第2回帝国大学祭⑤ 法学部とジャスリウス教授と法学論
マーガレット教授に言われたので、法学部のジャスリウス教授の
研究室に向かうことにするエリオス君。
正直に言って行きたくないがやむをえない。
過去の経験からどうせ面倒事を押し付けられるに違いない、
というエリオス君の先入観から逃げたくなっていた。
専門でない分野は避けたいのである。
「ジャスリウス教授はいらっしゃいますか?
学生のエリオスと申します」
「・・・入りたまえ」
「失礼します」
緊張しながらエリオス君が研究室に入ると、
長身で黒髪長髪の紳士がそこにいた。
28歳くらいであろうか。
メガネの下に鋭い眼光と
エリートタイプのイケメンである。
「私が法学部教授のジャスリウス・ド・グレイ男爵だ」
「学生のエリオスです。
お呼び頂きありがとうございます」
「確かに私が呼んだな」
エリオス君は教授の持つインテリオーラに圧倒されていた。
いやーな雰囲気と空気を感じてイラッとする。
いちいち呼びつけておいて、傲慢な態度を取られると
忙しいのに余計にイライラするエリオス君。
「・・・なんだ君は。
そんな貧相な格好で。
帝国大学の一員としての自覚は無いのか。
もっと服装に金をかけて、しっかりとした身なりを整えたまえ」
「・・・。ご指摘誠にありがとうございます」
「ふむ。
君は天才という噂だが、
ただの貧相な子供にしか見えないな。
まあいつの時代も噂が先行するのだろう。
がっかりだ」
「私は田舎の平民でございますので、
恐縮です」
いきなり教授が悪口を言ってきた。
残念そうな表情を見せる教授とイラッとするエリオス君。
こういう上から目線は苦手なエリオス君である。
エリートが嫌いな馬鹿を演技してとっとと退散したくなる。
ぐっと我慢して、姿勢を低くして聞くエリオス君。もちろん大人である。
「まあ良い。
君を呼んだのは大学祭の話だ。
昨年度に大学祭で法学部は
国際法の教育と討論会を行ったのだが、
他の学部と比べると評判が悪いらしくてな」
「・・・なるほど」
「そこで裏の幹事である君にアドバイスを
してもらおうと、来てもらった訳だ」
ここでやっと予想していた言葉が教授から出てくる。
まあ本題に入って、結論を出して退散したいエリオス君。
後でひどい目に合わない程度にアピールしておいた方が良いかもしれない。
「教授の講義は平民にはレベルが高すぎて理解出来ないのかもしれません」
「しかしだな。
法学部は法律を討議して社会を作り上げる立場。
そして裁判で司法官として裁かねばならぬ。
学生としても正しく聞くのが筋であろう」
「そうですね・・・」
これは想像以上の堅物であろうか?と
心の中で悩むエリオス君。
どうしたものかと。
前世の知識で論破しても良かったのだが、
後から付きまとわれるのも実際に迷惑である。
「それであれば教授。
商人の立場では、国際法なんて如何でしょうか?
各国の税制度とか、国際貿易のルールとか。
利に聡い商人であれば興味が湧くかもしれません」
「・・・ふむ」
「大学の住人は軍人でもありますので、
交戦規定とか、捕虜の扱いとか、宣戦などは」
「・・・」
「他には国内法で、
徴税法や刑法、民法など議論しても如何でしょうか。
身近な法律など
「うーん」
色々と思いついたものを提案するが、
いまいちピンとこない教授である。
興味が無いのかもしれない。
教授という人種は自分の興味のある事しか関心を持たない人が多い。
基本的に視野搾取が当たり前なのだが、
そういう人だから情熱を持って成功し、
そういう人だから商売やベンチャーの経営に失敗する人が後を立たない。
エリオス君はそういう人たちを前世でも沢山見てきた。
「法の執務官であれば、判例の話などは如何でしょうか?
三権分立の話などは面白いかもしれません
個人的には社会契約論とか興味がありますね。
この時代には」
「・・・?
まて。君。
なんだ三権分立とは?
その社会契約論とは何だ?
私の知らない言葉を使うな」
「・・・しまった。ついうっかり」
調子に乗ってつい口を滑らせてしまうエリオス君。
異世界人はこういう所を無意識にさらっとやってしまうのであろう。
残念ながら、ジャスリウス教授は言葉にうるさい方であった。
相手が専門家だから知ってると思って未来知識をさらけ出してしまう。
こういう所は学者には危険である。
法学としては主に近代であるが、
近世から近代にかけて有名な学者は沢山いる。
三権分立論はジェームズ・ハリントンやジョン・ロック、
シャルル・ド・モンテスキューが有名である。
社会契約論はトマス・ホッブズ、ジョン・ロック、
ジャン・ジャック・ルソーなどが有名である。
他にも思想家として、ヘーゲルやカントなども挙げられる。
エリオス君は昔学生時代にこの手の名著を大学図書館で沢山読んだので
その時の知識がまだ忘れていない。
大学図書館はやはり学生に公開されないと駄目かもしれない、と思ったエリオス君。
「しかし君は私の知らない知識を知っている様だな。
例の魔王国からの入れ知恵か?
それとも・・・
まあ良い。今日は君が見た目通りの子供で無いことが分かった。
大学祭の事は一旦こちらで考えるから、
後日また研究室に来る様に。
こちらから呼ぶ事にする」
「・・・はあ」
知らないフリをして逃げても良かったが、
調子に乗ってマウントを取ってしまったエリオス君であった。
これで後で痛い目にあうのであるが、
それがこの国にも幸せだったのかもしれない。