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比較的人気作

幼馴染パーティから追放されました(泣)

「チェロス、おまえはうちのパーティに不要だ。今日限りで出てってもらう」

「………………え?」


 リーダーから出た突然のクビ宣告に、チェロスは固まった。

 頭の中が真っ白になる。


 自分は今日、何かやらかしたのだろうか?

 いや、特に大きな失敗はなかったはずだ。いつも通り、幼馴染4人でクエストを受け、森の奥地で魔物を討伐し、ギルドに報告してからこの宿へと帰還した。


 その後、「このあと臨時会議を開く」とリーダーに告げられたのが、つい数分前のこと。

 そしてチェロスがリーダーの部屋に向かうと、そこにはすでに3つの席が準備されていて。

 正面にリーダーのプラノン、左にバルト、右にティオラが座っていた。


 自分の席だけ用意されておらず、狼狽えていたら先の宣告を受けたのだった。


「……ど、ういう、こと?」

「言葉もわからないのかマヌケ。役立たずは出てけ、と言っている」


 ……訳がわからない。

 自分が、役立たずだって?

 これまでみんなのために、一生懸命尽くしてきたのに……。


「前衛は剣士の俺と、タンクのバルト。後衛・回復役は魔術師のティオラ。これで十分役は回っている。おまえの居場所なんてどこにもない」

「……う、そでしょ? どうしてだよ……ねぇプラノン!」

「チッ、ったくうっせーな、ゴミクズ野郎」


 リーダーにすがるチェロスを、隣からバルトがギロリと睨みつけた。

 眠りを起こされた獅子のような、不快感と殺意を露わにした双眸。


「どうしてかって? じゃあ聞くけどよぉ、チェロス。テメェはここ数日で何か目立った戦果を上げたか?」

「…………それは」

「言えねえか? ……ハッ、言えるわけねえよなぁ。ここしばらく、テメエのモンスター討伐数はずっとゼロだもんなぁ。

 いやそもそも、パーティを結成した頃から数えたって微々たるもんだ」


 バルトの指摘に、チェロスはぎゅっと唇を噛む。


 数字上は、確かにバルトの言うとおりだろう。

 だがチェロスは補助系の魔法を得意とする付与魔術師だ。モンスターを率先して倒す役回りは、そもそも彼の領分ではない。


 パーティ全体の能力値を上昇させたり、敵の能力値を下げたり。ときには状態異常魔法や、索敵などのスキルも駆使し、影ながら支えてきたつもりだった。


 ――なのに、


「……僕だって、後ろで頑張ってたよ! みんなの戦いが少しでも楽になるように、ステータスをあげたり、索敵したり――」

「それさぁ、ホントに必要なの?」


 気だるげな声が、チェロスの主張を遮った。

 爪を弄りながら、紅一点のティオラがため息をつく。


「ステータス上昇なんてしなくても、あたしら十分強いし。だいたい索敵とかいってさぁ、あんた後ろでブツブツ呟いてただけじゃん。サボってたんでしょ?」

「だってそれは、詠唱が必要だったから……」

「それよりあたし的にはさ、毎回クエストの成功報酬が等分なのが納得いかない。なんで一匹も倒してない奴にお金とかアイテム渡さなきゃいけないのよ」


 ティオラの言葉に、バルトが「だよなぁ」と鼻で笑って頷く。


「今日の宿代だって4人分とられたし、日々の飯代も4等分。討伐したモンスターの素材だって、1ダメージも与えてねえサボり魔がきっちり4分の1持っていきやがる」

「初めは大目に見ていたけどな、さすがに限界だ。おまえが付与魔術師にさえならなければ、俺達も被害を受けずに済んだのに」


「……転職のとき、好きな職を選べって言ったのは、プラノンじゃないか」

「まさかそんなハズレ職選ぶとは思わないだろ?

 おまえは昔っからそうだよなぁ。ガキの頃からずっと、弱虫のくせに空気読まねえでお節介ばっかだし。目障りなんだよ」


『昔っから』という言葉に、チェロスは反論しかけて、飲み込む。


 ――違う。プラノンも、バルトも、ティオラも、昔はみんなもっと優しかった。


 遊びに行くときはいつも4人で、山の中で勇者ごっことかして。

 泥だらけで帰って親に叱られても、みんなで笑い合ったりして。


 だけど大人になって、冒険者としてお金を稼ぐようになって、気づけばみんな変わってしまった。


 初めの頃はまだよかった。でも……ああ、そうだ。思えば数ヶ月くらい前からだったろうか。

 ティオラが報酬の分配に不平を言い出したのがきっかけだった。そこからプラノンやバルトまで同調して、徐々に3対1の構図が慢性化しはじめていた。


 おそらく、いつかはこうなる運命だったのだろう。

 それがたまたま今日だっただけで。


 ――でも、


「……や、くそく」

「あ?」

「約束、したじゃんかよ……! 子供の頃、何があってもずっと4人一緒だよって……。笑いながら、いつか4人で王都に行って、一番の冒険者になろうねって……約束したじゃんかよっ!!」


 チェロスの叫びに、スッと場が静まる。

 そして数秒後。


 ギャハハハ! と、下卑た笑い声が爆発した。


「おいおいおい、聞いたかよ今の!」

「『ややや約束、しししたじゃんかよ!』だってさ!」

「キャハハ似てるぅ! ただのガキじゃん、マジキッモ!」


 かつての仲間……いや、仲間と思い込んでいた3人から嘲笑され、チェロスは拳を震わせた。

 彼らの罵声を、ただ浴び続けることしかできない。


「なぁチェロス、冒険者やめたら大道芸人でも目指せよ! そのアホ面とキモい声なら絶対に売れるぜ! ギャハハ!」

「なんだよ……っ! 何なんだよおまえらっ! 僕が何をしたって言うんだよ!」


「“何なんだ”はこっちのセリフだよ」


 途端、ピタリと笑い声が止まった。

 バルトが、プラノンが、ティオラが、嗜虐と憎悪を込めた瞳でチェロスを睨む。


「『僕が何をした』だって? 何もしてねーから追放すんだよ、タダ飯喰らいが」

「邪魔だし、目障りだし。むしろ居るだけで害ってゆーか」

「おまえを歓迎する奴はもうここにはいねーんだよ。わかったらさっさと出てけ」


「…………わかったよ。出てきゃあいいんだろ出てきゃあ!」

「その通りだ。能なしチェロスにしちゃあ、いい判断じゃないか」


 ああそれと、とプラノンは見下すように笑って。


「本来ならおまえに恵んできた金もアイテムも全部返してもらう予定だったんだ。だが俺達は優しいからなぁ。特別に免除してやるよ。感謝するんだな」

「…………っ!」

「なぁ、てかこれで晴れて3人になったわけだしさぁ、新しくメンバー募集するなんてどうよ? 今度はきちんと役に立つやつをさ」

「そいつはいいな。弓使いなんてどうだ? 巨乳で美人なエルフとかだとなおよし」

「も~、それあたしの前で言う普通ぅ? まーでも、こんな冴えないザコ男よりはいいけど」


 すでにチェロスは眼中なしと、三人はゲラゲラ、次期メンバーについて話し出した。


 チェロスは、部屋を出るしかなかった。

 他に選択肢なんかない。踵を返して、扉を開け、廊下に出る。


 ――直前、立ち止まった。


「……みんなにとって、僕は邪魔者だったのかもしれない」


 その声は震えていた。

 うまく言葉を紡ぐことができない。

 だけど、これだけはどうしても、伝えたかった。


「でも……みんなと出会ってからの13年間……本当に楽しかっ――」

「ウゼぇ! さっさと行けやぁッ!!」


 バルトが立ち上がり、机の上のコップを扉に投げつけた。

 チェロスが出ていき、閉ざされた扉にコップがぶつかり、カシャンっ、と、砕けた。


 廊下を走る足音が、徐々に遠ざかっていく。







 ……………………。

 ………………。







 部屋の中に、静寂が訪れる。




「…………行った、か?」




 …………。

 誰も返事をしない。




「…………もう、行ったよな?」




 再び、静寂。




 ………………ぽたり、ぽたり。



 机に、水滴が落ちる。


 鼻をすすり、嗚咽を漏らす音が、部屋に響く。



「…………グスッ、ひぐっ」

「…………泣くな、ティオラ」

「……ぅう、えぐ……!」

「泣くんじゃねえよ……!」

「だって……だってぇ……!」


 一度堰を切った涙は、もう止まらない。

 ティオラだけでなく、彼女を宥めるプラノンの目からも、次々溢れてくる。


 頭ではわかっていた。いつか別れの時はくるんだって。

 でも……こんな結末は望んでなかった。


 ダンッ! と、壁を殴る音がした。

 バルトが拳を震わせて、声を絞りだす。


「…………他になかったのかよ」

「…………」

「あったはずだろっ! もっと他の方法が! なあプラノンっ!」

「……ねぇよ! 散々話し合ったじゃないか……! そして、出た結論がこれだ。これしか、方法はなかった……!」



 涙を拭って、今度は自分が吐いた嘘の数々に、プラノンは怒りを覚える。


 ――役立たずだって? 弱虫で空気の読めないお節介焼きだって?


 親友の前で、よくもそんな偽言が吐けたなぁクソ野郎が!!


 役立たずはどっちだ! チェロスの補助魔法がなけりゃ、今のおまえじゃワーウルフ一匹倒せねえくせによ!



 もうこのパーティはチェロス抜きでは成り立たない。

 それほどまで、3人は彼に頼り切ってしまっている。

 でも……いや、だからこそ、これ以上彼を束縛するわけには、いかなかった。



「アイツは……チェロスは、優しすぎるんだよ! 真実を話せば、アイツは絶対に出て行かない。それは俺達が一番よく知っているだろッ」



 数月ほど前から、パーティは存続の危機に陥っていた。


 プラノンは実家の教会の跡取りとして、神学の勉強に時間をとられるようになった。剣士としての鍛錬も、今はほとんどできていない。

 バルトは去年の末頃、魔物に父親を殺された。残された5人の兄妹を養うため、毎日農業と家事に追われている。

 ティオラは妹が病に倒れて以来、ほぼ付きっきりで看病している。様態が悪化する度、クエストを休む頻度も増えた。


 そんな事情をチェロスが知ったらどうか。

 間違いなくサポート役に回ろうとするだろう。「僕にできることなら何でも手伝うよ!」なんて笑いながら、助けが必要なとき、躊躇なくサッと手を差し伸べてくれるだろう。


 自分だって日々の勉強で忙しいくせに、苦悩なんて一切表に出すことなく。


 チェロスの母親は王族に仕える騎士団員で、プラノン達4人の中で最も王都への憧れが強かったのはチェロスだった。

 魔術師としての素質が開花してからは、誰よりも魔術の勉強に励んでいた。いつか憧れの母に追いつきたいと、今でも昼夜問わず魔術の鍛錬に明け暮れている。

 ……もしかしたら、王都で単身赴任中の母親と一緒に暮らしたい、という想いもあったのかもしれない。



 ある日、4人の都合がなかなか合わず、5日ほど冒険に出られないことがあった。

 その期間、各々が家庭事情などに奔走し、顔合わせすらロクにできなかった。

 そして5日後、疲労困憊の中4人が集まったとき。

 最も目の下の隈が濃く、最も笑いで疲労をごまかしていたのは、チェロスだった。


 このときから3人は誓った。

 どんな手段を使ってでも、彼を王都へ送り出そう、と。

 この努力は必ず報われなければならない、と。



「だけどッ!! こんなのって……こんな別れ方なんて、あるかよぉ……!」


 バルトの拳が、身体ごと力なく落ちていく。

 チーム一番のガタイを持つ大男の彼だが、今だけは弱々しく涙を流していた。


「約束、したじゃんかよ……」

「…………」

「いつか大人になって、冒険者になったら王都で活躍しようねって……。そのときは、絶対4人一緒だよって、約束――」

「わかってるよッ!」


 バルトの嘆きを、プラノンの叫声がかき消した。

 かき消さなければ、自分の心まで崩れてしまいそうだったから。


「でも、もうダメだ。アイツの才能を、努力を、夢を……俺達が潰しちゃいけねぇ! アイツに甘えてちゃいけねえんだ……!」



 チェロスのレベルは、とっくに3人を突き放している。

 プラノン達の実力はいまだ田舎町の弱小ギルドレベルなのに対し、チェロスの実力はすでに王都一の魔術師ギルドの水準に達している。今から試験を受ければ、王国創立以来、最年少でのギルド入団だって不可能じゃない。

 こんな辺鄙な田舎でくすぶらせるには、あまりに過ぎた逸材だ。



 だけど……3人が彼に抱く想いは、それだけじゃない。


 チェロスのほがらかな笑顔は、いつだって自分達を勇気づけてくれた。

 どんなに苦しいときだって、チェロスが心を支えてくれた。

 何より4人で笑いあった日常が――どんな時間よりも幸せだった。



「……ヤダよ、……行っちゃヤダよ、チェロスぅ……!」


 ティオラのかすれた声が、プラノンとバルトの心にも突き刺さる。

 想いは、みんな一緒だ。


 でも……もうおしまいなんだ。

 子供の頃夢見た日々は、壊れてしまった。


 ――――たった一人にすべてを託して。



 プラノンは立ち上がると、おもむろに両腕を広げた。

 そして誰もいない扉の向こうへ、届けとばかりに、声を張る。



「なあ、聞こえるかチェロス。俺の声が。

 大切な親友の門出を、祝うどころか突き放すことしかできなかったクズの声が!

 おまえは俺達なんかと違う。世界中の人から愛される英雄になれる!

 だからここにいるクズのことなんか忘れろ! 忘れちまえ!

 そして進め! 振り返るな! おまえが守るべき仲間なんか、ここには一人もいねえんだからなぁ!

 もう寄生虫は消えた! おまえの魔法はおまえの人生のために使え! 

 見せつけてやるんだ、王都の連中に! 子供の頃の夢を絶対に手放すな!

 そしたら俺は……俺達は……っ!」



 最後はもう耐えられなくなって。

 プラノンは嗚咽を漏らし、膝をつく。



「……今度こそ、陰からおまえを、祝福してやるから………………。

 ………………………………ごめん、な」



 廊下の向こうから返事は来ない。

 ただ涙声だけが、扉にぶつかり、溶けて消える。


 それからしばらく、部屋からすすり泣く声が止むことはなかった。













 ***



 部屋の中の会話を、チェロスは廊下で聞いていた。

 自分自身に隠密魔法をかけて、膝を抱え、扉に背を預けて。

 彼らの言葉を一言一句、心に刻んでいた。


「……忘れろなんて、ムリだよ……」


 ぽたり、ぽたりと、膝に水滴がしたたる。

 声を殺しても、殺しきれない。


「忘れられるわけ、ないじゃないか……!」


 プラノンの笑顔は、いつだって頼もしかった。

 バルトの笑顔は、疲れたときも元気にしてくれた。

 ティオラの笑顔は、暗い気持ちを明るく照らしてくれた。


 思い描く4人の記憶はいつも楽しくて、自分だって、何度も何度も支えられてきた。


 捨てられない。絶対に捨てたくない、仲間との思い出。


 でも、ここで部屋に戻ってしまえば、それこそ彼らの想いを無下にしてしまう。


 だから――行かなきゃ。


「ありがとう、…………さよなら」


 チェロスは静かに立ち上がり、歩き出す。

 振り返ったりはしない。

 代わりに、消え入るような声で、つぶやいた。




「――――みんな、大好きだよ」






 これは、のちに魔王の討伐・封印に成功し、有史以来最も偉大な功績を打ち立てたと讃えられる英雄達の一人。

 勇者パーティの大黒柱と称される大魔術師カルテット・チェロスの――旅立ちの物語である。


※諸事情により、本作への感想欄は現在閉鎖中です。

 これまで感想をくださった方々、本当にありがとうございました。

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