6,7
冷たく澄み渡る月光が、深夜の校舎を照らす。
深夜零時。ナオスの学生にとって寝る時間としては、まだ早い。
研究や鍛練、講義の準備などとやることが山積みだからだ。
二人の生徒が方針を模索する中、同室の隅でそれを見守る影があった。
金色の髪に、均斉の取れた顔つき。透き通るような色白の肌。
薄暗い空間の為、シルエットとしては、美貌を備えた女性とまでしか認識できない。
二人の男は、相当修練を積んできている。
だが、その気配察知能力を以てしても、彼女には気づくことが出来ない。
二人は未だ魔術を利用したことないからだ。それでも、彼女の行使している魔術が、四代元素に基づくものであれば、二人は気づきようもあったが、どうやら別種のモノのようだ。
それはさておき、彼女は二人の会話を盗み聞きしているらしい。物音一つ立てず、二人の会話に耳を傾けると、突然、ある言葉に反応を見せる。
それを聞いた途端、彼女は、ニヤリ、と口角を上げる。
次に、手にしていた携帯端末に何やら書き込みをした。
書き込みが終わったのか、彼女は音も立てず部屋を出る。
二人は軽い喧騒を終え、別々の方法で夢の世界に入る。だが、終始もう一人の存在に気づくことはなかった。
7
「【神の信託を受けしもの】とはつまり、神々による選定が行われていた時代に、試練を超えたのではなく、知らぬ間に信託を受けていたとされる。そのために、【試練を超えしもの】とは違い、第二層に来た時点で前世記憶の解放がゼロと言うわけだ。自分が信託を認識してないのに、最初から前世記憶を覚えているわけがないということだな」
抑揚の効いた声と、チョークによる図解の音が淡々と響く。
戦場の講義室は、異常なサイズで、かなりの学生を収納できる大きさだが、それですら収まりきらない学生が講義室内にいる。彼の研究はかなり注目されているらしい。
その中の、最前列・ど真ん中の特等席に陽と槌納が収まって、講義を受けていた。
二人にとっては、初めての講義で、しかも大人気。内容自体は堅苦しいのだが、戦場の分かりやすくユーモアが効いた説明は誰をも楽しませる。
陽は講義だけではなく、戦場のその能力に関心を持っていた。
(――なるほど……指揮官として、軍隊に檄を飛ばすのにもこれが役立っているわけだ)
隣では、槌納も講義を聞いているのだが、首筋を擦ったり、微妙に筋を伸ばしたりなどと目立たないようにしているのだが、それが返ってうるさい。
ふと、こちらを――と言うより隣の槌納を――睨む紅い瞳に気が付いた。
陽紅玉だ。端から三番目の最前列でこちらを何度もチラチラと見ている。
タイミングを合わせ、陽が目を合わせると、紅玉はバツが悪いような態度をとり、戦場の方へと目を逸らす。
事態に関係ない陽は、今後が面白そうだと楽しみで胸を躍らせる。
と、講義だけでなく、それ以外の事も楽しんでいると突然、
「転入生の二人は何か質問はないか?」
流石に、動き過ぎて戦場の眼に止まってしまったのか、と内心焦るが、予め聞く予定だった質問の引き出しを利用することで事態に対処する。
「【神の信託を受けしもの】と【試練を超えしもの】の成り立ちに於ける違いは理解できたのだが、これが戦闘などに与える影響というのはあるのか?」
「いい所に目を付けたな」
質問の内容に満足した戦場は、少しだけ口角を上げそして、ガラガラ、と音を立て黒板を上からスライドさせ、別のまっさらな黒板に変える。
事態を何とか収めた陽は、ほっと息をつく。
「【神の信託を受けしもの】は神々から試練という壁を無くして認められた存在だ。その為、加護を受けている神との親和性が非常に高い。【神の信託を受けしもの】の何人かの学生に協力して貰ったところ、固有能力の発動に対し無駄がない為、平均して【試練を超えしもの】の最大出力が八割だとすると、九割以上は出せるようだ」
おお、と学生たちがどよめき始める。
「以前転入生が来る前に言ったはずなんだが……なぜどよめきがおこるんだ……?」
どよめいた学生は、ギクリ、として縮こまる。
「まあ、その時来ていなかった者もいたのだろう。まあ、それはさておき、【神の信託を受けしもの】の学生、さらに前世記憶の解放が殆どなされていない学生は、可能性の塊とも言える。十分に期待しているぞ」
と言うと、こちらの方を一瞥し、ニヤリ、としてきたので、二人は笑顔で反応する。
「かといって、前世記憶の解放は容易ではない。十分に解放出来ずに今に至っている者も多くいる。如何にして、神がその人間を選んだのか、というのが解放には不可欠だ。簡単に言うと、前世と似た体験をしろと言うわけだ。これは非常に難しい」
ふっ、と皮肉のように顔を歪める。
「追加の説明なんだが、【神の信託を受けしもの】には半神の加護を受けている者が多い。予測ではあるのだが、半神そのものが試練自体を知らず、いつの間にか認めていた存在に加護を与えたのだろうと推察している。だが、現在の我々の強さは、今どれだけ鍛練しているかが一番影響している。だからこそ、半神だからと言って、なめてかかるのはよくないことだ」
なぜか、こちらを見て喋っている気がする。
独自のルートで、昨日の情報を手に入れているからだろう。よく考えてみれば、対戦相手の加護は、半神と呼ばれるものが全てだった。だからこそ、戦場は注意を促しているに違いない。
その後、すぐに講義の終わりを示すベルがなり、
「ひとまず、今日はこれで終わりだ。団体戦闘も控えていることだし、鍛練に励んでくれ。活躍を期待しているよ」
いくつか気に留まる事が有ったが、二人は一先ず教室を出る事にした。
こうして、陽・槌納の記念すべき最初の受講は、二人にとって有意義な時間として終わった。
二人にとっての初講義である戦場の講義終了後、食堂へ向かう廊下。
ナオスの敷地は広大で、しかも、戦場の研究室含む『Α』の校舎は『Ω』の二倍近くの大きさを持っている。つまり、校舎を出るまでにも時間がかかる。
シンプルに言って、遠い。
食堂に行く前は空腹感がなくとも、着いた頃には腹の虫が鳴りやまないことはざらにある。
歩きで汗を掻いた槌納は、脱いだ上着を右手で持ち、肩にかける。
「しっかし、余りにもデカ過ぎやしないかぁ?」
「こればかりはなんともな……」
普段は、余り弱音を吐かない二人だが、空腹からついつい本音が出てしまう。
だが、悶々とした雰囲気を散らすため、頭を振った陽が言う。
「そんなことより、さっきの講義はかなり有意義だったな」
「全くだな。多分だけど、俺らが【神の信託を受けしもの】であろうが、【試練を超えしもの】であろうが、これは勝敗には深く関わらなそう……」
「それよか、【試練を超えしもの】だった方が不利な気がするな。現時点で勝機がない俺らが得意とするモノや技がバレるのはまずい。あと、今回の相手は全て個人に於いて何かしら結果を残している。数週間で会得できる程度の小手先の技に頼るより、今まで身に着けてきた体術や武術で戦うのが一番だと思うな」
こうして会話しているうちに、食堂のある『複合商業施設』まで二人は辿り着いた。
ナオスの学生たちは、この『複合商業施設』で日用品や、食品などを購入する。
ここの面白い所は、店舗の経営者が学生だという所だ。農耕神の加護を受けている者は自分の畑を持っているため、作物の販売と店の経営。鍛錬神の加護を持つものは、武器の販売など――それぞれが、得意分野の経営をしているため平均して品質がいい。
この様にして、研究費以外からもお金を稼ぐ方法があるというわけだ。
昼や夕方などは稼ぎ時であり、学生自ら出払って店を賑わせているので、客として来た学生だけでなく、店側も騒がしくなる。
それ故に、二人は様々な客引きを何度も断りながら進む羽目になってしまった。
食堂の扉がある一歩手前の交差点に差しかかったところ、
つんつん
突然、陽の脇腹がつつかれる。
それに陽・槌納の二人はものの数秒で臨戦態勢をとる。
(なんだ⁈ 今つつかれるまで、全く気配すら把握できなかった……?)
言うまでもないが、二人は相当な武術の心得を持ち合わせている。しかし、それですら反応できなかった相手。
二人が目にしたのは――!