3年戦争 漁村リヒハイト村での荷降ろしとたった一人の援軍 その11
ちょうどエリオス君が伯都アントウェルペンでグリーヴィス公爵軍と
激戦を繰り広げている頃、他の地域はまだ平和であった。
争いの前の静けさというか、運命を待っているかの様だった。
ここはアナトハイム伯爵領の漁村リヒハイト村と呼ばれている所である。
現在は北の貿易港の中心地として開発が続けられていて
立派な港を持つ町になりつつある。
魔王国のみならず各国の物資が荷揚げされて、賑わっている。
繊維の町キルテル村に引き続きアナトハイム伯爵領でも重要な拠点である
リヒハイト村は外国への出入り口であり、貿易の要でもある。
最後までグリーヴィス軍から守り抜かねばならぬ外への門なのであった。
そしてここを奪われない限り、アナトハイム伯爵家は如何に劣勢でも挽回の余地がある。
以前ここに要塞を築いたのは外敵から守る事と国内最期の拠点として防衛するためである。
こんな所に何故か魔王国のロザリーナお嬢様と護衛のヴェヌート少尉が来ていた。
エリオス君や伯爵様と離れて別行動である。
もっとも護衛として執事さんとメイドさん他ももちろんいるのであるが。
「妾の頼んだ物資がようやく届いたかの?
娘と同盟国の一大事であるのに魔王陛下もケチケチせず送ってほしいものじゃ」
「姫様。
なんで僕までここにいるのですか?
さてはこのまま船で魔王国に帰還させて頂けるのかと」
「汝は荷物運び係じゃ。ヴェヌート少尉。
しっかり働くが良いぞ」
「・・・とほほ」
そう言ってロザリーナお嬢様とヴェヌート少尉は魔王国から来た船に近づく。
二人の良く知った顔が船から出てきた。
そう魔王国海軍のアルベルト大佐であった。
「元気そうだな。ロザリーナ、ヴェヌート少尉」
「兄上も久しぶりである」
「無事で何よりだ。そして皆のものも元気そうで良かった」
「妾は強いからこんな野蛮な国でもへっちゃらじゃ」
「色々と逞しい妹に育ってしまったものだ」
残念そうな顔で嬉しそうに答えるアルベルト大佐。
妹がまさか蛮族の中の蛮族とは幸運にもこの時点では気づく事はなかった。
「この国も戦争ばかりだな」
「戦争に次ぐ内戦。この国は野蛮である。
まあ半分は南の異教徒共のせいでもあるがの」
「奴らの内政干渉の仕業と?」
「可能性はゼロでは無いというレベルじゃがの兄上。妾の憶測じゃ」
妹の謎の直感に首をかしげるアルベルト大佐であったが、
挨拶はほどほどにして本来の目的を伝える事にした。
「荷物はあんなモノで良かったのか?」
「エリオスの希望じゃ。
あ奴は特に非常に物好きであるからの」
「・・・この国の文明度ならそれもありか」
「後、兄上。
例の秘蔵品は持ってきてくれたかの?」
「そちらは軍事機密で大反対があったが、魔王陛下の
実戦を経験させる、という発言で特別に許可された。
しっかりとデータを取ってくれ」
「妾にしかと任せよ兄上」
そう言って依頼の荷物を確認するロザリーナお嬢様。
この荷物にはエリオス君と伯爵様の運命が掛かっていた。
もっとも、ロザリーナお嬢様のおねだりで想像以上のオマケも付いてきた訳だが。
「そうそう。もう一人大切なお届け物だ」
「そちらも待っておった。
戦力は期待しておらぬが、民衆を動かせるかは本人次第じゃの。
実に弱いからの」
「余計なお世話よ。
このバーバリアンお姫様」
「・・・汝は一度、鏡を見て自分を振り返るがよいぞ。
エリカよ。しかし本当に帰国して良かったのかの?」
「この戦争の原因の殆どが私のせいよ。
実際エリオス君は私の為に命をかけて戦っているわ。
黙って魔王国に逃げている訳にはいかないのよ。
最前線よ」
久しぶりにエリカお嬢様に再開するロザリーナお嬢様。
当然、魔王国に逃亡する手続きも魔王国から急遽帰国した手続きも
本人の意向を考慮した上でのロザリーナお嬢様の仕業である。
「ほほう。
安全なグリーヴィス公爵領から出て来ぬあの腰抜け虐殺公爵に
聞かせてやりたい言葉じゃの」
「最高指揮官が必ず最前線に出てくるとは限らないわ」
「あのボンボンの腰抜け公爵には、妾とエリオスを侮辱した報復せねばならぬからな。
魔王国であれば手袋を叩きつけて決闘して討ち果たしてやりたい所じゃ」
「・・・一応言いますけど、グリーヴィス公爵家は
貴方と魔王国を決して侮辱した訳でもないし、報復される覚えはありませんわよ」
ロザリーナお嬢様の暴言にちょっと引き気味のエリカお嬢様が答える。
エリカお嬢様は知らないが、ロザリーナお嬢様は過去の事を忘れていない。
その個人的な報復がグリーヴィス公爵家に向けられない事を祈るばかりであった。
そうしてエリカお嬢様の配下の数人がやってくる。
この人たちはエリカお嬢様の小さい頃からのお付きの友でもあった。
「エリカ姫様。よくぞご無事で」
「私はこの国に帰ってきたわ。
自分の運命を決めるために」
「エリカ姫様が安全な所に避難するのは、
実は我らの願い」
「もう手遅れだわ。
さあ国中に通達を出しなさい。
挙兵するわよ。
集え我がグリーヴィスの民。
そして迫害されている新教徒に伝えなさい。
グリーヴィス公爵家は、私は絶対にあなた達を迫害しない。
運命はここで変えよ。
我と共に兄上と旧教徒の過ちを正すのです、と」
エリカお嬢様はそう宣言する。
これはグリーヴィス公爵家の分裂と内戦を意味する。
それにためらいはないという事であった。
しかし状況は圧倒的に不利である。たった一人からの反逆であった。
これは後に新教徒グリーヴィス卿と旧教徒グリーヴィス卿の戦いと呼ばれる事となる。
そしてこの国の最期で最大の宗教戦争となるのであった。
「くっくっく。
エリカよ。その一言に惚れたわ。
新教徒の妾も陰ながら付き合うぞよ。
共にゆこうぞ、この命にかけて」
エリカお嬢様に最初の援軍が加わった。
この一言で世界がまた一つ変わったのであった。