3 美少女の借金返済のために暗躍!
さて、急遽金が必要になった。
で、金というものを大量に獲得したい場合、その本質は『大量にあるところから貰う』というものだ。
ちなみに、金を稼ぐという表現を軸にする場合、金を吐き出す準備が整っている環境に飛び込んで、うまくニーズをつかむ必要がある。
ただ、秀星はそんなチマチマしたことをやるほど面倒なことが好きな性格ではない。
「いやー。どんな時代でもあるんだな。『現金を積んでる密輸船』!」
「とてもうれしそうな表情で金庫室に忍び込むのは、人としてどうなのでしょうね」
船全体に隠蔽の効果があるマジックアイテムを配置して設計された『ステルス密輸船』
裏社会でも正しいルールというものは整備されるもので、それに従っている以上は目をつけられることはないが、表社会だろうが裏社会だろうが、優れた技術を『悪いこと』に使おうとする者はいる。
そして、その『悪いこと』に使われている船に忍び込んだわけだ。
「いいんだよ。どうせお互いに悪いことしかする気がないんだから」
「秀星様の方が悪いですよね」
「当然だ。基本、『誰よりも強い』というのは『悪』だからな!ていうか、こういう船を見つけるのが得意なセフィアもセフィアだと思うけどなぁ」
「私は性能的に発見できるだけです。自分から望んで探しているわけではありません」
「わかってますって……」
というわけで、金庫室内部で保管されているケースたちを見まわす秀星。
それで喜色を浮かべるのは、まあ、倫理や道徳が現代日本より育っていない異世界で育ったゆえの価値観だろう。何の擁護にもならないが。
「しかし、本当に多いなぁ。日本円の現金はざっと40億くらいか?」
「隠蔽効果のマジックアイテムをフル装備した、高機能のステルス密輸船を利用するほどとなれば、その数字も納得ですが」
「ま、別にいいや」
『保存箱』を取り出す秀星。
見た目は小さな箱に過ぎないそれだが……その実態は『端末』であり、ケースを収納しまくる程度であれば、何の問題もない。
現金を根こそぎ奪ったので、秀星とセフィアは転移魔法で船から抜け出した。
「……秀星様。その現金をどうするのですか?」
「どうするって?」
「秀星様が『何の特徴もない無個性の極みのような男』であったことは自覚されていると思いますが、そんな男がポンっと八千万を出したら怪しまれますよ」
「それって貶してるの?助言してるの?」
「両方です」
「即答かい……」
沽券という言葉への配慮が足りないメイドである。
「うーん……ただ、実際にどうやって渡すか決めてないんだよなぁ……セフィアならどうする?」
「八千万円の宝くじを一億円で用意して、特に何も知らないことを装って渡します」
「そりゃいい手だ!」
指をパチンと鳴らして、一億円が入ったアタッシュケースを出す秀星。
それをセフィアに渡した。
「俺、手続き全く分からんから任せていいか?」
「畏まりました」
セフィアはケースを受け取ると、そのまま転移魔法で消えていった。
一人、残された秀星は、『黒くて良い笑み』を浮かべる。
「さて……特に何も知らないことを装いつつ、特に接点がない女子に宝くじ渡すのって、ハードル高くないか?」
偶然拾わせる。という手もある。
だが、セフィアがその手のツッコミを入れないということは、風香はどれほど逼迫していようとも、『拾ったモノ』を自分の者とは思わない性格をしているということなのだろう。性格診断は秀星よりもセフィアの方が圧倒的に上だ。
仮に拾った宝くじで解決できたとしても、本人の中でストレスの原因となる。
それでは意味がないので、本人に手渡しするしかない……のだが、接点がなさ過ぎてシナリオがない。加えて、その宝くじで解決できたとして、絶対に秀星に何かお礼をしようと絡んでくるはずだ。
「……こういうとき、『無名』ってめんどくさいな。まあいっか。開き直って渡そう」
好くないことはたくさんしているが、悪いことをしているわけではないのだ。
堂々としていればいい!
★
……で、渡しました。
どんな感じかというと、
①:魔法込みであの手この手を使って、生徒は秀星と風香だけ教室にいるという状況にしておく。
②:秀星が先生からちょっと面倒な運搬物を頼まれる。
③:急ぎの用があるからという理由で、秀星が風香に手伝ってくれと頼む。
④:で、運搬物を渡した後、お礼ということで宝くじを渡す。
「……フフフ。どうだセフィア!完璧な作戦だっただろう!」
「科目担当の先生の準備が狂っていたのを見て思いついただけでしょう。行き当たりばったりにも限度があるのでは?」
「うるさいな。渡せたからいいんだよ」
屋上。
学校によっては入れない場合もあるが、沖野宮高校は頑丈で高い網の柵があるからか、解放されている。誰も使ってないが。
そんな場所で、秀星はセフィアが用意したチョコレートをバクバク食べながら、完璧な作戦だったとセフィアに自慢していた。
「とりあえず、これで借金は返せるだろ。厳密には……返せる資金がたまっただけだが」
「そうですね」
これが『普通』であれば、何の問題もない。
借金が『軸』の話であれば、返して終わりだ。
「秀星様が『悪意を持った組織』であれば、どうしますか?」
「そんなの、宝くじを盗むさ。どうすれば、風香は借金を返済できないからどこかに売れるし、臨時収入で八千万円手に入る。ぼろ儲けもいいところだろ」
そして、そんな単純で倫理観が欠如していることを、『悪意』を持った連中が言い出さないわけがない。
「では、どうしますか?」
「借金返して終わりなら手を出す必要はないさ。書類上、何も間違ったことはないし。まあ、大人が寄ってたかって子供を苛めるって言うのなら、子供にも言い分があるってことをわからせてやるさ」
黒くて良い笑みを浮かべる秀星。
「その『いじめ』が好きな性格、早く治した方が身のためですよ」
「セフィアも知ってると思うが、因果応報って前提があれば、いろいろないじめを第三者は受け入れるのさ。というわけで、俺も俺で好き勝手やらせてもらうぜ」
★
というわけで、放課後。
購買部で買った新聞――おそらく当選番号の結果が書かれている――を手に、ものすっごく緊張した様子で換金所に向かう風香を眺めながら、『あ~可愛い~』とクズみたいなことを考えつつ、バナナを片手に秀星はストーカーをやっていた。
なお、風香には絶対にわからない隠蔽魔法を使っているので、それはもうニヤニヤしながらついていっている。
正直に言って、気色悪いことこの上ない。
「一体何をしているのですか?秀星様」
「ん?ああ……俺は遊びに来てるだけだよ」
「遊びに?」
「そう、遊びに来てるんだよ」
「……意訳すると、『借金を返せるようにする結果は確定してるから、その道中で好き勝手やろう』ということですか?」
「そういうことだ」
満足そうにうなずく秀星。
「……左腕にかけているレジ袋には何が入っているのですか?」
「おもちゃ」
人が真剣に借金返済について考えて行動しているときになんて男なのだろうか。
愉悦を得るのは強者の特権と言わんばかりの表情なので、少なくとも反省する気はなさそうである。
「おいおい風香ちゃん。一体これからどこに向かうつもりなんだよ」
ゴツイ体格の男たちが四人ばかり集まって、風香の前に立ちふさがった。
とってもチンピラ臭が漂ってくるが、まあ、単純な『裏』はともかく、『魔法』まで存在するとなるとそんなものだろう。
暴力が優れた方が強いのだ。
「……借金返済のためです」
「はぁ?ダンジョンに潜って金を稼ぐとか言ってたのはどうしたんだよ」
「宝くじで八千万円当たりました」
「…………はっ?」
なんというか、仏壇から鈴を持ってきてチーンと鳴らしたような、そんな感じの情けない空気になった。
「んなバカなこと言ってんじゃねえ!はぁ?宝くじで八千万円当たったぁ!?そんな都合のいい偶然があるわけねえだろ!」
叫ぶリーダーらしい男。
とはいえ、必然なんだから仕方がない。
「あたったのは事実です。次の利息の支払い日はまだ先ですよね。失礼します」
四人を素通りしようとする風香。
だが、四人組のうちの一人が、スタンガンを持って風香に迫った!
「舐めてんのかおらああああ!」
(おいおい、暴力はあかんて……)
秀星はバナナを食べ終わると、バナナの皮に転送魔法をかけて、男の足元に直送。
スタンガンを持っていた男は突如現れたバナナを踏んで、そのままつるーん!と滑って顔面から地面に墜落した。
(ブフフッ!あははっ!うわーいたそー……)
爆笑からの棒読みという器用なことをする秀星である。
「何バカなことやってんだ!あと風香ちゃん。借金を返されると俺たちが困るんだよねぇ」
リーダーが右手を掲げると、放電し始める。
雷属性の魔法使いということなのだろう。
(ふむふむ)
秀星はレジ袋から風船を取り出すと、魔法でちょっとだけ頑丈にして、ついでに特濃塩水を魔法で作って中に入れた。
(おりゃああああ!)
内心で叫びつつ、風船を投げつけて、属性自慢をしている男の右手に着弾!
パアンッ!と風船がはじけた!
バリバリバリバリバリバリバリバリバリバリッ!
「ギイヤアアアアアアアアア!」
右手の傍で制御していた放電が全身に回って感電している。
(あははははっ!ひーっ!ひーっ!笑い死ぬ!あははははっ!)
地面をバンバンと叩いて面白がっている秀星。
「おい、そこに誰かいるのか!」
さすがに風船が飛んで来たら、その方向に振り替えるのは当然。
だがしかし、そこには誰もいないように見える。
秀星もセフィアも隠蔽魔法で姿を隠しているので、特殊な感知能力がないと分からないのだ。
「逃げやがったか」
「追うぞ!虚仮にしやがって。土下座させて頭を踏み潰してやる!」
まだノーダメージの二人が秀星たちがいる方向に向かって走ってくる。
というわけで、秀星はレジ袋から野球ボール程度の大きさの玉を用意。
それを地面に放り投げると、光の屈折が全くない完全透明の液体が広がっていく。
突如出現した『割れたボール』に対して驚いている様子の2人だが、勢いは止まらない。
摩擦力がほぼ皆無になる液体に足をかけて、そのまま2人とも曲芸のように転ぶ。
「ぶふっ!クククッ……」
腹を抱えている秀星。
まるで『世界の衝撃映像』みたいな番組を見ているかのような、そんな様子である。
「ふーっ!ふーっ!さて、この衝撃映像を前にして、風香は何をするかな!」
秀星が風香を見た。
で、当の本人は唖然という言葉がふさわしいくらいジッとしていたが、くるっと踵を返すと、そのまま早歩きで去っていった。
(……まさかのスルー!?混沌慣れしてんのか?やっぱり普通の高校生じゃないな)
「いえ、普通に知り合いだと思われたくないような状態になったから距離を取っただけだと思いますよ?」
「真面目返事はやめてくれ……」
メイドの一言でげんなりしている秀星だが、風香が角を曲がって見えなくなると、表情を変える。
「さて……セフィア。こいつらが誰かわかるか?」
「悪意を持つ組織側の人間です。銀行とつながっていることは事実ですが、勢力図の関係で、風香様が八千万を現実として用意しても、銀行側が受け取らないということはないのでご安心を」
「なるほどね。『そこ』が不安点だったが、杞憂か」
『借金を返されると困る』と言っている以上、借金返済の妨害はしてくるだろう。
ただ、金を用意できないならまだしも、金を用意しても、銀行側が返済拒否してきたらどうしたものかと思っていた。
『悪意』を持つ組織で、しかも魔法関係という裏になれば、倫理観がどこまで欠如していても不思議ではないが……どうやらそこまでではなかったらしい。
「あとは、八千万円の返済手続きをするまで護衛すればいいか」
「はい」
再び、護衛を称してストーカーを続ける秀星。
幸いこれといった妨害はなく(秀星が事前に叩き潰した)、換金して八千万円を手に入れた風香は、銀行に借金を無事返済した。
美少女がホッとする瞬間というのは、とても良いものです。