レンタルお姉さんと引きこもりの兄
大学受験に失敗した兄が引き籠もるようになり、早くも三年目になろうとしている。
「ご飯……置いとくね」
静かに、まるで腫れ物を触るかのように、母はいつも兄を心配する。それが逆効果だと、父は冷たく接する。家族の団らんはすっかり暗くなってしまい、常にお通夜の如く、我が食卓に笑顔が灯ることはなくなってしまった。
私は、そのどちらもが間違っていているように思えたが、これと言った正解が見つかった訳でも無く、虚しい日々が常に過ぎ去ってゆく。
「レンタルお姉さん?」
ある日、母が一枚のチラシを手に、藁にも縋る勢いで電話をしたという。
私は半信半疑であったが、他に目新しい打開策も見出せず、父はすっかり兄に無関心となり、何もしないよりはマシだろうと、お茶をすすりながら母に同意していた。
そして次の日、レンタルお姉さんとやらがやって来た。
「どうも、初めまして」
まるで国営放送の歌のお姉さんのような、そんな明るいお姉さんがやって来た。家族にも心を開かない兄が、初対面の人に果たして心を開いてくれるのだろうか? 私はそれが心配でならなかった。
「大丈夫。プロですから……」
お姉さんが自分のペンダントを指差しながら、兄の部屋の前へとやって来た。扉には『進入禁止』の張り紙がなされており、レンタルお姉さんはそっと扉に手を当てて声を掛けた。
「歌っても……良いかな?」
「──?」
お姉さんが静かに目を閉じる。
「ピ──!ピピ──!!ピピピピ──!!」
なんとお姉さんがいきなり兄の部屋の前で上手い始めたのだ!! しかしピ──音で何を歌っているのか分からない!!
「ダメッ! この世界で歌はタブーなのよ!?」
慌てて母が止めに入るが、お姉さんの歌声は既に作者によって書き換えられている。大丈夫だろう……多分。
「な~ん~~た~ら~~くぁ~ん~~た~るぁ~」
「──!?」
しかも歌詞を忘れたのか、レンタルお姉さんはいきなり適当に歌い始める暴挙に出たのだ!!
「ひ、酷い……!!」
私がたまらず悪態を突いたが、事態は更に深刻化を極めてゆく。
「あ、時間ですね。それでは今日はこの辺で──」
来て五分も経たぬうちに、レンタルお姉さんは歌を止めて時計を見た。
──ガチャ!
「チーッス! レンタルお兄さんでーす!!」
「えっ!?」
今度はレンタルお兄さんとやらが家に現れた。母は「呼んでないわよ」と首を振るが、当然私でも無い。
「私が呼んだんですよ。これからデートなんです」
「お、可愛い子ちゃんじゃん! 俺ついてるー!」
チャラ男風の男が、レンタルお姉さんの肩に手を回し、舐め回すように全身を見つめた。
「じゃ、デートなので……」
レンタルお姉さんが会釈をした。が、レンタルお兄さんが立ち止まる。
「俺、お姉さんみたいな人初めてだから、もう我慢出来ないんだよね。ココでやろうぜ?」
「えっ?」
突如、レンタルお兄さんがとち狂う。
ズボンのベルトを外し投げ捨てると、レンタルお姉さんに掴み掛かったのだ!!
「嫌っ! 止めて……!! 誰か……!!」
慌てて私と母が助けに入ろうとするが、体操で無駄に鍛えられたと思われる筋肉に、か弱い女子二人ではとても太刀打ち出来なかった!
「グヘヘ! 大人しくしろ!! 直ぐに終わるからよ……!!」
レンタルお兄さんの顔が醜い悪魔へと成り下がる。
「イヤーッ!! 秀ちゃん助けてー!!」
──ガタッ!!
「──!!」
レンタルお姉さんの叫び声で、それまで沈黙を続けてきた兄の部屋の扉が突然大きく開いた!!
「その手を離せクソ野郎……!!」
兄は中学二年の修学旅行で買った京都土産の木刀を握り締め、レンタルお兄さんに襲い掛かった!!
「なんだコイツは!?」
──ボカッ!
「うごっ!!」
──ビシッ!!
「あがぁ……っ!!」
──ズドンッ!
「グワァァ……」
兄の三段突きがヒットしたレンタルお兄さんは最後に変なところから声を上げて、その場に倒れた。
「……里菜、大丈夫か?」
「……秀ちゃん!!」
激しく抱きしめ合う二人。さっぱり訳が分からない私。隣で泣いている母。いつの間にかビデオを回している父。お前仕事はどうした……。
「ゴメンよ! 俺が大学落ちたばかりに、一緒の大学に行けなくて……!!」
「いいの……!! 例え落ちても、こうして一緒に居られるじゃない!?」
「里菜!!」
「秀ちゃん!!」
再び強く抱きしめ合う二人。まだ理解が追いつかない私。ハンカチで涙を拭きながらせんべいを食べている母。昼ドラか? 父は会社からの「戻ってこんかい!!」の呼び出しに「今息子が大事な時でしょーが!!!!」とキレている。いや、もう戻れ。多分もう大丈夫なやつだ。
「里菜……俺、もう一度頑張るよ!!」
「秀ちゃん……!!」
「ふっ、世話の焼ける奴だぜ」
木刀で血塗れにされたレンタルお兄さんが、静かに去って行く。お前実は良い奴だったのか。
こうして、兄は引き籠もる事を止め──お笑い養成学校へと入った。
「何故?」
「直ぐに入れる学校がココしか無かった」
しかし意外なことに、兄にはお笑いの才能があったらしく、誰よりも早く養成学校を卒業し、お笑い芸人としてテレビにデビューまでしてしまったのだ。
そしてお茶の間の人気者となった兄は、当時囁かれていた国民的女優との熱愛をひっくり返すかのように、里菜さんと結婚した。
「里菜……♪」
「秀ちゃん……♡」
二人は今日も部屋に引き籠もって、愛を語らっている。
『しいたけ祭』に出す予定なのに間違って投稿してしまったでござる……!!
_(´ཀ`」 ∠)_