火薬バイオテクノロジー② 硝石土現場調査と土掘り職人のジェムズさん
話がまとまってしまったので、現在の実情を知るために
エリオス君は筆頭魔法使いのアイヴィーリさんと共に、硝石を作るための
家庭の土を採取する作業に同行する。
このロイスター王国では専任の土掘り職人がいて、
各家の排泄物の混ざった土を回収する特権を持っている。
家畜小屋、地下室、トイレ、倉庫、貯蔵室などなど
硝石が取れるであろう土を各地から必死でかき集めていたのだ。
土掘り職人のジェムズさんについていく。
頭に頭巾、口元に布、手には手袋を付けて作業着に着替えているが
完全装備には程遠い。
衛生対策は待ったなしの課題でもあった。
必ず自分の目で現地現物で確認しなくてはならない。
「エリオス殿、アイヴィーリ殿。
足元と口元には気を付けてください」
「了解しました」
「しかし臭うのにゃ」
「直接吸っては駄目ですよ。
必ず布を重ねて、口と鼻を塞いでください」
「分かったにゃ」
土掘り職人のジェムズさんが説明する。
困った事に何しろ衛生状態が良くない。
まだこの国にはコレラが入ってきていないが時間の問題であろう。
ペストもいつ大流行するか怖い。
衛生改革を真剣に考えねばならない。
「病気が入ってきたら、恐ろしいですね」
「そうですね。エリオス殿。
そういう意味も含めての仕事です。
ある意味、命がけです」
「・・・それはまずいですね」
「過去には沢山の先人が亡くなったとも聞いています。
特に黒死病が流行した時には、
大勢の人が亡くなりました」
「黒死病。ペスト対策は避けられないか・・・。
早い段階でトーマス殿下に相談しよう」
衛生状態の特に悪い環境で仕事をする事になるので命がけである。
工業的に硝石がある程度量産できれば、
彼らの職場環境も大幅に改善できるかもしれない。
命を賭けているのは、戦場の兵士だけではないのであろう。
「土を回収したら、こちらで貝殻や植物灰と混ぜて煮込みます」
「これも非常に環境が悪いですね」
「こればかりはどうしようもありません。
エリオス殿」
専用の釜を使って作業をすることになるが、
どうしても臭うし環境が悪い。
今、製鉄業の為に作っているレンガや釜を
すぐさまこの環境にも適用させねばならない
と判断したエリオス君である。
「ジェムズさん、アイヴィーリさん。
この釜はもう少し改良しましょう。
ある程度無人で作業出来るように水車を作って。
せめてかき混ぜる作業だけでも水車で行いましょう」
「それは助かります。エリオス殿」
「僕から殿下や教授にお願いしておきます」
釜を出来るだけレンガで覆ってしまい、排気は木炭で
煙道を通気させ出来るだけフィルターの代わりにして、
煙突で高くして遠方に拡散させる。
釜を混ぜる作業は水車の力を使う。
ある意味、試験炉相当のミニチュア版の高炉になるであろう。
そういうものがあっても良い、無いと苦しい作業だと解釈した。
「試験用の穴は掘るのかにゃ?
エリ君」
「そうですね。
ここでは問題ですから、郊外の森か山の土地を買い取って
そこでやりましょう」
「そうだにゃ。
なら、郊外に試験室を作るにゃ。
当面はそちらで調査する事にするにゃ」
「何をするんですか?」
「最初は土を調べるにゃ。
後は製法」
「よろしくお願いいたします」
アイヴィーリさんと会話するエリオス君。
やはり研究者でもあるアイヴィーリさんに調査は任せても良いと思った。
こう見えてもこの国の最高クラスのエリートである。
「しかし道具も改良したいですね。
ジェムズさん」
「このシャベルですか?」
「先端だけが鉄製ですが、
木製部分が劣化したり折れそうですね」
「・・・鉄は高価で、贅沢は言えなくて」
「シャベル程度なら鋳鉄でも十分使えます。
試験炉の鋳鉄で試作しましょう。
もう少し大型で、先端が鉄でできている形状にします」
「それは助かります」
道具も鉄が使われていたが、
あくまで先端部分を少しだけで基本は木製である。
大型かつ全面が鉄で出来ていれば作業効率が少し良くなって
少ない回数で土の回収を終わらせることが出来るであろうか?
前世の記憶で、道具はできたらちゃんとした物が欲しいと
思った作業者の方々は沢山いたのであろうか、と思い出すエリオス君。
道具は作業する上で非常に重要である。
「しかしにゃ。
軍事的に魔法の研究をしていたと思ったら、
また変わった事もする事になってしまったにゃ。
これもエリ君の影響かにゃ?」
「アイヴィーリさんはこの国にとって
無くてはならない人材なんですよ」
「魔法使いとしてかにゃ?」
「いえいえ、同じく研究者としても。
ありとあらゆる事にたいして」
こうして図らずとも、化学者としてデビューしていく
事になっていくアイヴィーリさんであった。
史実でも近世までは化学は錬金術と医術と密接な関係を持ちながら
イスラム圏から徐々に進歩していったのであるが、
1662年にロバート・ボイルのボイルの法則により
近代科学としての発展が始まっていくのであった。
土掘りの話は情報が足りていなくて、近代のフランスの情報を参考にしましたので、
若干時代背景が前後してしまうかもしれませんが申し訳ありません。