魔王国へ留学④ 魔王国への船旅と政治形態の話
さっそく魔王国の帆船に載せてもらう。
これから約10日間の船旅である。
大量に水や食料を買い積み込んで、準備する。
僅か10日とは言え、帆船は風が吹かない凪が連続して発生したら危険である。
「エリオス君。
一休みしてご飯にしましょうよ?」
「え?
エリカお嬢様?
僕は当面遠慮しておきます。
体が慣れるまではお腹にあまり入れていない方が
何かあっても安全です」
「どういう事よ?
私はご飯を食べるから、
まあ気が向いたら言ってね」
「…大丈夫かな」
あくまで旅行気分のエリカお嬢様と、
この時代で初めて外洋への船旅に警戒するエリオス君。
体が慣れていないので、船の上で何が起こるか分からないので警戒する。
一同は軍艦ではなく、貿易用の帆船に載せてもらい、
客用の小部屋を宛てがってもらった。
そして一同が甲板上に集まってくる。
「ちゃーはあまり船には慣れておらぬ」
「僕も大きくは変わりません。ちゃー殿」
「その割にエリオス殿は余裕ありそうに見えるが…」
「本を読んで知識としては色々と知っていますから」
ちゃー様が不安な顔をして近づいてくる。
陸で生活してきた人は海の移動は慣れていないだろう。
それは多分、他の人も同じであろうか。
異世界人であるエリオス君は船旅に慣れているので、
体はともかく知識はある。
「エリオス君も甲板に来ていますか」
「ニールさんも慣れませんか?」
「そうらしいね。僕は陸育ちだから」
「どうですか?
新聞のネタになりそうですかね?」
「それはもう。見るもの全てが新しくて斬新だよ。
こんな巨大な軍艦や帆船、
見違える様に発展したアナトハイム領、
異国の沢山の物資に貿易港。
我が国は数年でこんなにも変わっていたなんて」
「王都にいては世間は何も見えてこない、って僕も思いますからね」
ニールさんと会話しながら思うエリオス君。
自分の目で見たもの、見えるものだけが現実の世界ではないのだ。
足を運んで各地で現場を見なければ分からない。
オフィスに篭もっている人たちは、どんなに賢かろうと
その偏った情報で過ちをおかすのだ、と。
「おお、汝らここにいたか」
「そう言えば、ロザリーナ中尉。
船旅で時間があるので魔王国の事を教えてください」
「むむむ。現地に行けば分かるとは思うが
汝の願いなら仕方がない。
妾がとくと教えてやろう」
「そうですね…」
色々と知りたかった事をロザリーナお嬢様に質問するエリオス君。
ロザリーナお嬢様も頭を抱えて考えた末に、
暇だからという理由で話に付き合うことにした。
「汝らも学校の歴史の教育で学んだ様に、
魔王国は現在は島国で、植民地からの海上貿易によって国体を維持しておる。
昔は大陸にも領地を持っていたが人間や亜人種との大戦争に負けて
大陸の領土は失陥しておる。
当時も数が違いすぎたからの」
「なるほど」
「汝たちには理解できるかどうか分からんが、妾の知識で説明しようぞ。
政治形態としては当時は魔王陛下による君主制であったが、
過去の魔王陛下が無茶をした結果、内戦になり議会側が勝利して
魔王国議会が設立されて、議院内閣制の立憲君主制に移行したのじゃ」
「なんですと!」
「議会制度は古代王国から存在しているから汝らでも分かるであろう。
魔王国議会は貴族院と庶民院の二院制で構成されていて、
大貴族の貴族院と都市の代表者を首班とする庶民院がある。
その中で現在は魔王陛下の率いる政党の自由魔王党が
選挙に勝ち第一党となり政府首班として内閣を率いておるの」
「まさか議会制民主主義とは。驚きました。
魔王陛下が直接政党を率いていると?」
「そうじゃが。
何か問題でもあるかの?」
「…国王は君臨せども統治せず、という常識は通用しないのか」
「また良く分からん事をつぶやいておるの。汝は」
ロザリーナお嬢様の衝撃的な一言に驚くエリオス君。
てっきり魔王による封建主義か絶対王政だと思い込んでいたが
大きな思い込みであったようだ。
心の中で冷や汗が止まらないエリオス君。
どうやら魔王国を異世界の国だからと心の中で侮っていたのかもしれない。
「説明を続けても良いかの?」
「ええ、お願いします」
「現魔王陛下は巨大な武力を持ちながらも、
親しみのある優しい人格かつ大胆な政策で高い支持を得ておる。
ロイスター王国との同盟もその一つじゃ。
もっとも、過去の魔王陛下は暴虐な方が多かったから
内戦が耐えなかったのじゃが最近は非常に安定しておる」
「魔王陛下の持つ武力が大きいから議会も軍隊も無視できないのか…」
「内政は順調に進み、工業化が結構進んだの。
その反面として、農業生産力が落ちて植民地や貴国からの
輸入に頼らざるをえなくなった。
これが汝も知っておるロイスター王国との同盟の背景の一つじゃ」
「そうでしたね」
「科学技術力が飛躍的に向上したのも理由があって、
まあそれは魔王国についたらおいおい説明する事にするが
ここ数十年で人間社会と比べかなりの格差になり
特に海の戦いでは負け知らずじゃ。
この軍艦や大砲を見ての通りじゃ。聡い汝なら分かると思うがの」
「…」
「まあ汝も頑張っておるが、魔王国には到底及ばない。
しっかり見て学ぶと良いぞ」
「承知しました。
科学技術力だけでは無いって事ですね」
満足顔でロザリーナお嬢様が話す。
そして会話についていけないちゃー様とニールさん。
その時、船が大きく上下に揺れる。
まあこの時代の帆船には、船舶動揺安定装置も無ければ浮上式でもない。
それでも巨大フェリーであれば揺れは小さくなるのであるが
動力としての蒸気船が登場する前は帆船の大きさに限界があり
現代と比べると小さな帆船となるので揺れは防げない。
「今、1〜2mも上下に揺れましたね」
「妾も陸軍育ちじゃから、この揺れは慣れないの」
「エリオス殿。ちゃーは気分が悪くなってきた」
「無理して我慢しないで下さいね。
ちゃー殿、ニールさん」
「…」
どうやら大きな上下の揺れに気分が悪くなった様子である。
エリオス君は大きな揺れを事前に想定していたので、
なんとか耐えた。
体が揺れに慣れるまでお腹を満腹にするのは危険であると判断したのだ。
揺れると事前に分かっていればそれなりに耐えられる。
現世の経験から学んだものである。
「…ぐぬぬ、気分が悪いわ」
「エリカお嬢様も我慢しないでください」
「…」
部屋からエリカお嬢様が急いで甲板に出てくる。
あー、やったなと心の中でエリオス君が思う。
コックさんの料理がおいしいからって油断したのであろうか。
未知の船に乗るのは非常に船酔いの恐怖があるのだ、と。
体が慣れてしまえば、意外となんとかなるかもしれない。
「はー。
なんで貴方はこんな大揺れに平気なのよ。エリオス君」
「無理しないでくださいね。
僕は、昔に香港からマカオへ向かうフェリーで酷い目にあいましたからね。
1〜2mを上回る上下の揺れはジェットコースター並です。
事前にご飯を食べて苦しくなりました。
過去に苦い経験を実体験済みです」
「…日本のフェリーはそこまで揺れないわよ」
「時と場合と船のサイズによりますかも」
「貴方はそれを知っていて…悔しいわ」
「起こりうる最悪を、さらに上回る事態を想定していましたからね」
「…」
涙目でエリオス君を見るエリカお嬢様。
これは蒸気船が出来るまで苦しい海路になりそうだな、
なんて心の中で思いつつ魔王国の船旅は続くのであった。