2 ダンジョン発見と、問題を抱えた美少女クラスメイト
五年も異世界で暮らしていて、いきなり日本に帰ってきて暮らせるのかと聞かれれば、神器の力があれば十分可能である。
使い方によっては国家に影響するほどの力があるほどの性能であり、一人の人間の『五年前の感性』を引っ張り出して再現することなど造作もないのである。
というわけで、秀星はセフィアが作った弁当を鞄に入れて、自転車……ではなく、隠蔽魔法を使用しつつ、建物の上を超人の身体能力でぴょんぴょん飛んで走り抜けていた。
「いやー。ぶっちゃけ転移魔法を使えばもっと早く行けるけど、風を感じながら学校に行くのはいいねぇ。異世界漂流前を思い出す」
だったら自転車に乗れというツッコミがセフィアから飛んできそうなことを呟きながら、秀星は学校に向かう。
「……ん?」
何かが秀星の感知範囲に入った。
神器の一つであるアルテマセンスの影響で、秀星の感知能力はとても高くなっている。
とはいえ、雑多な大衆に一々反応するほどどうでもいいことに一々目を向けたりはしない。
「……魔力的な何かがあるのか?」
秀星は山の方に目を向けた。
すごくモヤモヤとした何か。といった要領を得ない感想が一番最初に沸いたが、アルテマセンスは的確に分析する。
「……ダンジョン。か」
普遍的なモノであれば、レンガの通路で構成され、魔物が湧き出る人工物。
そんな、『ダンジョン』の感覚だ。
しかも……。
「表層しか攻略されてない、実際は凄く深いところまである巨大ダンジョンか。まさか、自分が住んでる場所にこんなものが……」
顔をしかめる秀星。
「ここまで近づかないと分からないなんて、地球に帰ってきたからって平和ボケしすぎかね?」
ダンジョンの外には結界があり、それがダンジョンへの認識を阻害させているが、秀星にはそんなもの通用しない。
だが、それでも『範囲』というものは存在するため、近づかなければわからない。
「……ま、地球のダンジョンには興味があるし、後で行ってみますか」
分身魔法を使って学校に行かせるという手段はある。
だが、地球に変えることを望んで計画をずっと練ってきた日々の欲望を超えることはない。
「セフィア。山にダンジョンあるだろ?多分関わってるところがあるはずだ。周囲の関係者を調べといて」
『承知しました』
テレパシーの返答を聞いて、満足そうにうなずくと、秀星は学校に向かってまたぴょんぴょん跳ねていった。
★
九重市立沖野宮高校
秀星が通っている学校だ。
特に妙な部分はない。
『家から近いから』という理由だけで通うような学校があるだろう。それと同じだ。
ただ、思っていてもぶっちゃけちゃうと学校に失礼なので言わないように。
(いやー。スマホを自由に使える高校って最高だな。正直、ラノベなんて一秒で読み終わるから、こういうのを持ち込めないと暇なんだよねぇ)
秀星はマシニクルで改造を施したスマホでニュースサイトを見ている。
(あー。五年も異世界にいたからだろうな。現実社会のニュースがすっごく新鮮……こうしてニュースを見れるだけで、なんか地球に帰ってきたんだなーって実感がある)
すごくダラダラした雰囲気の秀星。
ダンジョンに関してセフィアに調べさせているが、特に熱意は感じられない。
さすがに、異世界に五年間も過ごして、神器という『インフレの権化のようなファンタジーアイテム』を手に入れて異世界で活動していると、『もう、ダンジョンはお腹いっぱいです』となっているのか、ダンジョンを発見してセフィアに周辺関係を調べさせているものの、特に興味がある様子ではなく。
それに比べれば、文明が優れて、実体経済以上の莫大な金が動き回る現代社会の方が眺め甲斐があるということなのだろう。
(……ん?)
秀星は教室の空気が変わったことを感じて、その原因となっている扉の方を見る。
ちょうど、一人の女子生徒が入ってきたところだった。
八代風香
緑色の髪を腰まで伸ばしており、常に微笑の絶えない少女だ。
容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能という、やたらスペックの高い少女である。
神社の出身であり、それもあって中学時代に文化祭で巫女服を着たそうで、その時の写真が今だに『学生裏市場』で流通しているという噂だ。闇や裏と言うのは日常の近くにいるものである。
ちなみに流通している写真の内、最も値段が高いのは『着替え中』だそうだ。ぶっ飛ばされても文句は言えない。
なお、巨乳である。その大きさはFと言うことだが、確かに、ある。
入ってきた瞬間にクラスメイト全員が風香の方を向いたが、数秒後に空気が戻っていって、またしゃべり声が聞こえてきた。
(入ってくるだけで雰囲気を変えるか……そういえば、二か月くらい前に両親を交通事故で亡くして、八代家の当主として引っ張ってるとか……本当に高校生なのかって話だな)
普通の高校生のスペックではない。
しかし、それをあなたが言いますか。というツッコミがセフィアから飛んできそうなのは、秀星の方がより非現実的な経験を積んでいるからだろう。
(……ただ、何か無理してるな。抱えてるストレスが大きい。何を隠してるんだ?)
秀星の感知能力と識別能力は高い。
それこそ、人を見れば、それだけでDNA鑑定ができるほどだ。
そんな秀星なので、表情だけで本人の状態を察することなど造作もない。
(……はぁ、そういうの、放置できないんだよなぁ。俺)
★
放課後。
適当に荷物をまとめて、周囲の人がいなくなると同時に転移魔法でダンジョンの前に移動。
隠蔽魔法で姿を隠しながら転移してきた出入り口には警備員らしい男性が立っていたが、素通りして中に入る。
角を曲がったあたりで、セフィアが音もなく秀星の隣に姿を現した。
「秀星様。ダンジョン周辺の関係者に関して調べました」
「お、そうか」
「このあたりは、昔から八代家が管轄しているようです」
秀星の頭に風香の顔が思い浮かんだ。
両親がおらず、風香が現在の当主であり、このダンジョンの活動利権も風香の権威で何とかしている状態だろう。
「このダンジョンの攻略具合からすると……雑魚ダンジョンだから管轄することを許されてるってところか?本当はもっと深いのに、第十階層までしか攻略されてないし」
「はい。その第十階層のボス部屋には深層への扉が隠されていますが、誰も発見できなかったようですね。八代家は裏社会の中で大きいわけではありませんが、雑魚ダンジョンでも列記とした『裏』であり、管轄するものが必要だから選ばれたといったところでしょう」
「だろうなぁ……」
話していると、モンスターが出現。
棍棒を持った緑色の小鬼。
特に何のひねりもないゴブリンだ。
「……フッ!」
秀星は口の中に魔力をため込むと、それを一気に吐き出す。
文字通り、砲弾のような形で、ライフルのような速度で、ゴブリンの頭を吹き飛ばした。
首から下だけになったゴブリンは地面に倒れると、体が塵となって消えていき、紫色の結晶体だけが残った。
秀星が右手の人差し指をクイっと曲げると、魔石が秀星の手のひらにまで飛んでくる。
「うーん……グリモアの魔石と構造は同じか」
「魔力の作りが異世界と全く同じ……不思議なのか、そういうものなのか……」
「まあ、どっちでもいいけどな。ていうか、ダンジョンに潜る理由もなくなったな。俺、魔石くらいなら自分で作れるし、魔力量だって膨大だもん」
激萎えまでが速い。
「それなら、もっと深くまで潜るべきでしょう」
「ん?」
「このダンジョンは、この世界で唯一の『無限ダンジョン』ですからね」
「おっ、グリモアにもなかったカテゴリだな。文字通り無限に続くダンジョン……でも十層までしか攻略されてないって、なんか、作ったやつがかわいそうなことになってるな」
セフィアの言葉に嬉しそうな表情になる秀星だが、要するにそれって……と冷静になったのか、乾いた笑みを浮かべた。
「それなら、さっさと進んでみるか」
「どの程度ですか?」
「第……百階層くらい?」
「何故疑問形?」
「気にするな」
「畏まりました」
★
「魔石めっちゃ集まったな」
「そうですね」
「でも……俺が二秒くらいで作れる量より少ないな」
「そうですね」
「コスパが悪いぜ」
「そうですね。ただ、無限ダンジョンで『強引』な手を取ると後でひどくなるので、足で歩いてマッピングする必要があることは事実ですが」
「このダンジョンとは長い付き合いになりそうだし、ダラダラ進んでたら一日で百が限界か。明日からは転移で行ったところまではショートカットするけど!」
ごちゃごちゃと喋りながらダンジョンの中を歩く2人。
秀星が『魔石が集まった』と言っているのに何かを持っている様子がないので、どうやら『保存箱』に全て入れているのだろう。
学生服も一切汚れておらず、汗一つかいていない。
文字通り『余裕』といった様子で、あくびをしながらダンジョンを歩いている。
「……何か聞こえてきたな」
レンガで出来た通路を歩いているが、近くに扉のようなものがあり、そこから音が漏れている。
「マップでは、あそこは『モンスターハウス』となっています」
「ほー……」
モンスターハウス。
モンスターが大量に湧き出てきて、侵入者に一斉に襲い掛かる鬼畜トラップのことだ。
無双できれば一攫千金となるが、実力が足りなければなぶり殺しにされる。
裏社会でモンスターを相手にするような人間は、いずれも『命を懸けているが自殺志願者ではない者たち』ばかりだが、マッピングが住んでいるダンジョンにおいて、モンスターハウスは文字通りギャンブルである。
「……ん?」
ドアの隙間から中を覗き込む。
そこでは……
「やああああああっ!」
教室では微笑を絶やさない風香が、鬼気迫るといった様子で、風を刃にまとわせた刀でモンスターを倒しまくっていた。
一見すると、無双。
しかし、呼吸は荒く、ジャージと簡易的な防具はモンスターの返り血で赤く染まり、膝は震え、切っ先は揺れている。
まぎれもなく、疲労困憊といった様子だ。
「はぁ、はぁ、うあああああっ!」
歯を食いしばって、体に残るエネルギーを振り絞るかのように、風香は刀を真横に一閃。
刃の形をした風が巻き起こり、周囲を根こそぎ薙ぎ払う。
モンスターは全て、胴体が上下に分かれてその命を散らすと、魔石だけを残して消えていった。
「はぁ、はぁ」
刀を地面に突き立てて、荒い呼吸を繰り返す。
全てのモンスターを倒し終わって、後は、魔石を回収するだけ。
「ま、まだ、全然足りな――」
一言で言えば、限界。
そしてそれは、一人の少女から、意識を刈り取るには十分な言葉だ。
「……無理してるとは思ってたが、こういうことか」
セフィアが風香を抱き上げたので、風香が床に倒れることはない。
ついでに、風香が持っていた刀は鞘に納められて、セフィアが回収している。
「近くに安全地帯があります。そこで休ませましょう」
「そうだな。で……なんで風香はこんなところで暴れてるんだ?」
「キーワードは『両親が連帯保証人』です」
「うわー……そりゃ残酷だ」
もちろん、それだけで風香が借金を相続しなければならないわけではない。
だが……何も知らない子というのはよくいるもの。
何をするべきなのか、何に注意すべきなのかを知る前に、罠に嵌めて叩き落す。
風香は高いルックスとスタイルであり、倫理観のない世界では多少の名家の看板など意味がない。
「はぁ、嫉妬はスルーでいいけど、悪意は組織的なモノだからな。そっち関係で嵌められたか」
「そのようです。借金は八千万円とのこと。なお、風香様の無知を利用してはいますが、特に違法性はありません」
「おお、そりゃなんとも……」
詐欺師という存在は、嘘はつかない。
その分かりやすい例だろう。
ここまでうまくいくこともあまりないだろうが。
「八代家の一か月の収益は?」
「風香様が今のペースで頑張って880万円です」
「うーん……」
秀星は風香を見る。
セフィアの柔らかい体に触れてスヤスヤ寝ているようにも見える顔を見て、大体『わかった』ようだ。
スマホの電卓を引っ張り出す。
「ええと……一か月30日の内、平日22回に一日20万。休日8回に一日55万の計算か」
「ちなみに、これはかなり無理をした……というより、風香様が最大限頑張った場合の数字です」
「ほう。そりゃ……足元見られてるな」
雑魚ダンジョンの管轄を押しつけられているということからもなんとなくわかっていたが。
ただ、『裏』というものはそれ相応に金が流れているものだと秀星は考えている。
しかも、使い方によっては万能なエネルギー資源である魔石なのに、買取金額が高くない。
「利子も考えると返済完了までめっちゃ時間かかるわな。ていうか、それよりも前に風香が潰れるか壊れるか」
「どうしますか?」
「魔王はタダで倒せるけど、借金を倒すには金が要るからな」
違法性がないとなれば、実際に金を用意する必要がある。
「まあ、俺には俺のやり方がある。どのみち、風香は助けるさ。セフィアも知ってるだろ?俺が新しい環境に入り込むとき、『誰を接点にして入ったのか』を重視するってこと。風香は多分ちょうどいいだろうけど、借金なんてもんがあったら面倒だからな」
「畏まりました」
セフィアは秀星のその言葉を聞くと、安全地帯まで風香を運んで、回復魔法をかけた。
まだ疲労が抜けていないのか。久しぶりにゆっくり寝ているのか。目覚める様子はない。
「じゃあ、行くか」