火薬バイオテクノロジー③ 喫茶クイーンズ・ランドでの公衆衛生への改善と密談
課題が少し明確になってきたので、
然るべき人に相談する事にするエリオス君。
トーマス殿下に話すと苦い表情をして、
別の場所で秘密の会議をする事になった。
ので、少人数で集まる事にする。
「坊主とここに来るのも久しぶりか」
「最近は戦争などで忙しかったからですね。
トーマス殿下」
「・・・一応トーマスさんと呼べ。
もっと親しみを込めてな」
「そんなのもありましたね。確か」
最近他人行儀が加速しているエリオス君にすねるトーマス殿下。
そう呟きながらブランデーを流し込む。
ここはカフェ「クイーンズ・ランド」。
商業ギルトが運営しているカフェであり金持ちが集まる。
密談をするにも最適である。
「で小僧。
話とはなんだ」
「宰相閣下。
火薬の原料である硝石を作るために必要な排泄物が全然足りません。
今の様な効率の悪い採集方法では、国家の要求量を達成できないです」
「・・・確かにそれは俺も予想はしていた」
「さしあたり、まず王都から効率よく採取する方法を提案させて欲しいです」
「どうしたいんだ?」
「公衆衛生、まずトイレを設置してそこから土と混ぜて回収します」
「・・・エリ君」
エリオス君は公衆衛生の提案を宰相閣下に行う。
トイレを各地に設置して、野糞を禁止させる。
動物の排泄物を道端に捨てる事も法律で禁止して回収させる。
専門の清掃員を雇い入れて定期的に集める。
個別の家庭で発生したものは出来るだけ有価で買取するのだ。
そうすればちゃんと管理するだろう。
現実に江戸幕府でも、都市近隣の農家が排泄物の有価買取を行っている。
それだけ堆肥に困っているのが近代までの農業の実情である。
逆に人の体に入り込む寄生虫の問題は化学肥料が主体となる。
ずっと現代まで残ってしまう事になるのだが。
エリオス君の本音としては、病原菌対策でもある、
不衛生な環境を出来るだけ回収してリサイクルする仕組みを入れたい。
そう、江戸幕府の様に。
近世のヨーロッパでは衛生面で圧倒的に江戸幕府に遅れを取っていた。
「最終的には納品する火薬の費用に乗せる事になりますが、
3〜4年後になりますので、自立した事業にするには時間がかかります」
「当面は国家の支援が必要と言いたいのだな坊主」
「ハイ。トーマスさん。
すぐには価値が生まれません。
時間を頂きたいです」
普通なら言いにくい話ではある。
しかし押し通す事が出来れば現代知識を使うことで色々とメリットがある。
この際だから本命の狙いも宰相閣下に相談する事にしたエリオス君。
「実はもう一つの重要な狙いがあります」
「なんだ小僧。言ってみろ」
「将来の伝染病、とくに黒死病を予防する為です」
「・・・それは!
黒死病を予防出来るのか?」
「伝染病は、排出物などやネズミに取り付くノミを媒体にして
人から人へと都市間で広がっていきます。
僕は徹底したネズミ駆除と公衆衛生の対策を進めたいのです」
「なんだって?
黒死病の原因がネズミだなんて初めて聞いたぞ」
「・・・しまった。未来知識だったか」
問題発言をしてしまったエリオス君は心の中でしまったと思った。
が仕方がない。公衆衛生とネズミ対策は自らの命にも関わるのだ。
いつかは避けられないなら早い方が良いであろうと
自分を納得させるエリオス君。
伝染病の原因が目に見えない細菌やウィルスだと気がついたのは、
幕末以降の近代の話である。
1894年のパスツール研究所のアレクサンドル・イェルサンや
日本の北里柴三郎によってペスト菌が突き止められたのは有名な話である。
もし近世で有効な対策が出来れば、歴史は少し変わってしまうだろう。
医学的な対処はエリオス君には無理でも、公衆衛生の問題なら可能である。
しかしエリオス君は自らや友達の命を守る為には、
この異世界で未来チート知識を使うことにためらいはない。
もはや現代日本には帰れないのである。
前世の工場勤務でも、安全と健康はすべてに最優先であると教えられてきた。
「巡り巡って後の時間軸で国家に長寿と繁栄をもたらすでしょう」
「多少の投資で、硝石の回収効率を高め
伝染病を予防し、都市を清潔にきれいにする政策か。
そんな発想は俺にはなかったな」
「坊主。それなら俺にも理解出来る。
過去の先祖が沢山、黒死病で死んできた。
次は俺の番だろうって誰もが心の中で思っているだろう。
坊主が言うなら特にネズミ対策はやるべきだな。
ネズミの死骸に懸賞金を付けて回収させよう」
「衛生環境の向上は医学部の教授にも協力して頂きましょう。
まずは王都から」
「・・・エリ君は凄いにゃ」
エリオス君はつい口走ってしまったが、
命に関わる未来知識は遠慮なく使うべきだろうと思った。
公衆衛生の問題はなかなか予算を付けられないので
説得が難しいのである。
それ単独で利益を生むと権力者を納得させる理由が必要であったが、
偶然にもその両方がエリオス君の近くにあった。
「よろしい、余の名において陛下に提案して進めよう。
王都をモデルにして、改善するネタを集めよ。
・・・しかし末恐ろしい小僧だ。
たとえ余であっても敵に回したくないものだ」
「坊主は俺と親友関係にあるからな。宰相にはやらんよ」
「・・・トーマスさん?
それはどういう意味ですかね?」
一先ず宰相閣下に採用されてホッとするエリオス君。
最近、宰相閣下の態度が変わってきたのは事実であろう。
大戦争をきっかけに宰相閣下だけでなく、
沢山の人のエリオス君を見る目が変わりつつあるのに
エリオス君自身が気がつくのは当面先の話である。