反射炉試験炉構築④ 耐火レンガの割れと融解の問題
いくつかの試験と改造を繰り返し、銑鉄が融け始めた。
研究室のメンバーから歓声の声が上がった。
いったん融け始めれば、炭素や硫黄成分が酸化反応により熱源となり
パドルで混ぜれば自燃材として温度が上がっていくのだ。
実際のところ、最初は熱量が重要で高温が出せる
木炭やコークスが重要になった。
「良くやった、エリオス君」
「最初は融けましたね。
しかし量産に使えるかどうかはまだ未知数です」
「…まだ課題があるのか?
エリオス君」
「これからそれを観察します」
喜ぶ教授とは裏腹に真剣な表情を崩さないエリオス君。
鉄が融ければ良いという訳ではない。
ちゃんと不純物が除去出来る事と、
設備が高熱に耐えられる事を確認するのが目的であるのだ。
それをエリオス君は観察する必要があった。
「…なんだ、融けた鉄が流れるのが止まってしまった」
「!
教授。試験を中止しましょう。
耐火レンガが熱でやられています」
「なんだと。
燃料を止めて全員退避を」
教授がそう言うと全員がいったん退避する。
試験炉が小さいため爆発する危険はそう無いと
思ったが安全を確認するためでもある。
あとで冷静に試験炉内を調べて見ると耐火レンガが融けて割れている。
原因は分かっていないが酸化反応による自燃作用により
温度が上がり過ぎてしまったのであろうか?
それとも耐火レンガが破裂して割れてしまったのであろうか?
その両方なのだろうか?
エリオス君は頭を抱えて悩む。
「何が起きたのだろうか…」
「とりあえず試験炉をバラして見てみましょう」
「シクシク」
エリオス君はゆっくり考える。
現代の汎用耐火レンガ材では1,350℃付近で焼くために、
その温度以上になると割れたり融けてしまうことがある。
もちろん、そうならない様に材質や熱処理条件で耐火レンガの耐火度を上げる様に
耐火レンガが作り分けされているので注意が必要である。
後でエリオス君も分かった事だが、耐火レンガの焼く条件と材質を
微調整する事で対策を行う事になった。
幕末の諸藩の反射炉も、耐火レンガにそれぞれにバラつきがあったらしい。
当時の耐火レンガを分析した人の報告によると、
1,300℃では水戸藩、韮山の耐火レンガは亀裂が入り
佐賀藩と鹿児島藩のは割れなかったと報告されている。
1,100℃で焼いた際にはどの耐火レンガも割れなかった。
つまり1,100〜1,300℃の間で焼いて作られた耐火レンガ
であろうと言われている。
実際の鉄の融点はもっと高いために、温度を上げすぎると
耐火レンガは割れたか融けただろうと推定されている。
実際の銑鉄では、炭素や不純物が多めなので低い温度で融けたであろうが
銑鉄を酸化反応させると自燃化し発熱するので注意が必要である。
ちなみに近代のベッセマー転炉やトーマス転炉では
より高い温度、1,700℃以上で焼かれる。
酸素と助燃材を加える事を含め高い自燃効果を利用する。
一般的には2,000〜3,000℃で処理するとも言われており
反射炉では不可能な高品質高純度の鉄が精製出来るのであるが
マグネシア質、そして脱リンを行うために酸化カルシウムを含む
ドロマイト質の塩基性耐火レンガが必要になり、
極めて高度な耐火レンガ材料が必要になる。
当然、その温度で耐火レンガを焼ける釜と熱源が必要になる。
この時代のシリカ・アルミナ粘土質の汎用耐火レンガでは到底耐えられない条件だった。
他にも現代ではトーマス転炉の代わりにLD転炉などが使われており、
副原料として生石灰、ほたる石および酸化鉄などを加え
高純度酸素を吹きつける事で高温や脱リンにする方法もとられている。
またマグネシア原料としては、天然のマグネサイトを入手し
1,500〜1,900℃で処理する方法と
海水のマグネシウムを化学処理により抽出し
2,000℃で焼く方法がとられている。
マグネサイトの調査とマグネシア耐火レンガの研究は相当後の話になる。
「もう少し耐火レンガを高温で焼いてみるかな…
時間を掛けて、新たに石炭コークスを使って」
「耐火レンガの話か?エリオス君」
「燃料としての石炭コークスを使います。
そうすればもっと高い温度が出せるはずです」
「どんどん難しくなっていく話だな」
試験炉の構造上の話はある程度道筋が見えてきた様な気がする。
後は耐火レンガをもう少し工夫するしかない。
幕末の諸藩も同じ経験をしているのだろう。
「最後は脱リンの問題か…
不純物が取り切れないと硬さや結晶にムラが出来て大砲が割れる。
リンの除去は難しいから、含有リンの少ない鉄鉱石を探すか」
つぶやくエリオス君。
リンが残ると鉄は脆くなって、鋳型整形で大砲を作った際に
強度不足で割れてしまう。
原材料の調達も少しづつ改良が必要であろうか、と。
心の中で悩むのであった。
ベッセマーが転炉を作った際の鉄鉱石はたまたまリンの少ない材質だったらしい。
製鉄では廃れてしまったが、
銅やニッケルなどの硫化鉱の非鉄金属においては
材質や形態を選ばない反射炉はその後も広くずっと使われた。
銅は1,150〜1,250℃で反応して鉄よりはるかに低い温度で融解出来るのだ。
特に融点の低い青銅の大砲を作るために錫と銅を混ぜて融解して
不純物を反応させ均質化するために反射炉は有効だったのだ。
しかし反射炉は排ガスとしてほとんど放出されてしまうため
熱効率が非常に悪く、排ガスによる公害問題があるため
現在は自溶炉にシフトする事になる。
製鉄、非鉄金属、各種工業炉、耐火レンガの情報は
確か20年前に購入しました「新版 工業炉ハンドブック」を参考にしております。
しかしこの辞典、881ページで28,000円もしました。もちろん自腹です。
まさか小説を書くために参考にするとは…
当時は考えもしませんでした。