高炉建築 初期評価、不良品発生。原因不明 その7
点火してから数週間。ゆっくりと温度が上がり続けて、
耐火レンガの外側も放熱で熱くなってくる。
熱放射の関係でどうしてもエネルギーロスが排熱としてレンガから放射される。
それをおおよその目安として内部の様子を予想するしかない。精度は全く無い。
もちろん触ったら場所によっては火傷をするかもしれないので注意である。
銑鉄が湯口から溶けて流れてくる様になったが、どうも色が悪い様に見えた。
テストピースを作るための鋳型となる容器に溶けた銑鉄を流し込む。
出来栄えを検証して、製品として使用できるレベルかどうかを観察するのだ。
そのまま不良がある状態で連続操業してももろくなり全く売り物にならない。
鋳型に流し込んだ銑鉄が冷えて固まったら、
取り出して外観をしっかりチェックする。
主に肌面の荒れ具合と外観の色、ヒビやクラック、巣やピンホールの有無などである。
そしてテストピースを割って内部をしっかり見てみる。
元素分析とかけい光浸透剤とかは無いので目視しかない。
しかしどう見ても破断面色が黒っぽい。
「エリオスさん。出来栄えはどうですか」
「・・・黒っぽいですね。
炭素量が多いかもしれません。
原因はまだ分かりませんが・・・」
「あっ。
中に巣がありますね」
「これでは使い物になりません。
操業条件を変えるしかないですか・・・
テストピースの分析をお願いします」
「承知しました。エリオスさん」
破壊検査で不具合を発見したら、
テストピースを作成して分析して調べるしかない。
硬さ試験と曲げ強さ試験を行う。
曲げ強さ試験とは丸棒を作り治具で固定して、その中央に真上から折れるまで荷重をかけて
その曲げに対する強さを測定する試験である。
原始的なやり方であるが、重りを付けて少しづつ増やしながら荷重を測定する。
「うーん。どうなんだろうか。
やっぱり強度が低いから直ぐ折れるな。
温度が低いのか、不純物が多いのか。
しかし同じ原料を使っている研究所の小型試験機ではそんなに不純物が出ていないから
原料起因はそんなに考えにくいし」
「・・・そうですか。エリオスさんでも分かりませんか」
「もう少し調べてみましょう」
不審に思いつつもエリオス君は分析結果をチェックする。
元素分析が出来ないので、あとは想像するしかないのが辛いこの時代。
以前作成したFMEAとチェックリストを見ながらなぜなぜで思考する。
何か見落としていないだろうか?
ラボレベルと実機検証で何が違うのだろうか?
完成検査で落ち度は無かったように思える。
「エリオスさん。お手伝いに来ました」
「エリノールお嬢様。
お店の方は大丈夫ですか?」
「従業員の皆さんにお願いして任せてあります。
大丈夫です。
それよりこちらはどうですか?」
「うーん。なかなか難しいです」
「そういう時はお姉さんに相談してくださいね」
教授の娘さんで大学生のエリノールお嬢様にも手伝ってもらう。
設備や製品の立ち上げする時は技術者の手は少しでも借りたい状態である。
当然トラブル多発は当たり前なのだ。
原因が解消されるまではずっと原料とお金を捨て続けている訳なので
速やかに解消して量産につなげたい所だ。
「アンタもそんなに悩むのね」
「ニーナさんはどう思いますか?
「アンタに分からない事がアタシに分かるわけないじゃない。
設備が違うんだから、同じにはならないでしょ?」
「まあそれを言い出したら、設備も場所も作業者も違うわけだから
当然製造条件も知らないうちに変わっている事になるんだけど」
「違う所を一つ一つ調べ直すしか無いわけね。
しかしもったいないわね。この溶けた鉄。
使えるの?」
「混ざりものが多すぎて大砲とか刃物には無理ですね。
捨てるのももったいないので、
割れない事を祈って鍋やフライパンの鋳物にしますか・・・
フォークやスプーンなら割れても・・・
しくしく」
「不良品で作ったものなんて使っている最中に割れそうで怖いわね。売り物には出来ないわ」
ニーナさんの厳しいツッコミを受けて二重のショックを受けるエリオス君。
変に不良品で商売して二次災害が出たら目も当てられない。
やはり不良品は不良品なのだ。
そんなものでトラブルを起こしたら何をしているか分からなくなる。
「・・・製造条件ね。
例えばどういう条件があるんですか?」
「エリノールお嬢様。
温度とか不純物とか水車から送り込む空気量とかですが」
「記録はあるんですか?」
「原料を使った時の記録や操業の日報は残してあります」
「・・・ちょっと調べてみましょう。エリオスさん」
「何か気になる所がありましたか?」
記録をじっくり読みながら考え込むエリノールお嬢様。
こういう製造業の視点は経験値とデータによる所が多いが、新規品や試験設備では
原因を特定する事が非常に難しい場合が結構ある。
そういう場合、複数の視点で見ると意外と意識が原因に向いていなかったり
見落としたりしている所に気がついたりするので、
一人で考え込まずに、複数人もしくは他部門に協力してもらう必要がある。
その為には日々の人脈構成と色々な人達との対話が鍵となってくる。