4 美少女からの感謝、そしてクソウゼェ御曹司の登☆場!
「秀星君!」
風香が借金を返済した次の日の朝。
校門から学校の敷地に入った秀星は、わざと教室ではなく屋上に向かって階段を上がって行った。
それを見た風香は、これ幸いとばかりに、屋上に消えていった秀星を追いかけて礼を言ってきた。
「あの宝くじ、八千万円になったんだ。借金を全部返せたんだよ。本当にありがとう!」
「そ、そうか……」
難易度の差。
それが如実に表れた結果、秀星の方がどうこたえればいいのかわからないといった様子である。
インフレに加えて『悪質』の権化ともいえる今の秀星にとって、八千万円というのは別に用意できないわけではない。
しかし、風香にとっては違う。
無理をした最大月収がほぼ九百万なので、ちゃんと考えて調節すれば、表社会では『高所得者』といえる。
しかし、魔法社会では、それだけでかなり『金』がかかる。
権力争いにおいて弱い立場である八代家の場合、『献金』だって必要だろうし、多額なはず。
第一、裏社会に関わる者が、『連帯保証人の残酷さ』を知らないわけがない。
風香の両親だって、本来やりたくもないのに受け入れざるを得なかったのだ。
それほどの『弱さ』を抱え、文字通り『逼迫』していた風香に、視野を広げる余裕などないだろう。
両者の差は、あまりにも大きい。だからこその温度差だ。
「そんなに借金してたのか。なら、返せてよかったな」
「よ、よかったなって……」
もともと、礼は不要だと秀星は考えていたし、風香には黙っているという選択肢もあった。
宝くじというのは当選していなければ単なる三百円で買った紙切れに過ぎない。
学生レベルの手伝いなら、関係性によってはそれで十分だ。
風香視点で言えば、借金を丸ごと返済できるほど価値があるもの。
秀星に黙っておいて、借金を返済して、それで終わり。というのが、一番『人間らしい』だろう。
だが、風香は黙ってはいられない。
どうしようもなく偶然にしか感じられないものであっても、それを渡した秀星には、礼を言う。
自分が何を返せるのかどうか、一晩考えて眠れなかった可能性もあるが、そこが、風香が風香たるゆえんなのかもしれない。
「いいっていいって、どうせ当たらないって思ってたものなんだし、それで借金を全部返せたんなら、渡した甲斐があるってもんだ」
「そ、それは……」
何かを要求されると思っていた。
どうしようもない状況から救ってくれた恩人なのだから、最悪、自分の体で……。
そんなことを考えていた風香にとって、秀星の返事は想定を超えるもの。
「それじゃあ、そろそろ授業だし、教室行くぞ」
「えっ、あっちょっと……」
風香を置いて屋上から降りるために歩き始める秀星。
そう、この時間制限があるからこそ、秀星は朝っぱらから屋上に向かったのだ。
……罪深い男である。
★
――ねえ、放課後時間ある?
胸がでかい美少女にそんなことを言われて『実はめっちゃ忙しいんだ』と言うような奴は男ではない。
秀星は男なので、山にあるダンジョンに行くのはとりあえず保留――現実として、いつでも行けるのは事実である――にしておくことにして、頷いて風香に付き合うことにした。
「で、どこに行くんだ?」
「ちょっと遊びに行こうよ。晩御飯は私がおごるから」
今まで何の接点もなかった相手に対する接し方としては妥当なところだろう。
いや、朝のやり取りが風香にとって衝撃的だったゆえに、微妙に秀星のことを測りかねているといった方が正しいか。
(風香も慣れてないだろうけど、俺も俺か)
まあ自覚があるだけマシ――
(まあ、初心な風香で遊ぶのは楽しいし、これはこれでアリだな)
――というわけではない。この男クズである。
というわけで、遊びに行こうよといった風香についていく形で、ゲームセンターに入った。
「秀星君ってゲーセンって来るの?」
「射撃ゲームで開始早々にマシンガンの弾薬を使いきるプレイをしに来ることがある」
「温存って考えがないの?」
「いや、スコアとかどうでもいいからな。単にトリガーハッピーの気分を味わいたいだけだから」
「……変わった遊び方だね」
「自覚はしてる」
射撃ゲームの筐体にまっすぐ向かう秀星。
「まあ、久しぶりだし、とりあえず全クリ狙うか」
ポケットから百円玉を一枚取り出すと、コイン入れに投げ入れてゲームスタート!
「ええっ!?」
ゲームが始まる前のスーパープレイに驚愕する風香。
そんな驚く風香に対して、愉悦の表情を隠しながら銃を取る秀星。
銃アクションのストーリーなど全く興味がないのか、始まると同時にスキップして本番に入った。
次々と配置される敵たちにヘッドショットをお見舞いしながら、通常弾だけで無双モードである。
「ハハハ!この程度苦じゃないね!」
神器の一つであるアルテマセンスの影響で、動体視力と反射神経が人間をやめている秀星にとって、娯楽として遊ぶレベルのゲームなど赤子の手をひねるようなものだ。
「すっご……」
余裕という表情で次々と現れる相手を倒していく秀星のプレイに唖然とする風香。
風香だって実力があるので、反射神経は鍛えられているだろうが、それでも、『ほとんどやらないゲームをノーミスでクリアできるか』となれば、そんなわけがない。
本当に簡単そうな様子で結局最後までクリアしてしまった。
「……秀星君って、ゲーム上手いんだね」
「まあ、この程度ならな」
「あと。ゲーム前の、百円玉を投げ入れてたやつだって意味不明なんだけど……」
「慣れたらできるよ」
「そんなわけないでしょ……」
お腹いっぱいになってきた様子の風香。
そこからも様々なゲームでハイスコアを次々と出していく秀星。
もうプロゲーマーとして食っていけるんじゃないかと言わんばかりの無双度であり、風香としては、途中から無表情、かつ無言で、秀星だけが楽しんでいる状態であった。
★
……で。
「なんか、疲れたよ」
「いやー。すまんな。なんか勝手に盛り上がっちゃって」
「まあ、うん。いいよ。ちょっと意外だったけどね……」
あはは……と微妙な笑みを浮かべる風香。
ゲームセンターで散々遊んだ秀星だったが、少し時間が経つと、風香を連れて店を出た。
さすがにここまでめちゃくちゃなことをされると、風香としても絶句するしかない。
というか、ここまでゲームで無双するような奴に対して、どんな声をかければいいのかという話だ。ふざけるんじゃない。
「……私がよく言ってるレストラン。向こうにあるんだ。ちょっと歩くけどいい?」
「ああ、行こう」
あまり人が通らない場所を、二人で並んで歩いていく。
「……秀星君って、なんか、すごいね」
「どうした急に」
思い当たる節は当然ある。
だが、風香が何に対していっているのかはわからない。
「そう……凄いっていうか、強いっていうか、確固たるものがあるような、そんな感じがするんだ」
「そうかねぇ……」
雑に呟く秀星だが、確固たるものがなければ、現代日本の倫理観が通用しない異世界で生きていくことは不可能だ。
しかも、実年齢だって風香より五歳上。
だからこそ、暴力という意味でも、精神力という意味でも、秀星には軸がしっかりとある。
「風香にもあるんじゃないのか?そういうの」
「そんなことないよ。お父さんとお母さんがいなくなって、大きな借金を背負うことになって……それでも強気でいられるための力なんて、私は持ってないし」
「……なら、借金は返せたんだから、ひとまずそれはそれでいいんじゃね?」
「そう……なんだけどなぁ……」
まだ、疲れているような表情になる風香。
ただ、秀星もそんな風香の内心はある程度分かっている。
異世界で、急に両親を亡くして当主になった若者を見たことがあるからだ。
異世界人との関係を深くすることを抑えていた秀星も、何人かは交流しており、その若者と話したことがある。
(急に、守らなければならないものが多くなった……か)
風香の現状を簡単に言ってしまえば、それだけのこと。
ただ、単に力があるとか、賢いとか、そういう能力で『守る』ということができるほど、現実は甘くない。
「あっ、秀星君がくれたあの宝くじには感謝してるのは間違いないから」
煮え切らない返答をして、その取り繕いだろう。
「わかってるって」
その程度のこと、取り繕わなくても分かる。
(はぁ……さすがに借金だけでどうにかなる問題じゃないか。一切合切片づけないと)
秀星は、特定の環境に飛び込むとき、誰を接点にして入ったのかを重要視する。
文字通り、自分からも相手からも、第一印象が大きく違うからだ。
相手からはともかく、自分がどういう視点でその『世界』を見るのかというのはとても大切だと知っている。
だからこそ、秀星は風香を助けることにした。
しかし、まだまだ終わりではないらしい。
(そのためには……)
秀星は通路の曲がり角の奥に視線を向ける。
ちょうど、曲がり角から一人の少年が入ってきたところだった。
茶髪をワックスでバキバキにしたような髪型。
耳にはピアスがあり、高級そうな腕時計をつけている。
学校の制服姿だが、沖野宮高校とは違うものだ。隣の高校の制服だろう。
「お、風香ちゃん。借金返せたって聞いたぜ」
下品な視線を隠そうともせず、風香をみる少年。
「あ、有馬君……」
学校では微笑が耐えない風香が、一瞬、怪訝な表情になった。
「献金の金額下げてたけど、これから戻すぞ。一か月二百五十万から五百万な!」
「~~っ!」
声にならない声を出す風香。
「……誰だ?」
秀星は風香の前に出ながら聞いた。
「あ、有馬正志君って言って……その……」
「ま、簡単に言えば、俺は風香ちゃんの婚約者ってわけよ」
ヘラヘラしながら自分を右手の親指でビッと示しながら、正志はそういった。
「……婚約者?」
「風香ちゃんの両親と、俺の親父が決めたってわけ。借金がある時は単なる事故物件だったけどよ。宝くじで借金返したんだろ?なら、俺の婚約者に戻す権利があるってわけだ」
より具体的に言えば、本人ではなく親が決めた関係、『許嫁』といったところか。
「てか、お前こそ誰だよ」
「俺は――」
「あー。やっぱいいわ。どうせ明日には覚えてねえし。ハハハ!」
へらへらしながら笑う正志。
ただ、それに対して秀星は全く表情を変えない。
エリクサーブラッドによって、常にベストコンディションが適用されるため、怒りが反映されないのだ。
とはいえ、そんな秀星であっても、『面白くない』と思うことはあるわけで。
「なんか雑魚っぽいなお前」
「ああんっ!?」
少し煽るとすぐに乗っかる正志。
(あ、コイツは虐めたら絶対面白いやつだ)
秀星は内心で黒い笑みを浮かべた。
「ちょ、秀星君」
「なんていうんだろうな。中身がスッカスカなのに、裏にある何かが強いからって威張ってるだけに見えるぞ」
「うるせえ!ふざけてんのかアアッ!」
秀星の胸ぐらをつかもうと背を伸ばしてくる正志。
体内の魔力を操作して身体強化を行っているが、あまり強度は高くない。
秀星が『一般人』なら、それでどうにかなっただろうが……。
秀星は正志の右手首を掴む。
「なっ……」
ギギギギギギッ!
「あああああっ!いででで!は、放せ!」
「なんだよ。あの程度の煽りでキレて手を出してきたくせに、本人は脆いなぁ」
「ふざけんな!いでで、死ね!」
右手に火球が出現する。
この距離で火球を出せるとは……どうやら、『人を焼くことにためらいがない』らしい。
「なっ……」
これには風香も絶句。
しかし、秀星は内心で黒い笑みを浮かべている。
「ふっ!」
思いっきり息を吐きだす秀星。
すると、正志の手のひらの浮かんでいた火球は、正志の顔面に飛んで、ボガアアアンッ!と爆発した。
「ぎゃああああああ!あああああっ!」
左手で顔を抑えて悶絶する正志。
「ああああ……あ、あれ?燃えてない……」
「息でお前の火球をかき消すとともに、お前に幻惑魔法で火球がぶち当たった幻惑を見せたからな!」
とてもいい笑顔で解説する秀星。クズ野郎である。
「な、舐めてんじゃいででっ!」
「フフッ」
十分楽しんだとばかりに、秀星は手を放す。
放された正志の腕には、痣一つ残っていない。
「あ、腕についた痣は回復魔法で消しておいたよ!これで慰謝料を請求できないね!回復魔法の痕跡も消してあるから、いくら調べようと証拠は出てこないよ!」
内心で『ああああっ!楽ちいいいいいいい!』とゴミのような叫びを出す秀星。
「く、クソがぁ……」
「あー。それと、一個だけ指摘したいんだが、もうお前と風香は婚約者じゃないだろ」
「あっ?」
「だって、お前、借金を返したんなら婚約者に戻す権利があるって言っただろ?要するに、既に婚約は破棄されてるんじゃないか?」
「う、うるせえ!横から出しゃばってきてグチグチ言いやがって!」
負け犬の遠吠え。それに対して秀星は……
(良いじゃないか!楽しいんだもん!)
良い笑顔である。
「お前がごちゃごちゃいう前に、有馬家から正式に婚約するって言わないと、お前と風香の関係だって大した事ねえぞ」
一応、現行法では本人の合意のない婚姻に法的能力はないが、裏社会なのでそれは指摘するだけ無駄だろう。
だが、そもそも婚約を破棄してしまったのなら、それを突いてしまえばいい。
「う、うるさい!お前なんて、有馬グループの力を使えば潰せるんだぞ。理解して無いようなら――」
叫ぶ正志だったが、秀星がパンッ!と手を叩くと、ビクッとしてセリフが止まった。
「一応言っておくが、俺とお前なら、まだ『子供の喧嘩』だ。だけど、親の方がでしゃばってくるんなら、親の方は容赦しないからな?」
愉悦と絶頂の極みのような顔で宣言する秀星。
「うっ……お、覚えてろ!ぶっ殺してやるからな!」
憤怒と屈辱に溢れた顔をしつつ、捨て台詞を吐いて走っていく正志。
「しゅ、秀星君……」
「ん?」
風香の顔を見ると、いろいろな感情が見え隠れしていた。
疑問はいろいろあるだろう。魔法を使えるということや有馬家が相手でも動じないことなど、いろいろだ。
そして、『自分の前に立ってくれたこと』に対する感謝もあるのだろう。
「フフッ。考えてることが顔に出るよなぁ。俺がやりたいって思ったことをやっただけだから、風香は何も言わなくていいって」
「で、でも……」
「実はすごく楽しみなんだよ。俺の好きな言葉は二つあってな。『依怙贔屓』と『弱い者いじめ』なんだわ。クククッ……」
ある意味、目の前にいるものを震えさせるようなことを言う秀星。
「……ん?」
秀星は風香を見る。
彼女の表情は……彼に対して、嫌悪感をまるで抱いていなかった。
秀星は決して、正義など掲げない。
依怙贔屓と弱い者いじめ。
要するに、少数の選んだものだけを優遇し、時には弱者に力を振るうという主義を掲げながら、『善い人』でありたいと思うほど、羞恥心は欠如していない。
そんな秀星に対して、風香は、すぐにでも身を預けてきそうなほど『安心感』を抱いている。
(……時に、悪は正義より頼もしく見える。か……誰が言ったんだったかな)
秀星はそんなことを思いつつ、内心で溜息をついた。