トーマスさんと今後の食糧事情
無事王都に戻ってから、冒険者のエレナさんと分かれて
まずは商業ギルドに向かう。
「こんにちは。お姉さん」
「あら坊や。無事帰ってきたのね。
ギルド長のテオドールさんは今日はいないよ」
「急なご訪問だったので申し訳ありません。
お父様から手紙を頂いたのでお渡し願えませんでしょうか」
「承知しました。
お渡ししておきます」
「ありがとうございます」
今日はテオドールさんは不在らしい。
手紙はちゃんと渡しておく。
何が書いてあるんだろう・・・
「おう、坊主。戻ってきたか」
トーマスさんである。
「こんにちは、トーマス様。
ご機嫌はいかがでしょうか」
「機嫌は良いぞ。
ちょうどこれから昼メシだ。
おごってあげるから一緒に来い。
そこのお姉さんもどうだ」
「私は仕事がありますのでご遠慮させて頂きます」
額にビシっと怒りマークを付けたお姉さんが
丁重に返信する。
見事に撃墜されたな。
「まあ良い。奥の部屋で一緒に食べよう」
「はい、ありがとうございます」
外食じゃないのか。
奥の貴賓室の一つに呼ばれて行く。
「今日は商業ギルドまで持ってきてもらう様に頼んである。
遠慮なく、食べてくれ」
「ありがとうございます」
テーブルにランチが並べられる。
お茶に白パンやサラダ、肉料理にデザートまで。
これ到底庶民が食べられるメニューではない。
驚いてトーマスさんの表情を観察するが心の中までは読めない。
「今日はこんな物しかないが遠慮はしないでくれ」
「・・・はあ。頂きます」
トーマスさんはどういう人だろうか。
後で質問しよう。
「所で坊主、例の飛び杼という奴はどうなった」
「物自体は良かったのですが、急速な効率化に糸の生産が追いつかず
原材料不足で操業停止状態でした。
糸の価格が高騰しているそうです」
「そうか、思ったようにはいかないな。
残念だな」
「まあ価格が上がれば商売の種。皆で糸車を引っ張り出して
糸の生産を始めるでしょう。
キルテル村でも糸車の増設と増産が進められていました」
「なるほど、それは楽しみだな。
王都にいるとそういう現地の生の情報がわからない」
「今度は綿花や麻、羊毛が不足してくるでしょう。
今は輸入に頼るしかありません。
恐らく富農や領主が農地を牧場にして羊を飼い始めるはずです。
そうすると食料不足になって餓死者が想定されます」
「・・・それはマズイな。
対策はあるのか?」
産業の変動時には良くある傾向。
より儲かる産業に生産をシフトしてしまうのだ。
その結果として食糧不足が発生する。
時系列は産業革命より遥かに前だが
これはイギリスなどで第一次囲い込みと言って
15世紀末から17世紀に実際起こった現象である。
結果として失業者が増加して都市に労働者が集まり第2次産業が成長した。
これは歴史の教科書にも書かれてる重大なイベント。
トマス・モアの名著ユートピアで
「羊はおとなしい動物だが人間を食べつくしてしまう」が有名。
「他国も食料生産が多くないので輸入には限界があります。
放置すると飢えて多数の死者が出ます。
基本ですが、土地の開墾と沼地の干拓、道路整備でしょうね。
あとは輪作なども重要です。
しかしこれは個人では限界があります。政府の関与が必要です。
私は伯爵様に提案してみようと思っております」
「・・・」
「大規模な食料生産には資本が必要なので富農が増えて
個人農業が衰退し貧民が増えるでしょう。
この国の土地は農業生産に適していません。
寒冷な地方や山岳部が多いのです。
輪作に適した救荒食物がどのくらいあるのか。
それでも将来は国家のトータルとして生産、税収が大幅に増えるとは思いますが」
江戸時代の場合はさつまいもなどを植えてカロリーを
確保する工夫をおこなった訳だが適したものがあるだろうか。
青木昆陽先生を誰か異世界に連れてきてくれ、なんて。
続けて、
「この国には幸い、大学に農学部があります。
陛下の先見の明です。
教授に救荒食物を調査してもらい農村に普及させるしかないでしょう。
後は外国の農作物を分析して、救荒食物を調達しましょう」
「それは重要だな。
俺も相談してみよう」
トーマスさんが返事する。
ついでにこれも聞いてみる。
「所でトーマス様は、本業は何でどの様な家系の方でしょうか?」
何故か商業ギルドにいるトーマスさん。
色々と質問に返答します。
中世から近世にかけて食料問題がヨーロッパでも重要な問題になります。
もちろん、日本でも飢饉が勃発して苦労した時期です。
裏側にはこういう背景がありました。




