受け入れ検査と検査記録など
受け入れ検査の話をお父様にするエリオス君。
しかし当然の話であるが、お父様に伝わっていない。
突然、息子が変な事を言い出すが慣れているのか、
いつもの話なのかため息をついて言う。
「まあ、それは良いとして今日は店を閉める時間だからもう休もう。
あとエリオス。その、受け入れ検査ってどういう意味なんだ?
分かるように説明してくれるとありがたい」
と、逆にお父様が尋ねてくる。
うーん、と首をかしげて考えるエリオス君。
心の中でどうしたものか、と。
まあそりゃそうだろう。
いきなりそんな事を10歳の子供に言われてもピンとは来る事はない。
「受け入れ検査とは物、特に購入品を受け入れる時に、
良いか悪いかチェックして判断する方法です。お父様。
不良品がお客様の手に渡れば、苦情が来ます。
主に最後に売った人、つまり店舗に。当然でしょう。
そこで、お客様の手の中に入る前に取り除く必要があります。
販売する前に良品と不良品を判断して入荷時点で突っ返します」
「つまり目利きみたいなものか。
職人や芸術品などを見極める技というのに近いか。
良し悪しだけであれば、普通に判断出来るものも中にはあるだろうが」
このお父様なかなか鋭い。
言葉の解釈には色々と判断する所が必要になるが、
目利きと来たか。
確かに目利きと言われると分かりやすい。
現代社会では目利きという言葉は芸術品にしか使われなくなって久しい。
まさにこの世界は職人技の極地。
しかし、職人技というのは現代のサラリーマンである僕には、もはや時代遅れ。
一部の優秀な職人でないと物が作れないのでは、製造業は頼ってはいけないのである。
誰でも、どんな人でも同じ製品が均一に作れる。
そして交替勤務で24時間フル稼働させて良品がいつでも作れる。
そういう大量生産のものづくりで、一部の能力の高い職人だけしか
生産できないものづくりなど害悪でしかない。
その人が辞めたら、製品そのものが生産できなくなるのである。
それはリスク以外何物でもない。
同一の理由で魔法を使ってものづくりを考える事の不可能さを
エリオス君は前々から理解していた。
この社会には魔法がある。しかし大きな制限がある。
またごく限られた高等教育を受け、さらに才能のある人材にしか使えない。
まさに貴族だけである。
ごく限られた貴族を用いて生産に従事させる事は、
上の大量生産の原則に反する。
また現代知識により、科学技術だけで目的を達成できるのを知っている。
職人からエンジニアへ。そしてカンコツ経験から品質管理へ。
常に良品だけ入荷して、ばらつきが出ない工程。
誰でも、いつでも、どんな時でも24時間操業が当たり前の課題である。
「目利きと違うのは、良品と不良品を検査手法で識別して、不良品を除去すること。
管理項目を決めて文書に残して検査記録を残すこと。
誰でも受け入れ検査を出来る様にするという事と、
顧客クレームが起きた時に製造履歴を追跡できる様にするためです。
つまり合格品しか受け入れしない、そして不適合が出ればロット単位で追跡出来る。
理想をいうと検査成績書があると良いんですけど、今はそこまでは」
受け入れ検査の概念をエリオス君がざっくり説明する。
検査で弾いてしまえば、最悪お客様に不良品は納入されない考えだ。
だから最終的には受け入れ検査を行い、不良品を除去する。
究極的にはサプライヤーの側で検査して不良品をゼロにする。
クレームなんてどこでも基本は同じだろう。
それを防止するための品質管理と品質保証。エリオス君の得意分野だ。
しかし、お客様に悪い噂を流されても困るし商売の迷惑である。
クレームなんて無いに限る。売上に直結する。
信頼される商売が第一。
「両替商みたいにきちっと測るって事か。
貨幣も混ざり物があると大分価値が変わってしまうからな」
両替商に例えられるのは、この時代の特徴であろう。
確かに、貨幣の金銀比率を調整されると価値が落ちる。
実際に江戸幕府では元禄時代の貨幣改鋳を行って金銀の比率を変えたので、
貨幣の価値が下がって民衆と貿易相手は非常に怒ったそうな。中国とか。
重量や硬さなどで見抜くのはセンスがいる。
成分分析とか破壊検査とか出来ない時代である。
そこは両替商の技であった。
検査技術は非常に高度な技術であるので、
検査技術の向上はこれから長年の課題になる。
「検査項目を増やすとお互いにコストがかかって大変なので、
最低限の項目に絞り込むのがあるべき姿なんです。
過去のクレーム項目に従って、お客様に問題を出さない程度にするのが良いかと」
「それなら覚えているよ。なんたって対応が非常に大変だったからな。
例えば、ナイフなら「外観、割れ、欠け、クラック、大きな傷無き事」かなぁ。
外観が一番手っ取り早いかもな。分かりやすいし。
切れ味に対しては砥石も用意するかな。それも一緒に買ってもらおう。
なら今度、納入先に相談してみよう」
本来であれば、寸法とか材料特性値とかデータが欲しいものである。
検査成績書があれば、現物を実測するより
成績書のデータから管理検査に回す事が出来るので、楽になるはずである。
しかし図面も仕様も無いので、それは別の話で取っておこう。
まずはクレームをなくす事が最優先である。
そしてクレームを理由に新しい商売の種を用意するなどを。
流石お父様である。
「みんなー。晩ごはんにしましょう」
お母様から呼び声がかかる。
晩ごはんの時間である。
「はーい」
「待っていました」
親子そろって欠食児童である。
今日も一日お疲れ様。
そして、後日また別の問題が浮かび上がってくるのである。
実際この時代は安定供給などまだまだ夢の話である。
将来に対して大きな品質問題として禍根を残す課題となった。
さて今回は苦情の対策から、商品と検査に関して。
商店の購入品の関係からの品質管理の話が先になります。
この問題は実はもう少し違う形で続きます。
そしてまだ、製造業には入れていませんがキーになります。