表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
334/451

反射炉試験炉構築⑤ 鉄内部の不純物クラックの問題と鋼鉄への焼き入れ試験

 いつかの試験を繰り返して試験炉でようやく鉄が融けてくるようになった。

しかしエリオス君の懸念点はまだまだある。

融けた鉄を砂型に流し込み、コイン状の板を作ると

まじまじとその外観をチェックし始める。


「教授。眼鏡ありませんか?」

「ああ、1つならあるが。

 とても高価な物だから傷つけるなよ」

「ちょっと貸してください」

「ああ」


 エリオス君は教授から虫眼鏡を借りると、

鉄の表面を細かくチェックし始めた。

史実では眼鏡は13世紀のイタリアには既に存在したらしい。

グーテンベルグの活版印刷技術をきっかけに、細かい文字を読む文化が

ヨーロッパ中に普及してそれと平行して眼鏡が普及した。

しかし当時はとても高価な物だった。


「んーん。鉄の表面がザラザラしている。

 粒界やボイドが存在しているか?

 やはり肉眼ではとても見えないな。

 SEMか実体顕微鏡が欲しい」

「エリオス様。およびですか?」

「ああ、シルヴィ君。

 この鉄の表面でこの絵の様な痕は見えますか?」


 双子エルフのシルヴィ君に来てもらった。

エリオス君は手書きで鉄表面のボイドの絵を書いてシルヴィ君に見せる。

虫眼鏡を通してエルフの目で見えるかチェックしてもらう。


「シルヴィ君の目で、この絵の様な模様が

 この鉄の表面に見えますか?」

「この絵の様な模様ですか?エリオス様。

 ありますね。すごく小さいのが多数」

「ありがとうございます。

 …結晶欠陥やボイドまで見れるのか。

 エルフの視力はとても恐ろしすぎる。

 生物兵器だ」

「なにやら酷い事を言われている様な」


 改めてエルフの視力に驚きながらも

鉄が冷却時に発生するボイドやクラックの有無をチェックしている。

不純物があると偏析したりする。

そしてハンマーを取り出して鉄を思い切り叩く。



「な、何をするんだね?エリオス君」

「試験ですよ。割れ強さの」


 エリオス君がハンマーで叩いた後の鉄の表面を見ると、

クラックが確認されている。

多分大人が思いっきり叩いたら割れていたのかもしれない。




「まさか子供の力でも表面にクラックが。

 これはまだ駄目だな」

「どういう事かね?エリオス君」

「教授。

 まだ鉄の強度が弱いです。

 不純物が残っています。

 空気が足りていません。

 もう少し長い時間をパドルで混ぜる必要があります」

「熱処理が少ないと言うのか?」

「そうですね。

 融かしただけではまだ足りていません。

 これだと大砲を使った際に割れます」

「もう少ししっかり条件を実験する必要があるな」


そう言いながら試験炉で再び鉄の酸化試験をやり直す。

含有されている炭素、不純物を酸化反応で除去する。

これを何回も繰り返す事になった。


 正確には曲げ強さや引っ張り強さを試験する必要がある。

だが簡易検査でもクラックが入ってしまうなら論外である。

不純物が充分に酸化されていれば、炭素量は少なくなり

0.5〜2.0%相当になれば、


しかし現時点ではまだ分からなかったが、

伯爵領の鉱山からとれた鉄鉱石には偶然にも残リン量がかなり少なかった。

複数の鉄鉱石で作った銑鉄を融かしてテストしたが、

やはり伯爵領で採れた鉄鉱石は良好であり、鉄の製造に向いていた。

石炭や鉄鉱石の産地によって残留不純物は変わるので分析が必要になる。


「ちゃんと炭素成分が酸化して減っているか、

 鋼鉄を作ってみましょう」

「どうやるんだ。エリオス君」

「簡単ですよ。刀鍛冶と同じです」


 エリオス君は釜の中に鉄を入れて加熱する。

おおよそ1,150℃前後まで加熱する。

充分に熱が伝わったら、おもむろに水の中に付けて急冷する。

熱と反応して水蒸気が出る。

火傷をしない様に保護具はしっかり着けていた。


「鉄の焼き入れか」

「そうですね。教授。

 古来から伝わる鋼を作る手法です」


 炭素量が0.5〜2.0%の鉄を高温で加熱すると、結晶構造がオーステナイト

γ固溶体と呼ばれる面心立方格子構造に変化する。

そこで普通に冷却すると元の鉄に戻ってしまうのだが、

加熱した鉄を20℃の水に1秒以内に付けて急冷すると、

結晶構造が一部残ったままマルテンサイトと呼ばれる構造になる。

この構造はとても固くなり一般的に鋼と呼ばれる。

しかし硬さとともに残留応力で脆くなってしまうため、

ここからさらに500℃程度で焼き戻しという工程を行いで靭性を取り戻す工程が入る。

一般的には150〜250℃での低温焼き戻しと400〜600℃の高温焼き戻しに分かれる。


「まあまあですかね。理想からは遠いですが悪くありません」

「エリオス君は焼き入れの条件を知っているのか?」

「カンですけどね。

 まずは鋼鉄の第一号です」

「…誠に素晴らしい」


 エリオス君は試験炉と釜を用いて試しに鋼鉄を

小さい鉄のコインから試験で作る。

純粋な反射炉、試験炉から作られた鋼鉄の第一号であった。


「まだまだ改良は必要ですが、

 試験炉を用いて鋼鉄の製造は出来そうです。

 このデータを元に大型にして量産炉を設計しましょう」

「流石であるな。エリオス君」

「ここまでの長い道のりの失敗と、教授のお力添えのおかげです」

「いやいや。

 立派な成果だ。

 ワシも誇らしい」


 教授が喜んでエリオス君の手を握ってくる。

これからこの国でも工業的に大型の鋼鉄と青銅の生産に着手する事になる。

エリオス君は「鋼鉄の大型化量産技術確立」という学術論文を発表する。

そしてエリオス君はこの成果を高く評価されて少し将来、学位の称号を得る。

それは13歳になった頃の話である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ