第2回帝国大学祭④ 神学部とマーガレット教授と出し物
次は神学部に向かう。
マーガレット教授の研究室である。
ここは研究が主体であるが、研究者も神父でもあるので
聖書の公開講義などを行うのであろうか?
「マーガレット教授はいらっしゃいますか?」
「あら、エリオス君。
いらっしゃい。
ゆっくりしていってください」
「お邪魔します」
にこやかな笑顔を見せながら慈愛の表情を見せるマーガレット教授。
いつもながら大変な人格者でもある。
まさに学生の母親ポジションを確保しているみたいな気がする。
実に居心地の良い空気を作れる人だな、といつも思うエリオス君。
「今日はどうされましたか?」
「実は大学祭をどうしようか、と各研究室に訪問している所です。
マーガレット教授の所でも何か出し物しますでしょうか?」
「うちは去年と同じで公開講義をするつもりです。
神の教えを沢山の人に教授するのが宿命です」
「それは素晴らしい話ですね」
学者であるマーガレット教授は非常に博識である。
ただし女性が司祭になれる事はこの時代では無い。
しかし中世の司教や司祭は必ずしも神学に詳しい訳ではない。
地位を金で買う風習が横行していたし、明確な試験や資格があった訳でもなかった。
とは言え学者出身の司祭がいなかった訳ではない。
かのマルティン・ルターも学者であり司祭でもあった。
「所でエリオスさん。最近ウィリエルを見ませんでしたか?」
「ウィリエルさんならこの前、お店で会ったきりです」
「最近研究室に来ていないんです。彼。
あんなに真面目な子が急にいなくなるなんて」
「それは心配ですね」
「何かあったのかしら?」
「・・・実はですね。マーガレット教授」
という話の流れに任せてエリオス君は女神様の件を伏せながら
贖宥状の件をマーガレット教授に説明する。
お金で救いを求めるのは聖書の教えに反すると。
学者は古代語にも詳しいので、翻訳されていない聖書を
読んで研究し、翻訳し、教授するのも仕事である。
そこで言葉の解釈の違いなどに苦労しながら、
神の言葉の真理に近づくのである。
「ウィリエルさんも悩める若者という事でしょうか?」
「教会の贖宥状の話は私も気になる所ではありますが、
教皇のなされる事には裏があると私は思います。
大聖堂の再建築という名目で」
「まあ、教会のする事には僕は口を挟みませんが、
貴族からの評判はかなり悪いです。
民衆からの搾取だと。
大きな声では言えませんが」
「それでも神の救いを求める民衆の声があるのも事実ですね。
それに我々は1神学者に過ぎません。
教皇のお考えを知り得る事が出来るはずもありません」
苦々しい表情で言うマーガレット教授。
やはり心の中では思う所がありそうではあるが、
表に出さないように工面している様子である。
腐敗した教会を痛感しているのであろうか?
「ウィリエルさんの件は本人の悩みが解消するのを
ゆっくり待つしか無いのかもしれません。
彼も学者です」
「・・・そうかもしれません。エリオスさん。
私も少し様子見をしてみます。
神が彼の悩みに答えを授けてくれるのをお待ちしましょう」
「・・・」
マーガレット教授がやんわりと答える。
その言葉にエリオス君はドキッとしたのも事実である。
しかしウィリエルさんが大学にも来ていないとなると
相当な事態であろうと勝手に想定するエリオス君。
「そう言えば、エリオスさん。
聖書の翻訳の方で今後はどうするのですか?
増販されるのですか?」
「そうですね。教授。
新約聖書480ページの翻訳と
それに使う活字の作成がやっと完了しましたので
これからキルテル村で印刷と出版をお願いしている所です。
来年には初版が販売できる事を祈っています」
「それは良い話ですね。
母国語で聖書が読めれば、沢山の人が
神の教えを読むことが出来るでしょう。
ベストセラーは間違いなしですね」
「従業員のお給料を払うのも結構大変な状態なので、
皆様にお返し出来ると良いですが」
「それは良い心がけですね。
是非皆さんを大切にしてあげて下さい」
「本当は翻訳して頂いたウィリエルさんのお陰なんですが・・・」
「うふふ」
和やかにマーガレット教授と会話する。
やはり聖書の話になると、この方は自分の事の様に喜ぶ。
とエリオス君は油断していると
「実はエリオスさん。
法学部のジャスリウス教授が探していたわよ。
大学祭の絡みかしらね?」
「・・・お会いした事が無いですね。確か。
僕は法学の成績はあまり良くないですし、
そもそも専攻しようとも思っていませんでした」
「まあ、それは。
でも先方もお探しの様ですから、
是非研究室に行ってくださいな」
「お呼びであれば行ってきます。
これ以上仕事を増やしたくないのですが」
「それでは宜しくね」
と爆弾発言が出てくる。
問題事を押し付けられたかの様に思ってしまうエリオス君である。
可能なら他の分野にはあまり関わりたくない所ではあるが、
大学祭も近いので寄り道するエリオス君であった。
ちょっと勉強し直して思ったのですが、
近世で女性が神学者って設定はかなり不味いのでしょうか?
カトリックには女性に頑なな歴史がありました。「神父」って呼びますし。
女性は宗教では迫害されたカトリックの歴史ですが、
この物語はジェンダーを持ち込みたくないので、
女性が大学に沢山入り込む設定にしてしまいました。
プロテスタントはともかく、カトリック的にはちょっと異論はあるかもしれませんが
僕自身の不勉強を反省すると共にジェンダーを小説の中にまで
持ち込みたくないのでこのままで進めさせて下さい。