砂糖工場の閉鎖
砂糖工場が閉鎖されたと噂を聞いて、急いで現地に向かうエリオス君と伯爵様。
そこにはグリーヴィス公爵家のウイリアム・マーシャルさんがいた。
工場を閉鎖しているのはウイリアム・マーシャルさんの指示だろうか。
「マーシャルさん。
何があったのですか?」
「エリオス殿、伯爵様。
実は公爵様の命令でこの工場を一旦閉鎖しろと。
詳しいことはまだ聞いておりませぬが」
「・・・資本封じに来たか」
戸惑うウィリアム・マーシャルさんを横目に
先手を取られた形になったエリオス君が顔を歪める。
砂糖工場を建設する際のグリーヴィス公爵の資本比率は低いが、エリカお嬢様のお金を
グリーヴィス公爵家が貸し与えている以上はややこしい事になる。
「元々、この砂糖工場はグリーヴィス公爵様とエリカ姫様の
資本で作った工場である。
そしてグリーヴィス公爵様がエリカ姫様に貸しているお金でもある。
エリカ姫様不在なので公爵家として接収させて頂く事になったらしい」
「資本は間違っていませんが、僕とリリアンヌ教授も工場建設の資本を出しています。
完全なグリーヴィス公爵家の所有物ではありません」
「それはそうだが・・・」
「内政官殿。
過去に背景は聞いておるが、もう一度余に教えてくれぬか?」
「実は・・・」
エリオス君は過去の背景を伯爵様に説明する。
工場の資本を分割して投資し、事実上の名義をエリカお嬢様にしてある。
いざという時のために。
しかし借りた資本金を返済するまではまだエリカお嬢様の会社とは言えない。
「つまり本来はエリカ殿が一番権限を持つ会社という事か」
「ご指摘どおりでございます」
「つまり閉鎖されると砂糖が手にはらなくなるという事か。それは困る。
工場など余が買収しても良いんだがな」
「相手に工場を売る気が無いので、今はできません」
伯爵様の困りごとは砂糖が工場から入手できなくなる事なのだ。
エリオス君の説明にご立腹な伯爵様。
砂糖工場の恩恵を受けていたのはグリーヴィス公爵家だけではない。
雇用と税金、そして何より甘みを購入していたのはアナトハイム伯爵家も同じである。
「砂糖が入手できなくなるのは大変苦しい」
「最悪我らで新しく砂糖工場を建設し直すという手もありますが」
「すぐには出来ぬであろう?
砂糖が手に入らなくなると、貴族や国民が怒る」
「確かにご指摘通りではあります」
「もう砂糖工場は余も含め無くてはならぬものなのだ。
雇用、税収、甘み。余は我慢できぬ」
すっかり砂糖の魔力に落ちてしまった感じのある伯爵様。
分からなくもない。
輸入すれば金と同じ価値のある砂糖を自国領内で安価に入手出来るのだ。
それは色々な食べ物に使ってしまうであろう。
そして将来は輸出も考えていた。
産業としても大きな夢を抱えていた。
しかし新しいグリーヴィス公爵様の独断で一方的に潰されてしまう。
この砂糖の製造技術は可能な限り極秘である。
原材料のビートは寒冷地も含め各国で生産できるのだ。
しかしこの複雑な製造方法がキーとなる。
「ウイリアム殿。何とか砂糖を入手出来る様には出来ぬか?」
「グリーヴィス公爵様のご指示なので私の一存ではとても」
「くっ。あの若造が」
「お世話になっております伯爵様の発言。今は聞かなかった事にしましょう」
「・・・」
目をつぶり怒りをこらえる伯爵様。
当然、国内最大の貴族に抗議することも容易ではない。
感情は押し殺したとしても心の中は怒りを感じてしまっている。
それが長期間続くと分かるととなおさらである。
「内政官殿。何とかならぬか?」
「申し訳ございません。
どうしてもであれば、我らの資本だけで新しく工場を立て直すしかありませぬ。
最低1年以上は頂けないでしょうか?」
「・・・無理を言ってすまぬな。
余は決して今回の事件を認めぬぞ」
珍しく怒りに満ちた伯爵様であった。
砂糖の味を覚えてしまうと、簡単には戻れないのだろう。
こうしてエリカお嬢様の逃亡は様々な所に大きく波及していくことになった。
この事件以降、伯爵様と各貴族諸侯による強い敵愾心が
グリーヴィス公爵家に対して生まれてしまったが
新しいグリーヴィス公爵様にはそれに気づく事は出来なかったのであった。