エリカお嬢様と砂糖工場の立ち上げ⑬ 新工場のレイアウトと人員数構想設計
立地を決めたら設備と人員を考える。
まずは設備。ビートを洗い切断、茹でて糖分を析出させる窯、覆土法を行うルツボ
などなどを抽出して必要な設備と治工具などをリストアップする。
次に決められた生産量を満たすための各工程のそれぞれの台数を抽出。
他には本来であれば交代制で1日12時間労働で土日24時間稼働するための人員。
そういう工場が成立する為の必要条件をリストアップする必要がある。
「エリカお嬢様。ご相談があります」
「今度は何よ。また」
「今、必要な設備の台数を試算していますが、
2つのケースを想定しました。
1つ目は早朝夜明けから暗くなる前、夕方までの12時間労働。
メリットは昼間人員を集めやすい事と照明いわゆる蝋燭代がかからない事。
デメリットは同じ生産量でも設備が2〜3倍必要で投資回収年数が長い。
2つ目は24時間交替勤務で稼働。
メリットは設備台数が少ない事、設備の投資回収期間が短くなる事。
デメリットは人員を集めにくいのと、照明代が高いこと」
「そうね・・・」
現代であれば、3班2交代か4班3交代は一般的で、
24時間365日の土日含めて稼働するのが普通である。
限られた設備や土地を有効活用する為である。
しかしそれは夜間も明るい場合だけであった。
光源として蝋燭や暖炉などで光を供給しなくてはならない。
燃料代がとても高価になる。
つまり近世では夜間労働は燃料代が高すぎて難しかった。
夜は働かずに寝て、早朝起きて仕事するスタイルが基本。
早朝に農業の準備をしてその後に副業をするスタイルである。
明るさは無料ではなく、貴重な労働可能時間である。
何しろ、暗いと作業が出来ない。
高価な蝋燭や暖炉で寛ぐ程度の距離と明るさの範囲が夜に出来る事である。
「蝋燭は高いじゃないの。暗いし。
お金が安い方よ」
「なら設備を増やしましょう。
出来るだけ広い土地を入手して対応します」
「・・・魔王国には確か」
「魔王国にはガス灯がありました。
アレも暗くて硫黄の臭いがしますが」
「ガス灯は確かに便利だわね。
光はそんなに明るくは無かったけど、無いのとあるのでは全然違うわ」
「夜間作業するには安価な光源が必要です」
実際に夜間労働が工場で始まるのは安価な照明、
つまりガス灯が普及してからである。
石炭から回収してリサイクルする安価な可燃性ガスが普及してからだった。
実に近代の話である。
「設備はどうするのよ」
「簡単な算数です。計算してみましょう。
ビート一つあたり500gと想定します。
想定される月産の30tonから割り算します。
大体60千個ですよね。
30日で割ると1日あたり2千個必要です」
「げ。そんなにいるのね」
「1日で2千個を洗って切断するのに、
慣れた作業者なら1個3分くらい掛かるとします。
6000分なので100時間強です。
単純計算であれば9人工数があれば間に合います」
「意外と少人数なのね」
「前後工程への運搬や段取りを入れると人必要です。
そうですね、価値稼働時間いわゆる設備総合効率を
ひとまず70%で仮置きしておきます。
残りの30%は恐らく生産に寄与出来ない時間のはずです。
という事で12人で1班、2班で交代して24人前後は必要です。
こんな感じで各工程の設備と人員を計算していきます」
「何それ?
価値稼働時間?設備総合効率って?」
「細かい話は別の機会で説明します」
「ふーん」
ざっくりと必要工数と人員数をそれぞれ試算する。
重要なのは一個あたりの作業時間である。
この前提が狂うと大変な目にあう。
本来しっかりストップウォッチなどで測定したいものである。
こうして茹でる窯の数、覆土法で使うルツボの数、再結晶させる鍋、
などなど必要な設備台数と人員数を算出するのである。
しかしその時間をフルに生産させる事は段取りや故障、不良などで出来ないので
実際に生産に寄与出来る時間として価値稼働時間を置いて設計するのが普通である。
価値稼働時間を考慮した人員数と設備台数を考慮しなくてはならない。
「・・・という事で早朝から日没後までの12時間労働勤務になります。
当面2班2交代制で3勤3給の土日含め30日間稼働を目指して人員を増やします」
「えっ?どういう事よ。もっとちゃんと説明して」
「つまり朝5時出勤、夕方17時までで、休みを2交代で土日も稼働させます。
設備は日中だけフル稼働する計算です」
「休みが多いのね。お給料少ないって従業員から苦情が出ない?」
「農業や家業に影響が出ない人から、シフトを調整して勤務時間を増やしてもらいます。
人員が不足するのは目に見えていますので、工程や出勤日を入れ替えます。
将来的にガス灯を導入出来れば夜勤ふくめ3班2交代制にして、
12時間20日交代にします。それが一般的な限界でしょう」
「・・・なるほどね。人数が足りるまでは
シフトを交互にいれかえて休憩させる訳ね」
「最初は人数が少ないはずなので、1班の全員を休ませる事にしないで、
一人づつ交代で休ませるしかなさそうです」
人員数をある程度絞り込む。
最初は100人規模を雇用して徐々に人数を増やす見込みである。
最終的に第1工場は500人規模で設計し、隣に増設する敷地を確保する。
ほぼ人海戦術になるであろう。
その頃にはかなり収益を確保出来るようになっていなければならない。
「サクセスストーリーだけどおおよその数は算出出来たわね。
最後に設備を置く場所ね」
「おおよそのサイズを指定して、当てはめていきます。
当然通路と置き場も必要です。
これを小さく見積もると大変な事になるので、
将来の拡張を見込んで数倍のスペースを確保しておきます」
「凄い面積になるわよ」
「最初の建屋は小さくしても良さそうですね。
将来の移転も視野にいれておきます」
「・・・そんなにサクサク計算できるのね」
「経験です」
エリオス君は紙を机の上に広げ、そこに設備面積や作業台のスペースを
四角で書いて仮置きする。試算した台数を通路を開けて碁盤の様に並べて書き込んでいく。
入口から次工程へと隣接させて、製品の導線を紙に書き込んでいく。
そして建屋に必要な柱を数メートル間隔で追加して、その柱には設備や通路が干渉しない様にする。
そうやって工場のレイアウトをどんどん書き込んでいき、最終的に
工場の最外形を確定させて必要な面積を確定させる。
日本の場合、普通は購入する土地の面積に限りがあるので、
面積が先に決まってしまうのであるが土地に余裕のある場合はそれに限らない。
他にも一般的には購入する土地や設備台数は予算、つまり支払うお金に限りがあるので
予算によって前提条件が既に決まってしまうケースも少なくない。
そして不幸な事に投資費用が当初の推定より膨れ上がり、
予算不足で本来必要な物が買えなくなってしまうというケースも良くある話である。
「工場のレイアウト案はこんな感じでしょうか?
エリカお嬢様」
「あまりの鮮やかな手法に驚くわね。どこで学んだの?」
「昔の仕事の経験です。
これはまだまだお絵描き、塗り絵の状態です。
実際に作業して頂く人たちにも見て頂いてアドバイスをもらいましょう」
「よーし、なら全員集まって。
知恵だしをするわよ」
最終的には作業者がやりやすい、レイアウトをどんどん書き込んでもらう。
製造の意見をいれないと実際には通行できない、修理する為のスペースが無い、
隣の設備と干渉したり、製品や治具を仮置きするスペースが無い、
など作業出来ない工場になってしまうのは珍しくない。
そういうのが積み重なると、事故がおこったりするので失敗工場である。
MP情報をしっかり整理してまとめ、対策を事前に行うのは重要である。
そしてそれを進化させて最終的にFMEAを完成させるのだ。