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反射炉試験炉構築③ 試験炉失敗と条件構造見直し案

「あー、鉄が試験炉で溶けないよ!!!」


 頭を抱えて悩むエリオス君。

もう5回も作った試験炉を作り直しているだろうか。

いや6回目だったかもしれない。

色々と試行錯誤しているが、うまくいかない。

小型の試験炉とはいえ、耐火レンガをしっかり組むのは

結構時間もかかるし大変な作業でもあった。



「まあエリオス君。落ち着くんだ。

 錫や亜鉛、鉛は溶けているんだ。

 真鍮や青銅なら多分作れるだろう」

「…目標は鉄ですけどね。教授」


 慰めにもなっていない教授のコメントに再び頭を抱えるエリオス君。

錫の融点は231.9℃、亜鉛の融点は419.5°C、鉛の融点は327.4℃。

しかし鉄の融点は1,538°Cである。

難易度が格段に違うのであった。

不純物が混ざる鋳鉄の場合、融点が下がるとはいえ1,200℃は

最低限越えなくてはならない。


 最初は試しに低い融点の金属から順番に溶かしてみたが、

やはり目的は高融点金属。

そして鉄である。

確かに青銅は作れるかもしれないので、

軍事的目標は一応満たされるかもしれないが、

エリオス君の目標はあくまで製鉄業である。


「アンタも懲りないわね」

「ニーナちゃん。一生懸命やっているんだから、

 そんな事を言ったら駄目よ」

「ちょっとおやつにしましょう。

 クッキーを焼いてきたわよ。

 落ち着いて調べ直してみなさいよ」

「ぐぬぬ…」


 幼なじみのニーナさんにからかわれる。

エリノールお嬢様がフォローに入るがエリオス君の精神的ダメージは大きい。

しかたがないので皆で休憩に入る。

ニーナさんが持ってきたクッキーを頂く事にする。

エリカお嬢様のテンサイの糖蜜が入っていてほんのり甘い。

これでも庶民には贅沢品なのだが、某公爵家貴族娘の差し入れだろうか。

ありがたく頂く事にする。


「で、何が問題なのよ?」

「熱量が足りません。

 もっと沢山の熱を鉄に当てなければ溶けないんです」

「ふーん。

 もっと燃料の石炭を沢山入れれば良いじゃないの?」

「熱が試験炉の外に逃げるから、困っているんです。

 燃料を増やしても鋳鉄まで届かないんですよ」

「なら直接、鉄を火で炙る事ね。

 簡単じゃないの」

「…」


 火で炙るね…

それが出来ないから困っているんだが、

と心の中で思うエリオス君。

しかし火を空気に置き換えれば間違っていないので、頭を冷やして考える。


 反射炉は幕末の佐賀藩も有名であるが、数十回は失敗している。

伊豆韮山の反射炉も加熱に5回失敗し鋳型鋳造含め割れてしまい14回も失敗している。

反射炉の設計は、オランダのヒュゲェニンが書いたと言われる

『ロイク王立製鉄大砲鋳造所における鋳造法』という蘭書を

蘭学者が数年かけて翻訳し、参考したと一般的に言われてる。

辞書も無く、対応する日本語も無く、知識も技術も無い状態で

オランダ語から日本語に翻訳した蘭学者の苦悩は想像を絶するものであっただろう。

幕末の日本が植民地にならず生き残れた背景として、

自掛かりで重武装の大砲の製造に成功した諸藩の力が背景にあったのだ。


 落ち着いて頭を整理するエリオス君。

そもそも熱を伝える方法は大きく3つしかない。

一つは空気を媒体にした伝熱。空気を加熱して送り込む。

しかし酸素を供給するためには外気を取り込まないといけないのだが、

少なすぎると不完全燃焼する。多すぎると空気と鉄が冷えてしまう課題。

他には赤外線を中心とした電磁波による加熱。

平たく言うと赤熱した熱波である。

真空炉の場合は電磁波加熱が有効的な手段であるが、実際は空気が邪魔する。

おまけに上部に逃げた電磁波を鉄まで反射させなくてはならず

反射率や熱拡散などで効率が相当悪い。

最後は接触した耐火レンガより伝わる伝熱。

しかしこれは炉底から逃げる放熱の方が多いだろう。

熱を鉄や炉から逃がさない工夫が必要である。



「つまり、加熱した空気の煙道を上手に鉄に触れるための煙突構造、

 熱を逃がさないための断熱構造が優先される課題であろうか?」

「ふむ。煙突ときたか。エリオス君」

「煙道の構造を急斜面に変えましょう。

 空気が鉄に当たる様に風向きを煙道の構造で誘導します。

 後は送り込む空気の量を調整します。

 水準試験を行い、最適な空気の量を調べます。

 炉底の断熱耐火レンガを増やしてかさ上げもしましょう」


 加熱した空気の流れ方を制御するには上から抑え込むのが重要である。

空気は天井に流れやすくなるので鉄に触れずそのまま放出される?

昔見た反射炉の断面図を見る限り、空気の流し方が重要であると想像する。

また反射炉という日本語は本来の意味とは多分ズレているのであろうと想定する。

ヨーロッパでは主にパドル炉とも呼ぶ。


 後は酸素量と送り込む風量である。

酸素量を調整しながら炉内に送り込む。

試験ではダンパーを設置して、開閉出来るように条件出しするのだ。

風量は交代で仰ぐスピードを調整する。


 結局放射温度計が無いのが辛いのである。

放射温度計があれば、その場で測温しながら条件調整が出来る。

しかしそんなに精度の良い高温の温度計は無い。

熱電対もまだないのである。


 そういう場合に良くやられる方法として

融点の違う金属を貼り付けて溶けたタイミングで

温度を測る方法が良くやられる。

課題として目視しかないので場所とタイミングが難しいのであるが。


 幸い、知識として炭素成分が多い鋳鉄の方が融点が下がり

解けやすいとエリオス君は知っていた。

そこだけが救いであった。


「炉内の各所に金属を貼り付けましょう。

 温度が高くなればそこから優先的に溶けます。

 炉内で温度の高い場所と低い場所を観察してデータにします」

「面白い考えだな。エリオス君。

 さっそくやってみようか」

「ええ、大変ですけど色々とチャレンジしてみます。

 なんとか試験炉で鉄が溶ければ、と」

「うむ。皆も協力を頼む」

「「「ハイ、教授」」」


 教授の一声で試験が再会される。

そうやって、試行錯誤しながら試験炉を改造するのであった。

それでも鉄を溶かすのは容易ではなかったのである。

反射炉の知識は幕末の各藩の記録を参考にしています。

時代背景としてもちろん近代の話なので恐縮ですが、

私には近世の反射炉の資料が入手出来ていません。

勉強不足で申し訳ありません。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 近代現代の文明を再現する苦労を興味深く拝読しています。 [気になる点] 高炉があって、エリオス君に転炉の知識があるなら、青銅用に反射炉を使うとしても、製鋼用に反射炉やパドル炉の歴史をたどる…
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