魔王国へ留学⑱ 魔王国の産業と技術力
海軍の視察の次は産業。
工場や製鉄所などである。
エリオス君も自分でなんとか運用しようとしているが、
先進国の魔王国にはまだ追いついていない。
是非技術力をその目で確認してみたかった。
「次はワタクシがご案内しますわ」
「マルゲリーアお嬢様。
宜しくお願いします」
「魔王国の技術力は最高ですわ。
ご披露します事よ」
産業分野ではまず製鉄所を見学させて頂く。
巨大な高炉が複数立ち並び、大量に銑鉄を製造させている。
更に反射炉で鋼鉄や青銅になり、
武器や船舶などに使用されている。
その工業力は想像以上にエリオス君は思えた。
「凄い。壮観ですね」
「高炉自体は別に新しい技術では無いですわ」
「燃料費が結構かかるんですよね?課題です」
「燃料代としては木炭が森林伐採で高価になって
山から採掘出来る石炭を使っているのですわ。
その代わり臭いとばい煙があちらこちらに」
「公害ですな・・・」
既に石炭による製鉄業を実現している魔王国であったが
公害対策はまだ進んでいない様子であった。
環境問題は対策に非常にお金がかかるのであるが、
健康問題に大きく発展していくので注意が必要であった。
しかし産業とは単に量産出来るようになるまでではない。
競合に打ち勝つためにはコストを下げて利益率を上げて、
品質を上げて不良と廃棄ロスを減らし、
設備のライフアップと修理コストを下げてしかも停止ロスも下げる、
そして高スペックを実現しで高い値段でお客様に買ってもらうのだ。
これらは関連性はあっても必ずしも同義ではない。
独立した存在である。
それがものづくりの強さだと認識した。
「凄いですね」
「まあ鉄はロイスター王国でも作れるってお姉さまから聞いたわ。
魔王国の大砲も輸出していますし」
「これはどのくらいの時間で作っているんですか?」
「エリオスさん。中々マニアックな質問ですわね。
ちょっとそこの方・・・・ですわ」
「なるほど、勉強になりました」
「本当に?何が分かっているんだか・・・?」
エリオス君の頭の中では、材料費がいくらで、生産リードタイムがどのくらいで、
設備の大きさから製造キャパシティーがどの程度で、
最終的に製品になる際の設備総合効率を概算で算出していた。
だいたいの費用を換算する事で製造原価を計算する。
エリオス君くらいの技術者になると、設備と稼働状況を見ただけで
だいたいの製造原価を頭の中で算出する事が出来る。
これは競合にとって非常に危険な情報である。
つまり、ベテランのエンジニアに自社設備を見せてはいけないのである。
技術力とはただ単にスペックだけの話ではない。
設備情報はただの飾りではないのである。
偉い人にはそれがわからないのですよ、と。
「ふーん。
で、エリオス君。我が国で実現できそう?」
「エリカお嬢様。
簡単にはいかないでしょう。
しかしいずれ追いついてみせます」
「おー、大きく出たね。頼もしいよ」
「まだまだ先の話ですが」
「またエリオスの大言壮語が出たの」
突っ込まれながらも次の戦略を考えるエリオス君。
「次は加工工場よ」
「加工工場とは?」
「作った金属や木材を加工して仕上げるの。
何かありましたか?」
「・・・いや。なんでもないです」
「こちらです。
まずノコギリで切断して、穴あけ、旋盤加工、
砥石研磨、ねじ切りタップ、面取り加工・・・」
「ちょ、ちょっと待って下さい?マルゲリーアお嬢様?」
「ごめんなさいね。エリオスさん。
精密加工には必要な道具とお聞きしていますが、
私はあまりこの工程を詳しくなくて。
細かい説明が出来ないですの」
「・・・そういう意味じゃなくてですね?
そんなに加工技術が進んでいるんだな」
「何を驚いているの?エリオス君」
魔王国の加工技術の高さに驚くエリオス君。
周りの人は誰も気づいていない様子であるが、
加工技術があるという事は、加工品の性能が極めて高いという事である。
大砲であればガス抜けが無くなり射程が伸びて割れにくくなる。
小銃やその他の道具でも同一である。
加熱容器や真空容器であればエネルギー流出漏れ。
これらは蒸気機関などの技術には無くてはならない技である。
本来は一子伝統の職人技であり、量産品では実現出来ない。
道具が標準化されて行き渡る事で始めて実現出来る。
「次は新技術ね」
「まだあるんですか・・・」
「蒸気機関があるじゃない」
「それは見てみたいですね」
「あちらよ」
マルゲリーアお嬢様が指を指すと、
大きな石炭のボイラーを装着したシリンダーと回転機がそこにあった。
十数メートルもの大きなタイプである。
高い動力を得るためにどんどん大型化していったのであるが、
それを支えるための金属材料と加工技術が必要なのも事実である。
基礎技術の集大成こそがこの時代の蒸気機関なのだ。
どこの誰でも簡単に作れる、という訳ではない。
「石炭を燃やすことで回転してエネルギーを与える水車タイプよ。
これがあることで川沿いで無くても水車が使えるの」
「それはちょっと違う表現だと思いますが、内容は分かります」
「各地に工場があって、蒸気機関で水車が回って、
設備が自動で回っているんですわ」
「・・・想像通りですが恐ろしい技術力ですね」
「他にも蒸気機関の鉄道や船舶も研究中ですわ」
「もうちょっと勉強させてもらいましょう」
「よくわからないが凄いんですね。エリオスさん。メモメモ」
エリオス君が引きつった顔をして、
それに反応して記事にするニールさん。
技術的な事は分からない一同ではあったが、
エリオス君の顔色を見てその事情を理解しようと努力する。
この技術格差に追いつけるだろうか?と思考するエリオス君であった。