魔王国へ留学⑦ 魔王国への入国とクリストファー公使閣下と公害問題
海賊騒ぎが一段落して、また船旅が続く。
そしてやっとエリオス君達は魔王国の港に着いた。
手続きをしたあとで、公使館代わりに借りている建屋へ一旦向かう事になっている。
外交官として派遣されているフレデリア・ウィーレム・クリストファー子爵に
まずは面会する予定であった。
「やっと着いたの」
「ちゃーは当面船旅は遠慮させて頂きたい」
「船酔いはもう十分よ。こりごりだわ」
10日間とはいえ、荒い海に揺られ続けて疲労困憊の一同。
陸育ちが長いとどうしても船酔いは避けられない。
体が慣れるまでは辛いであろう。
だが一同はこの魔王国に大きな違和感を感じる事になる。
「なんじゃ、ここは。
灰を含んだ霧が出ておるし、臭いし、汚い!」
「ちゃー殿。
これは石炭のススと硫黄の臭いです」
「何とも汚れきった国であるか。
この魔王国は」
「僕らが住む様な森や自然がありませんね。エリオス様」
「エリオス様。シルヴィの言う通り
この国はロイスター王国とはかなり違う様子です」
「…まさか環境問題が表面に出てくるまで文明が進んでいたとは」
魔王国は空がやや曇り、大気に石炭の硫黄の臭いがして
道路や川が廃棄物で汚染されている様にエリオス君には見えた。
現代の公害程ではないにしても、ちょうど昭和の日本のスモッグを思い出す。
環境汚染は産業革命による負の遺産でもある。
その事実を目の前に実感して、戦慄するエリオス君である。
しかしそれは異世界人である、エリオス君とエリカお嬢様にしか気づけない。
廃棄物を大気や川に垂れ流すと公害が発生するのである。
「ミルチャー卿よ。
魔王国は伐採しすぎて木材が足りなくて石炭を主力燃料としていての。
今はどうしても粉塵と硫黄の臭いがでるのじゃ」
「にしても使いすぎではないのか?」
「今や安価で豊富な石炭を使わなければ、国がなりたたんのじゃ。
妾としても現状を快く思ってはおらぬがな」
「残念な先進国であるな」
「それを言われると妾も辛い所ではあるのだが」
「エリオス君。
環境に悪影響が出る程、魔王国の技術は進んでいるというの?」
「信じがたい事ですがその様です。
エリカお嬢様」
「魔王国と、ロイスター王国で
ここまで文明力に差があったなんて」
「出来れば、普段はマスクをした方が良いかもしれませんね」
実際に大規模な公害で死者が出るのは19世紀から20世紀の話である。
しかし、公害は確実に国家と民衆に徐々に影響を与えていく。
産業革命の悪しき一面でもあった。
「ま、まあ確かに石炭の影響はあるがの。
魔王国の文明の高さを見れば少しは見直すであろう」
「そうですね。お嬢様」
「お嬢様も長旅でお疲れの様子」
「そうじゃ、イザベラ。
汝の言う通り、今日はゆっくりと休むが良い。
エリオス。
また後日会おうぞ」
「ではエリオス殿。
後日よろしくお願いします」
「エリオス殿。
今日はゆっくりお休みください」
そういうと、ロザリーナお嬢様と執事さんとメイドさんは
さっさと自宅へ向かってしまった。
その事であまり禅問答はしたくない様子である。
まあ機嫌が良いときにまた色々と聞いてみようと思うエリオス君である。
しかしこれからどうしようか、と思っていたら
「これはエリオス卿。
国王陛下の命により迎えに来ました。
わたくしが公使のフレデリア・ウィーレム・クリストファー子爵です」
「これは公使閣下。わざわざ恐縮でございます。
私はエリオスと申します」
「話はよく聞いています。
そちらはミルチャー卿とエリカ公爵令嬢、
それから双子エルフの方々と他の方々ですな。
公使館代わりに借りている館へ向かいましょう」
「承知しました。公使閣下」
目の前には26、7の若い男性が立っていた。
ブロンドの長髪でブルーの目をした、
いかにも知的なイメージのある細い貴族であった。
わざわざ、公使閣下にお出迎え頂いて驚く。
道不慣れな一同のために道案内して頂く事になった。
「皆様は先の異教徒との大戦の功労者とお聞きしました。
是非その話をお聞かせ頂きたく」
「あまり格好の良い話ではございませんが」
「実は、それとは別に相談がありましてな。
この魔王国に駐在している外交官が少なくて
人手が足りなくて…」
公使閣下から悩み事の話をお聞きする。
どうやら、魔王国まで一緒に駐在してくれるはずだった
部下や召使いが着任拒否したり逃亡したりで
慢性的な人手不足に悩んでいるという事。
それで、業務を助けて欲しいという切実な悩みがあった。
「…話は理解致しました。
ぜひ僕にご協力させて下さい」
「それはありがたい。
アナトハイム卿の有名な内政官殿が
手伝って頂けるならこれ幸い」
「ちなみに公使閣下。
その部下の方々はどうしたのですか?」
「いや恥ずかしながら、
こんな魔王の国は嫌だとか、
神の敵と仕事をしたくないとか、
汚い国は嫌だとか飯がこんなに不味い国は耐えられないとか…」
「…それは大問題ですね」
「今、飯が不味いと聞こえたわよ。
私の気のせいかしら?」
「…」
「まあ、家から腕利きコックのジェミリールを連れてきたから、
なるようになるわ」
「グリーヴィス公爵家のコックのジェミリールです。
よろしくお願いします」
「!!!
それは何よりもありがたい。
グリーヴィス公爵家に感謝を」
「…公使閣下。
どれだけ…貧窮していたのですか…」
公使閣下の悩み事を聞いて協力する
エリオス君とエリカお嬢様であるが、
前途多難な先行きに気分は良くならなかった。
公使閣下の名称は近世〜近代に所以するものなので、
採用するかは大いに悩みましたが、
適切な役職名が欲しかったので採用させていただきました。
違和感があるかもしれませんが、
ご理解の程、よろしくお願い申し上げます。




