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聖書と悩める神学者ウィリエルさんと女神様

 伯爵様の話では聖書の訳本の評判がもの凄い良く、

王都のリバティーマーケット店でも販売する事に決まった。

製作には今まで活字や翻訳にかけた時間に加え、

更に数ヶ月をかけて新約聖書の訳本の完全版をリリースする。

新約聖書の初版は480ページで2,000部を予定している。

既に活字は完成、翻訳も完成しキルテル村に送っている。

来年には出版出来るであろうか。



「出版で一番大変なのは活字を作る所だろうな。

 皆にはお礼をしないと」

「そうよ、エリたん。

 あたい達が一生懸命頑張ったんだからね」

「僕も頑張ったよ。伯爵様の応援の方々と一緒にね」

「店長いない間は私達がこの店と仕事を切り盛りしていたんですからね」

「・・・ありがとう、皆」



 とチェリーちゃんにミネアちゃん、それにエリノールお嬢様が

エリオス君に愚痴を言う。仕方がない。

感謝してお礼を言う。

伯爵様から応援を頂きつつも、一生懸命店を切り盛りする。


 当初の資金不足と人材不足の苦しさも感じながらも、

なんとか続けてこれた社員の皆さんに感謝するエリオス君。

今後どういう商売をしていくのか真剣に考えなくてはならない。

ただし聖書を出版して売りに出せればそれなりの収益になり

店の経営も安定するであろうと考えている。

もちろん、キルテル村では大忙しであろう。

村の仕事が増えれば雇用も増加して収益が安定する。


 史実では人文学者のエラスムスがギリシャ語の新約聖書を

1516年に出版し更にラテン語に翻訳した。

1534年マルティン・ルターはそのラテン語の聖書を参考にドイツ語に翻訳した。

ルターの翻訳以前に聖書のドイツ語訳が無かったわけではないが、

一般的な口語、民衆が使う言葉に合わせて修正した。

その読みやすさと活版印刷技術によりドイツ内に早急に普及したのだった。

もっとも一部内容を改変したので、旧教徒からの批判も大きかった。



「この聖書の訳書が売れれば、お店も繁盛するだろう。

 今少し協力をお願いしたい」

「まっかせて!エリたん」

「僕も頑張るよ」



 商売が安定すれば色々と投資が出来るようになるだろう。

人も増やせるだろう、とエリオス君が考えていると

珍しい来客がやってきた。

神学部のウィリエルさんである。



「エリオス殿・・・

 実はご相談がありまして」

「こんにちは、ウィリエルさん。

 こちらにいらっしゃるとは珍しいですね。

 どうぞお入り下さい」

「ありがとうございます」



 悩めるウィリエルさんがわざわざお店まで相談しに来た。

珍しいな、とエリオス君は思った。

先回の贖宥状の件であろうかと思った。

正直、この時代は宗教問題と政治問題が密接に関係しているので

介入すると敵を作るからエリオス君としては遠慮したい所である。


 事務所となっている2階にウィリエルさんを案内しようとすると、

中には既に神々しいオーラを発する美女がいた。

人あらざる美しさに驚く。

そう女神様が椅子に座ってニコニコ笑っていた。



「エリオスさん。お久しぶりです。

 お元気そうでなによりです」

「・・・何故、今この時この瞬間に女神様が」


 

 散歩に来ました、みたいな表情で和やかに挨拶する女神様。

あまりの驚きに隣にウィリエルさんがいることを忘れて

つぶやいてしまうエリオス君。

大変な失言であった。


「神様???

 誰か、その場にいらっしゃるのですか?

 エリオス殿」

「・・・い、いや、それは」

「大丈夫ですよ。エリオスさん。

 今は貴方以外に私は見えませんし、声も聞こえません」

「・・・しかし」



 この空気と二人に挟まれて声も出せないエリオス君、

前に女神様、後ろにウィリエルさんに挟まれて苦悩する。

ウィリエルさんをごまかしきれたかどうかエリオス君には分からない。

だが、ニコニコ笑顔の女神様は全く気にした様子はない。

その圧倒的な人ならざるオーラを隠すこともしない。

いったいどういうつもりだろうか、と。



「エリオス殿。

 ご相談とは先日の贖宥状の件で・・・」

「例の教会が売りさばいている贖宥状ですね」

「アレは、聖書には無い教会の決めごと。

 教会が神の教えと反する教義を行い、騙し、市民から金を簒奪し私腹を肥やす。

 人はお金では神の祝福を買う事は出来ないのです。

 正しき信仰の元へ悔い改めなくてはなりません」

「・・・」



 ウィリエルさんには女神様が見えないので普通に話しかけてくる。

その話とは現代にも伝わっている、

「贖宥状を購入してコインが箱にチャリンと音を立てて入ると霊魂が天国へ飛び上がる」

逸話の内容である。

しかし教会権力が絡んでくると非常に厄介な問題である。

エリオス君は考え込む。

介入すれば、現世の歴史通りであれば一大事である。

仮に走り出したウィリエルさんを止める事は、恐らくエリオス君には出来ない。


 言葉が出ないエリオス君の代わりに、

女神様が横から囁く。



「宜しいではないですか。エリオスさん

 彼のやりたい様に願いを叶えさせてあげて頂いては」

「ですがしかし・・・それは・・・僕には出来ません・・・」


「私には見えないが、そこに神々しいオーラを感じます。

 やはりそこには誰かいらっしゃるのですか?」

「いや、そんな事は」

「先程、神様と呟きましたよね?

 エリオス殿は噂通り天の使いなのですね?」

「・・・」



 女神様の言葉はまさに悪魔の囁きの如くにエリオス君には聞こえてしまった。

女神様とウィリエルさんに挟まれて、何も言えなくなるエリオス君。

後世に与える影響の大きさを考えると、震え上がってしまう。

そう、ウィリエルさんの信念の強さに畏怖してしまっているのだ。



「宜しいでしょう。

 ウィリエル、神として貴方に伝えます。

 『神の言葉を信じよ、聖書の教えを守れ。

  汝は敬虔なる神の子である。

  悔い改めよ』

 そう教えよ」  


「これは神様のお言葉。私にも聞こえる・・・

 御身のお姿が一瞬だけ見えた気がします」

「そんな。ば、馬鹿な・・・」



 業を煮やした女神様がウィリエルさんに直接語りかける。

神父としてのウィリエルさんにはしっかりと聞こえたのであろう。

驚きに満ちたエリオス君とウィリエルさん。

女神様の堂々とした発言は取り消されるものではない。

 本来なら、エリオス君が戯言だと聞き流す様な発言だろうが

悩めるウィリエルさんに無視は出来るはずもなく、

そしてウィリエルさんの悩みは神託と共に姿を変えてしまうのであった。


そして、時代は・・・

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