吐息が触れる距離
僕はしがないコンビニの店員、というか親戚のコンビニでバイトをしている大学生。
僕には年下の恋人がいるのだけどバイト帰りに会うには寒すぎるこの季節、彼女は僕の部屋で待ってたりする。
帰りが遅くなるのに勉強が疎かになるといけないから、と待ち時間は予習、復習するしっかり者な彼女。
付き合って間もないのもあるけれど、彼女はまだ高校生だし、僕は一緒にいるだけで幸せだと感じているんだ。
いつものように僕が仕事終わりに『今から帰るよ』連絡すると、珍しく帰り道にある公園にいるのだと言う。
寒がりの彼女にしては珍しいな、今日は外にいるんだと思いつつも、ふと気づいたんだ。
今日はかなり寒かったってことに。
コンビニを出る前にホットのミルクティーとコーヒーを買って帰ることにする。
冷えた身体にせめてものホッカイロ代わりになればいいと思って。
風は冷たく、顔をさすような冷気に思わず身震いをしつつも店の外に足を踏み出した。
寒さから避けるようにポケットに缶を入れて、首をちぢこませながら僕は彼女が待つ公園へと早足で向かった。
僕の仕事が終わる頃はとっくに日が沈んでいる。
そもそもバイトと言ってもシフトの穴埋め的だから変則的。
近くに駅があるため、帰宅ラッシュが終わる20時までの時が多い。
高校生の彼女と会えるギリギリの時間で、21時までには帰宅させないといけないのだ。
そう思うと、たわいもない話をしていると時間だけが過ぎてしまう。
それでも毎日のように彼女と会えるのが嬉しくてたまらない。
今日も嬉しさがこみあげてきては彼女の待つ公園にあっという間に着いてしまった。
キョロキョロとあたりを見渡すと、街灯から少し離れた所にあるベンチに座っている人影が見えた。
少し近づいてみると、ベンチに座りぼんやりと夜空を見上げる彼女はもふもふした手袋を顔にあててふるえていた。
「待たせちゃってごめんね」
ちょっと離れたあたりから声をかけてベンチに向かうと彼女はにっこり笑って手袋をしたまま手を振った。
僕はそのまま彼女の座るベンチの横に腰掛けた。
「なんで今日、外で待ってたの?」
そう問えば、この間部屋に来た時に、うっかり僕の部屋にエコバッグを忘れていたのだけれど、その中に合鍵もいれたままだったらしい。
僕も忘れ物に気づいていたけれど鍵も入っているかまでは見なかった、さすがに中まで見るのは気がひけたから。
「外じゃ退屈でしょ?寒くない?」
彼女の顔を伺うように覗きこめば、彼女はニッコリ笑った。
「平気だよ、冬の星座みるの好きだから。寒いけど冬の方が星が綺麗に見えるの。ほら、煌めいていて綺麗でしょ?」
そう言うと彼女は顔に当てていた手をおろし、代わりに空高い位置で眩く光る星を指差して笑う。
突然の微笑みに僕の顔が熱くなった気がしたけど、彼女の頬は少し赤くなっていたのを見て急に冷静になった。
「星を見るのもいいけど、身体冷えたでしょ?はい、これ飲んで」
僕はポケットの中からミルクティーの缶を取り出して渡した。
「ありがとう」
鼻も赤くしていた彼女が笑って受け取ってから、僕はコーヒーを取り出して缶を開けようとした。
手がかじかんでカシッカシッと金属音が鳴るだけで一向に開かない。
そんな様を見ていた彼女がモフモフの手袋を外して僕から缶を奪い取った。
「もう、開けてあげるよ。義高君はこの手袋してて。指が氷みたいに冷たいんだから」
彼女がにっこり笑って出た白い息が僕の心にも蒸気を当てたように僕は一気に顔が赤くなった。
「で、でも千佳子ちゃんが寒くなっちゃうよ」
慌てて手袋を返そうとした時に、彼女は突然僕に抱きついてきた。
「あっ、えええっ?」
何が起きたか分からずに硬直している僕のフリースに彼女は顔を埋めている。
顔を上げずに「寒いから、くっついてい?」と言う彼女。
僕はアタフタしながらも「う、うん………」と答えるしかできなかった。
しばらくくっついたままでいた彼女が、おもむろに顔を上げて深呼吸した後に「えへへ」と照れ隠ししながら笑った顔は白い吐息が邪魔してうまく見えなかった。
「あったかいな、でもいつもより近くてドキドキする」僕はポツリとつぶやいた。
「私の方こそ、緊張して心臓バクバクなんだから!でもホントはずっと恥ずかしいんだからっ」
普段なら聞こえない距離にいるのに、今日はいつもいられない距離だから僕の独り言が聞こえちゃったようだ。
「あ、う…うん。ごめん」思わず謝ってしまった。
すると彼女の顔は少し曇った。
「違うの、怒ってないの。いつも何か言いたそうで、たまに口が動いてるの知ってたけど聞き取れなかったから嬉しいんだ」
僕を見上げて言った眉は八の字を描いていて、でも言い終わるとまた僕に抱きついて見えなくなった。
「えへへへ。嬉しいなぁ、義高君の声もちゃんと聞こえる距離にいたかったんだ」
付き合って初めて可愛いことを言ってくれる彼女に、へたれで奥手な僕は少し反省した。
「ごめんね、なんか気を遣わせちゃって」
照れ隠しに僕は頭を掻いた、行き場のない手が空を漂っていたから。
「違うよ、そんな義高君が好きなの。でも………私がくっつきたくて我慢できなかったんだ、えへへへ…」
僕に顔を埋めていた彼女は、目だけ見えるくらいまで少し顔を上げていったけど顔は赤く見えた。
「………それってズルいよ。僕だって近づきたかったんだ」
僕は、そう告げると彼女の小さな身体を覆うように軽く抱きしめたんだ。
すると腕の中で小さな体がビクッとしたけれど、静かに二人温め合った。
「あったかいね……」
「………うん…」
しばらく抱き合っていたけれど、彼女が小さくくしゃみをしたから僕は腕を解いた。
「帰ろっか、これ以上は風邪引いちゃうね」
そう言って彼女の頬を軽く撫でると、「ひゃっ!」と声をあげて突然彼女が僕を両腕で突き飛ばしたんだ。
"──ドンッ"
「うわっ…」
無防備な状態に突き飛ばされた僕は背もたれを掴んでなければあやうくベンチから落ちるところだった。
せっかく渡された手袋をつけ忘れていたせいで、指先が冷たかったからかもしれない。
彼女を見ると触れた頬に手をあてて顔を真っ赤にしていた。
「ご、ごめんっ」
「…ビックリした……ぁくしゅんっ」
大きくくしゃみをした彼女が身震いするのを見て僕はそのまま立ち上がると、彼女に手を差し伸べて言った。
「かえろっか」
「…うん」
少し残念そうに僕を見上げる彼女が、ゆっくりと手を伸ばしてくる。
彼女の手が僕に触れた時、僕はこっそり指を絡めてやった。
これからはこの距離感でいられるように期待をこめて。
「ずっとこうしたかったんだ…」
僕の声に頷くように彼女の指がギュッと握り返してくれのが嬉しかった。
公園で二人歩きながら夜空を見上げて僕は言った。
「今度は厚着して星、見にこよっか」
「うん!でも義高君がいればくっつくから大丈夫」
彼女はそう言って、僕の左腕が触れる距離に近づいてきた。
恥ずかしくなって「星座分かんないから教えてくれる?」と誤魔化す。
「オリオン座とカシオペヤ座しか分からないけどいいの?」
思いがけない返事に「……似た者同士だね」と思わず笑ってしまった。
二人の口から白い息が漏れた。
「あ、白い吐息!」と指差して笑った彼女。
笑いあった白い息が夜道を鮮やかに二人を包んでいった。
過去作ではありますが銘尾 友朗様主催『冬の煌めき企画』参加させていただきました。
作成秘話としましては、11月のとある日、今日なら時間が取れるだろう、と
藤倉楠之さん(ID:1922367)と勝手にお題を作って短編を書くという事をしてみました。
浮かんだシーンがかなり無理やり感満載で、出先であらすじを書きとめて
帰宅後に穴埋めしてつなげたりと
いかんせん慌ただしい状態で、ざっくりと書きました。
なのでかなり粗く、ところどころ話が飛んでいたらすいません。
※2021年2月、一文追記しましたが、大幅な変更はしておりません。
「もふもふ、エコバッグ、距離、あつあつ、ふるえる、店員、うっかり、星座」
これらのキーワードから連想した物語を楽しんでいただけると嬉しいです。
また同じように藤倉さんの作品は同じキーワードを使っていますが、
作風も違っていて面白いです、とても好きです。
「子ダヌキを助けた話」(N7350GP)
銘尾 友朗様主催『冬の煌めき企画』をご覧いただいている方には
既に読まれていらっしゃるかと思いますが、
一味違った物語の展開に楽しんでいただけると思いますので
未読の方いらっしゃいましたら、ぜひお読みくださいませ。
最後までお読みいただきありがとうございました。