一切、九重市と八代風香に対して、上位者として振るうことはない」

「フフッ、一応、『上位者』っていう言い方がどういうものなのかはわかってるみたいだな」


 具体的にしてはいけないことを列挙する必要はない。


 何故なら……有馬家は……いや、少なくとも当主は、『他人から嫌われることをしていることを自覚しながら、それに対して恐怖しない人間』であるというだけで、『振舞いを自覚していない』わけではないからだ。


 そうでなければ、『自分たちよりも上の存在の、逆鱗に触れる』ことになる。


(まあ、そのあたりはセフィアが下した人物鑑定でしかないが、ほぼ確定だしな。こんなもんでいいだろ)


 契約書を作って、借金を全てチャラにする代わりに、九重市と八代風香に舐めたことをしない契約書を作成。


 正直、これくらいしかほしい物はない。


 やろうと思えばこの二人を洗脳して、そのまま傀儡にすることだってできる。


 しかし、それでは彼らに感情がない。


 絶望の底まで叩き潰され、その下にある地獄の門の前に立たせて挙句、やったことは『彼らにとっては小さなものに近づくな』という命令。


(こいつらほど傲慢なら、すぐに、喉元過ぎれば熱さを忘れる。そうなった時、沸き上がるのは『屈辱』だろう)


 そして、その屈辱があれば、彼らは怒り狂うだろう。


 借金は棒引きになり、失ったものはほぼないと言える。いや、ドラゴンを眼光で吹き飛ばして屋敷に激突したので、その修復費はあるが、その程度だ。


 だが、重要なのはそういう話ではない。


 何故なら……こういう社会において上位に立つものは、金よりも面子(メンツ)だ。


 積み上げたものを一瞬でも崩されれば、永遠に『舐められ続ける』


(闘技場と屋敷の中だけで、スパイが入り込んでいることはわかってる。こいつらが敗北したことは、『有馬家と同格以上の存在』にも伝わるだろう)


 そして伝われば、これからその存在たちと話す際に、『今回の敗北の話』が出てくる。


 屈辱だろう!


 屈辱だろう!!


 屈辱だろう!!!


 秀星の一連の行動は、この屈辱を特等席で眺めたいが故。


「じゃあな、俺におびえて眠ってくれ。ああそれと、もしも九重市と八代風香に余計なちょっかい出したら。その時は容赦しないからな?」


 (あざわら)う。という言葉を、これ以上ないほど体現した秀星の表情。


 その顔を見て、全身を震わせる親子を尻目に、契約書を手にした秀星は有馬家から去っていった。


 ★


 月曜日。


「しゅ、秀星君。土曜日に有馬家の車が泊まってたけど、大丈夫だったの?」


 心配すればいいのか。それとも単なる確認だけでいいのか。


 すごく計りかねている風香から質問された秀星。


「ん?ああ。確かに屋敷に呼ばれたけど……実力を示してトラウマを植え付けてきたよ。こんなものももらったし」


 そういって、有馬家は八代風香と九重市に対して舐めたことをしないと書かれた契約書を見せる。


「えっ……あ、有馬家が、本当にこれを認めたの!?」


 驚愕。という言葉では全く足りない。


 なんせ、『暴力』という要素でほしいものをすべて手に入れていたような、そんな一家だ。


 そして、暴力を交渉材料に全てを毟り取ってきた組織としての巨大さも、魔法社会随一と言っていいレベル。


 そんな相手が、たった一人の男のいうことを聞く?


(あ、ありえない。どんな方法で……)


 風香には想定すらできない。


「い、いったいどうやって……」

「そんな顔すんなよ。どうせ、すぐに破って来るさ」

「……え?」


 風香は理解できない様子。


「契約って言うのはな。その内容じゃなくて、内容を破棄する場合にどうするのかってことが重要なんだ」

「?」

「この契約書は、『俺たちはこういう契約書を結びました』っていう『過去の記録』にしかならないってわけだ。有馬家が、『俺を恐れない力』を手に入れたら、平気で破ってくるってことだよ」

「そ、そうなったら、どうするの?」


 顔を青くして、風香は秀星に聞く。


 有馬家は、風香にとっては勝てない相手だ。


 要するに、『この契約が破棄された場合』は、また自分に対して無茶な要求をしてくるということになる。


「フフッ……どうすると思う?」


 それに対して、秀星は黒い笑みを浮かべた。


 楽しそうに……いや、むしろ、向こうが破棄することを望むかのように。


「……ははっ、秀星君って、本当。強いね」


 風香は、肩の力が抜けたといった様子で、はぁ、と溜息をつく。


 ――安心。


 風香の心情を一言で表せば、それに尽きる。


 いや、真の意味で秀星が『頼りにしていい存在か否か』という議論をすれば、全ての人間が首を縦に振るわけではないだろう。


 秀星が好きなものは『弱い者いじめ』と『依怙贔屓』であり、正しさだとか、正義だとか、そういったものを丸ごと捨て去った『強者』の感覚の持ち主だ。


 しかし……急に『守るものが多く』なり、そして大きな力によって支配されていた風香もまた、一般的な感性とは異なる。


(……『この世に正義がないのなら、自分を贔屓する強大な悪は頼もしい』……か。誰が言ってたんだっけなぁ)


 異世界で聞いたことがある誰かの言葉を思い出しながら、秀星は風香からの感情を感じていた。


「ねえ、秀星君。放課後、時間ある?」

「ん?」

「ちょっと……秀星君の『強さ』を知りたいっていうのと、加えて『頼み』があるんだ」


 一瞬、ダンジョンがある山に視線が向かった風香。


 どうやら『そういうこと』らしい。


「ああ、いいぞ」


 管理している当主の許可アリでダンジョンに潜れるということだ。


 大変すばらしいですな!

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