城塞都市ローリッジ大包囲戦⑱ ローリッジ丘の激戦の果てに
「皆、死んでしまった。
この戦いは本当に必要だったのだろうか?
僕が、僕の作戦で皆を殺してしまったんだ・・・」
戦いは終わったのに途方にくれるエリオス君。
アナトハイム伯爵軍は2,000人以上の死傷者を出してしまった。
そして敵の異教徒軍は8,000人以上の死傷者を出して逃亡している。
伯爵軍は主に前線の砲兵とマスケット兵を白兵戦で失っている。
新兵中心の軍ではとても敵ベテラン兵相手の白兵戦に対抗できなかった。
敵の異教徒軍は大砲から放たれた榴弾、マスケット銃の集中攻撃による死傷者であった。
伯爵軍は主な将校を殆ど失ってはいないが、敵は多数の将校や指揮官を失った。
その内容は大きく異なっていた。
「見事な大勝利である。
・・・何故泣くのだ。エリオス殿。
我らの勝ちだぞ」
嬉しそうに肩を叩くアーシャネット中佐。
しかしエリオス君の顔は非常に曇っていた。
局地戦と見れば戦術的には確かに伯爵軍の勝ちである。
だが戦略的に見たら伯爵軍の大敗であった。
つまり戦力の半数以上を失い、組織的な抵抗力を大幅に失った。
もし敵の援軍が来ていたら全滅は免れない。
それほど際どい戦いであった。
「そうクヨクヨするな。エリオス殿。
これは国家の運命をかけた大戦なのだ。
敵も壊滅的な打撃を受けて、予備兵力の多数を失った。
きっと包囲網に穴が開くであろう。
そうなって、補給と士気を保ち、冬まで耐えしのげば、我が国の勝ちだ」
「そうだ。エリオス殿。
見事な作戦であった。
ちゃーもこれほどの勝ち戦は久しぶりである」
「アンタの作戦が無かったら、もっと沢山死んでいたわ」
エリオス君の異変に気がついて、慰めに来る人達。
中世や近世より現代人は命の価値を重んじる価値観を持つ。
だから人の生死を軽々しく扱うことが出来なかった。
しかしこの戦いが国家の運命をかけた戦いであることには変わりがない。
ただ決戦が出来ないのであれば、ゲリラ戦に特化して逃げ回っていた方が
実は良かったのかもしれないと後悔していた。
「まあ、今日は気持ちが高ぶっているだろう。
大人しく休んで頭を冷やすがよいぞ。
妾も今日は活躍しすぎて疲れたぞよ」
「皆さん無事だったんですね。
それは何よりです」
「当たり前じゃ。
妾はこんな所で死んでたまるか。
妾の騎兵隊もまだ健在じゃ。
のう、イザベラにランベルトよ」
「お嬢様は今日は頑張りました」
「お嬢様は今日はお疲れ様でした」
「僕はもう魔王国に帰りたいです」
「本当に元気な方々ですね・・・。僕も疲れました」
ロザリーナお嬢様とメイドさん執事さんが答える。
砲兵隊のヴェヌート少尉もつぶやく。
この人たちも激戦に生き残った。
それに騎兵隊はまだ多数生き残っている。
ゲリラ戦術ならなんとか可能である。
「所でアーシャネット中佐。
今後はどうするお考えですか?」
「もちろん、エリオス殿の作戦を聞きたいが、
この丘からは大砲を持って撤退する。
次はこの丘で交戦するだけの力はないからな。
後は遊撃として、敵の後背をつつく位しか出来ないな」
「妥当な案ですね。
この丘は我らにとって必須ではありません。
最初からそれに徹した方が良かったかもしれません」
「いや、戦いはそんなに簡単ではない。
この戦いは敵に攻勢を断念させるのも目的だ。
攻勢を断念させるには補給線を断つしかないが、敵の別働隊が邪魔だ。
我らの手勢では正面から野戦を戦えないからな。
一番有利な状況で、敵の別働隊を叩き殲滅させてから
より自由に敵の補給線を叩ける状況を作り出す事は重要だ。
そうなれば敵は後背が気になってまともな戦争など出来やしない」
「そうですけどね・・・」
「それに我らの最大の戦果は、接近戦で異教徒どもの大軍にも
我らが勝てる事を証明したのだ。歴史的に負けつづけている我らがな。
エリオス殿の最高の戦術と、魔王国の最新の兵器でな。
将来の戦いでの影響はとても大きいだろう」
敵の補給線を叩くという戦略は一致していても、
敵は大軍であるために、当然別働隊がある。
その別働隊こそが我ら伯爵軍の最大の敵であった。
もちろん、敵が城塞都市ローリッジの包囲を解いて、
その軍勢をこちらに向ければ別であろう。
そうなれば逃げるしかない。
しかし包囲が解ければ、城塞都市ローリッジが息を吹き返すのであるが。
敵の指揮官が伯爵様であれば、もっと多数を別働隊にあてたであろう。
1万2千の軍では少なすぎたのだった。
この戦場では、お互いの将が戦の天才とは言えなかった。
ロイスター王国軍が優れていれば、直ちに援軍を多数送り背後から急襲するであろう。
南の異教徒軍が優れていれば、秀吉の様にこの丘に城を築城して大砲を用意し
長期戦に耐えられる体勢を作ったであろう。
史実でも第1回ウィーン包囲ではどちらも実現しなかった。
そしてベオグラードに大砲を多数置いてきてしまった。
そのためにウィーンは結局落城しなかったのである。
「さあ一旦後方に下がり補給と補充を受けよう。
その後に敵の補給線を再び攻撃する。
そうする事で城塞都市ローリッジへの支援とするのだ」
「承知しました。アーシャネット中佐」
こうしてローリッジ丘の激戦は幕を閉じたのであった。