火薬バイオテクノロジー① 塩硝生産プランと筆頭魔法使いアイヴィーリさん
会議は終わりエリオス君は解放されると
別件で呼び出されて再び別の会議室に集まる。
そこには軍事学教授のオズワルド教授とアイヴィーリさん
他、数々のメンバーが呼ばれていた。
実は重要な会議は続きがあった。
「教授。実は相談事であるが」
「これはこれは、宰相閣下」
「戦争を行う為には火薬が必要である。
しかし火薬が非常に貴重品であり輸入に頼っている。
その量産技術を頼みたい」
「・・・それは難題ですな」
火薬は国内で取れる量が僅かであるので、魔王国からの輸入に頼っている。
それも長くは続かないであろう、と誰もが思う話だった。
魔王国とて戦争するには火薬が必要である。
こたびの大戦争が終われば、最重要軍需品を供給する必要は無くなるのだ。
それは誰の目から見ても明らかであった。
しかし軍事学の研究所で物づくりは長けていない。
生産に従事する研究では無いのだ。
仕方がないので応援を頼むしか無い。
そういう時こそ、得意な人が急に呼ばれる事になる。
「火薬は硝石と硫黄と木炭を混ぜて作ると言われていて、
中でも硝石は尿と植物などから硝石が作れる事は数百年前に
東洋から南の異教徒を通じて諸国に伝わっているが、量産が困難だ。
そして大砲の戦力は砲台より火薬の数で決まる」
「・・・」
「従来は家屋の土を回収して硝石を入手していたが、
戦争に使える程の硝石は確保できていない。
量産が難しい事で有名である。
他国との戦争は火薬の数によって決まる時代が来よう。
3年、いや4年後に南の異教徒と再戦する際にはどうしても火薬が
しかも国内の生産で必要である」
中世から近代までの火薬は黒色火薬であるが、
原材料の硝石と硫黄と木炭の中では、
硝石の入手が圧倒的に難しい。
中国内陸部や南ヨーロッパ、中東やインドなどでは
乾燥した地域で天然の硝石が取れる。
その後、チリのアンデス山脈で取れる様になって大量に供給されるまでは
その戦略的重要性から、海上貿易や植民地経営が加速していった。
天然の硝石が輸入できない場合は大問題となった。
「錬金術、いや魔法学として
筆頭魔法使いのアイヴィーリ卿に頼みたい」
「はいにゃ」
「教授同等の主席研究員に指名するので実現して欲しい」
「承りましたにゃ」
「よろしく頼む」
「しかし、実際に何をすれば良いのかにゃー?」
「え、アイヴィーリさん・・・」
トーマス殿下からアイヴィーリさんに依頼する。
快諾するアイヴィーリさんではあるが、
詳しい製造方法を知っている訳ではない。
魔法使いが化学に詳しいとも限らない現実があった。
諦めたエリオス君が助け舟を出すしか無いのか?
と思っているとトーマス殿下がやれやれ、という表情で言う。
「仕方がないな。
坊主。お前の出番だ」
「・・・トーマス殿下?
実は最初からそのつもりですよね?」
「ん?
坊主は理解が早くて俺は非常に助かるな」
「・・・やはりそうなるんですね」
トーマス殿下のツッコミに頭が痛くなるエリオス君。
それはそうだろう。
硝石を量産で作る方法は当時は極秘中の極秘。
みんなが知らなくても不思議ではない。
知っているだけでも未来知識は恐ろしいほどのチートである。
「ではこうしましょう。
その硝石を含んだ土を作る環境を模擬的に再現します」
「どうするんだ」
「まず6〜7m前後の穴を掘って
家畜などの糞尿と土を混ぜたものを30cm、
植物とカルシウム、ええと貝殻を粉砕したものを
15cmづつ交互に積層させます。
で上部に蓋をします」
「なるほど」
「で春夏秋冬の三ヶ月おきに掘り返して空気を送り込み
その後にまた糞尿を加えて
同じ様に積層し直します。
これを3〜4年繰り返します。
最後に煮詰めて硝石を取り出します」
エリオス君が説明する。
これは日本の戦国時代から江戸時代に行われた塩硝の方法である。
アンモニアと酸素を混ぜてバクテリアに反応させて、
亜硝酸を作り、貝殻の主成分であるカルシウムと反応させることで
硝酸カルシウムを生成する方法である。
硝酸カルシムを更に植物の灰汁(炭酸カリウム)を煮詰めて加える事で
硝石となる硝酸カリウムを生成する。
しかし収率がわずか1〜2%程度しかなかった。
つまり最初に数百kgの塩硝を準備してもわずか数kgしか取れない。
しかも製造方法は非常に困難で特殊なバクテリアも必要。
実際に硝石が取れる家庭の土を採集してバクテリアを
持ってこなくてはならない。
おまけに、糞尿を採取してかき混ぜるといった苦しい仕事も待っている。
それでも工業的に大量生産が可能な方法は、
当時この塩硝しか日本にはなかったのである。
気体中の窒素を固定化させるという技術は植物や土などにいるバクテリアを
経由する他になく、近代にハーバー・ボッシュ法が確立するまで困難だった。
それは農業技術と密接に絡み合っている。
驚異のバイオテクノロジー技術であった。
「植物や動物の堆肥に関わる技術は、
農学部のリリアンヌ教授とセドリック教授に助けてもらいましょう」
「そうだな。
我が国最高の知識が大学にいるな」
「共同研究という形にすれば、
お互いの長所を国家の為に生かす機会となるでしょう」
エリオス君は、リリアンヌ教授とセドリック教授に応援を頼む事にした。
動植物の選定や冬の温度管理など注意する所が沢山ある。
そういうデータ取りも専門の人たちに助けてもらう必要があった。
「ならそれで進めよう。
アイヴィーリ殿を中心に人と場所を確保して
大量生産に進めよう。
必要な人材や金は国家が集めるから、
国とのパイプ役としてトーマス殿下にお願いする」
「仕方がないな。宰相。
これもお国のためか・・・」
「なんとか舵取りをよろしくお願いいたします。殿下」
商業関係はトーマス殿下の担当であるので
産業関係も責任者として任命されてしまう。
この殿下も実は国家の運命に振り回される運命であった。