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「わたくしは反対です、会長ッ!」
魔道研究都市ナオスの生徒会室に怒声が響き渡る。
見事な銀色の長髪をなびかせ、一人の女性が発言した。
気高い顔立ちに、スレンダーで華奢だとは思わせない体つき。まばゆいほどの美しさを持つ彼女ではあるが、その瞳はめらめらと怒りを露わにしている。女性の名はマリア・ハンセン。戦場の側近部隊である【白薔薇の女神部隊】の隊長である。部隊に入るには神性の適合だけでなく、実力も無ければ入れない。その隊長である彼女は相当な実力者だ。
「わたくしは彼ら陽世鷲と槌納大地の入学のみは許可しますが、この大事な時期に一クラスを揺るがすような真似までもを許すのは断じて反対です!」
両の手を強く戦場の執務机に打ち付け、正面に腰掛ける男を睨みつける。
「確かにそれは正論だが、俺は彼らが面白いことを起こしてくれると期待しているのだがなぁ……」
空気を震わすほどの剣幕で迫られるが、男は悠々とした態度を崩そうとしない。
「戦場会長! まさか、またもや面白いからと言って彼らの愚行を許容しているのですか⁈」
「またもやも何も、俺は基本楽しいかそうでないかで行動するじゃないか。平常運転だよ?平常運転……」
「それが、一番の問題だといつも言っているじゃないですか⁈」
「どうどう。まあ落ち着けって。というかこれまで俺の判断で失敗に終わったことはそうそうないだろ?」
「失敗した事例に関してはかなり大きな惨事を起こしてきたじゃないですか!」
「むぅ、それを言われると弱いなあ……。だが、俺はあの二人は学院にとってかなりのスパイスだと感じているんだ。なあ、要よ?」
「今回の件に関しては、会長にしてはなかなかいい決断かと」
「してはとはなんだ? してはとは……」
戦場の傍らで、ピンと後ろ手に組み直立する青年が、戦場の応答に答える。
青年――戦場要は会長の戦場神一の親戚であり、秘書として会長に従っている。そんな彼の実力は言うまでもない。
「私は今回彼ら二人の一連の行動を監視していましたが、戦闘ポテンシャルだけでなく、観察力・洞察力の鋭さが会話の中に強く表れていました。また、思い切りの良さは会長にも匹敵するかと……」
要に説かれたマリアは、ぐぬぅ、と声を漏らし、
「だがしかし……」
「お? それじゃぁいつも通り賭けでもするか? 陽と槌納が勝って『Ω』をもぎとるか」
神一が言うと、マリアの眼が猛獣の様な鋭い光を帯びる。
「【白薔薇の女神部隊】の予算拡大と、会長による食費の負担を提言します」
「いや、要求内容が出るの早すぎやしないか? と言うか……俺の負担おかしいだろ⁈」
「賭けをするという言質はもう取りましたから。まさか、会長が逃げるなんて言いませんよねぇ?」
歪んだ笑顔で神一を睨みながらボイスレコーダーをチラつかせるマリア。
「お前絶対期待していただろ! まあでも、過ぎてしまったことは仕方ない。俺の要求はそうだな……。まあ、一ヶ月くらい俺のざつよ――」
「マリアさん。貴女の『Ω』への移籍と戦闘服の改変でどうでしょう?」
「いいでしょう」
要が神一の返答に割り込んで、要求を提案し、それをマリアが承認する。
「ねえ? 俺の意見は? てか、要お前……なんも代償払わないじゃんか?」
「あくまで私は、提案したに過ぎませんよ、会長。それを彼女が承認しただけです。それに、彼女の要求からすれば、これくらいでないとつり合いが取れないかと」
にっこりと笑い神一に返答する。
「まあ、確かにこれだったら『Ω』への更なるスパイスにもなるし、いいかもな」
そう要の提案に納得する。
(この二人バカだなー。どう考えても、転入生が勝つ見込みなんてあるわけないでしょ)
うししし、と内心笑うがそれを表情に出すまいと尽力するマリア。
「んじゃ確認な。俺の勝利条件は、陽・槌納が今回の決闘に全勝する事。それが出来なければ、マリア、お前の勝ちだ」
「了承しました。こちらの要求は、【白薔薇の女神部隊】の予算の拡大。加えて会長が一ヶ月我々の食費を賄うということで」
「あい分かった。こっちが勝った暁にはマリアの『Ω』への移籍。そして、戦闘服の改変。二つ目についてはまあおいおい連絡するわ」
二人が賭けの内容を確認し合う。
「賭けとは言え、会長が参加するのですから、誓約書が必要でしょう。あるとは思えませんが、万が一破棄なんて事が起これば、どちらかの信用が落ちますから」
要が二人の賭けを正式なものとして文書にすることを提案する。
「そうだな。それならそうしようか」
「わたくしも異論はありませんよ」
それでは、と要が言って羊皮紙に先ほどの賭けの内容を記入し、契約書を作る。
「ではお二方は、契約内容を確認し、良ければサインしてくださいね」
二人は確認しサインをする。
サインが終わったところで、
「それではわたくしはここで一度戻ることにしますね。お騒がせしましたー」
そう言ったマリアの足取りは軽く、見るだけで心が躍っていることが丸分かりだ。
(やったぁ☆ 今回の賭けはどう考えてもこっちの勝ち。転入生があの四人全てに勝つなんてあり得ないことですもの。これで、欲しかったあれやこれがゲットできます!)
るんるん、とスキップしながら姿が消えていく。
生徒会室に残された二人は
「お前は今回の賭けどう見る?」
「そうですね、二週間というのがまた絶妙かと。長そうに見えて、戦闘への準備としては実際短いもの。ですが、転入生が絶対に負けるという事は無さそうに思えます」
「同じだな。勝率は二割に届けばいい方だとは思うが、それでも負けると決まったわけじゃあない。寧ろ、ナオスに招待した身として応援するのが筋ってもんだろ」
「会長のおっしゃる通りです。彼らなら何か起こせると期待して招待したのですから」
「あー、二週間後が待ち遠しいなー」
腕を突き出して、伸びをする神一。
そして、要は終始ニコニコと笑顔を変えなかったが、その中には不気味な何かが見え隠れしていた。
陽・槌納のあずかり知らぬ所で、様々な思惑が交差する。
果たして誰が微笑むのか……。