店舗リバティー・マーケットにて、聖書の売れ行きの結果
前の大学祭で、神学部のウィリエルさんが投げた討論の矢は
当初、教会や教皇そして国王には無視された形で数ヶ月間放置されていた。
今更、そんな事で相手する必要はないという事である。
しかしウィリエルさんに贖宥状について喧嘩を売られた形になった教会側では
内情として怒りに満ちていた背景があった。
そのまま放置されて忘れ去られる、そう思われていたが
どこかの学生が古代語を母国語に翻訳して大学内に広まってしまった。
そしてニールさんの新聞がそれを号外として国中に売りさばいた。
商業的マスメディアによる恣意的なプロパガンダとも言えるかもしれない。
センセーショナルな記事に合わせてロイスター王国内外で多いに新聞が売れた。
もちろん商業ギルドの流通網あっての話である。
つまりウィリエルさんの討論の呼びかけの考えに反し、
討論の一部の内容だけが切り取られる形になって
新しく出来た出版業界のホットなネタになって、
ロイスター王国の国内外にまで広がってしまったのである。
「ニールさん。国中で宗教問題の話が盛り上がっています」
「新聞の影響だね。
まさかここまで広まるとは。僕の新聞の影響力を実感します。エリオス君」
「教会を敵に回しませんか?」
「・・・僕は大丈夫でしょうが、ウィリエルさんが心配ではあります。
それよりエリオス君。広告の効果はどうでした?」
「それについては、店舗に追加の予約の問い合わせが殺到しています。
嬉しい悲鳴です」
「お互いに良い商売になって、良かったですね」
ニールさんとエリオス君がニッコリと会話する。
実はウィリエルさんが呼びかけた古代語の討論文を
学生であるエルン君が母国語に翻訳し、ニールさんに情報提供をした。
その際にエリオス君が伯爵様と裏で話を合わせて、
号外の新聞に多額の広告費を使い、
聖書の翻訳書のビラを新聞に差し込んでもらい広告した背景があった。
号外を読んだ人は、その聖書の販売の広告も一緒に読んで
自分の目で聖書を読んでみようと思ったのである。
もちろん、文字が読めない人は、聖書を文字の読める教師や商人などに音読してもらう。
文字が読める人にも文字が読めない人にも聖書はとにかく売れた。
つまり神の教えを教会を通さずに直接自分の目と耳で知り得る事が可能になった。
当時は牛一頭の価格、現代の価値で言うと100万円弱ほどの高価な聖書が
飛ぶように売れたのであった。
聖職者しか知り得ない極秘の情報の価値は、中世近世では無限の価値をもっていたのだろう。
そして教会が販売する贖宥状の価値に民衆も物凄い疑問があったのであろうか。
「しかしアンタ達もそんな商売をよく思いつくわね」
「こんにちはニーナさん」
「こんにちは、ニールさん。
みんなで必死に作ったあの活版を使い、キルテル村で聖書が印刷されて
こんなに沢山の注文が来てお店が繁盛するなんて当時は想像も出来なかったわ」
「情報を売るという新しい商売の形です。
すべてはこのエリオス君の提案から始まっていましたね」
「新聞や本がもっと広まって、皆が文字を勉強して読めるようになって・・・」
「それでまた僕の新聞が売れるという訳だね。エリオス君。
君はとてもすごいな」
「・・・(それ以降の話は今はしないでおこう)」
「店長、やっと皆さんにお給料を沢山出せますわね」
「これはエリノール副店長。
・・・いつもありがとうございます。
お店の商売も軌道に乗りそうです」
「お礼は従業員の皆さんにお願いします。店長。
戦争に行ったり留学に行ったりでお店の事をずっと放置して・・・大変でした。
他の商品も頑張って売りましょう」
「そうですね。
次は織物、靴下、砂糖、鉄鋼品などなど・・・」
「まだ売れ行きが良くない商品もありましたね。店長」
エリオス君はお店の管理を任せていたエリノールお嬢様に深く感謝する。
この人がいなかったら、王都の商売は成立しなかったであろう。
そして従業員も生活出来ずに、故郷に帰るしかない。
エリノールお嬢様は立派な管理職に成長していた。
「そうだよ。チェリーとミネアも頑張ったんだから」
「皆で交代してお店を運用していたのさ。エリオス君」
幼馴染のチェリーちゃんとミネアちゃんもやってくる。
この店舗リバティー・マーケットの従業員でもあった。
二人共、エリオス君と同じ様に14歳に近づき現代で言う中学3年生のお年齢である。
体も大きくなり、成長して見た目は子供ではなくなりつつある。
現代人のエリオス君の視点ではまだ大人とは言えない年齢である。
しかし近世ヨーロッパの様な価値観では、子供という概念は無かったので
世間では小さな大人として既に認識されている。
立派な従業員であった。
「よし。じゃあ商売がんばりましょう。皆さん」
「ええ、頑張りましょう。エリオス店長」
王都での商売が数年かかってやっと軌道に乗り始めて、
そしてなかなか売れない新商品も今後売るために工夫していく。
今はその旅路の入口に差し掛かっているのであろうか?
それとは別にエリオス君は、神父のウィリエルさんの事が気がかりであった。
戦争や留学の影響で不在であり、長いこと大学でも顔を見ていない。
今、何をしているのであろうか。無事であろうか。
心配するエリオス君であった。