とある苦情処置と受入れ検査
キルテル村で店番をするエリオス君。
この村ではお客さんは少ないので、現実はそれほど忙しくはない。
村の風景や店の商品をこうやって店番の位置から眺めながら未来を考え続ける。
言葉が十分に使えて、読み書きが問題なく出来る事を最優先に勉強し続ける毎日。
商人にとって読み書きは必須のスキルとも言える。
識字率の低い時代にとって、文字の習得こそ最優先課題であった。
商品の構造やどうやってこの時代の技術力で
作られているかを観察するだけでも今は勉強になる。
しかしこのど田舎ではそれも限界があり、この国がどんな文化でどんな商品が
流通しているのか製造業をやる上でしっかりと知りたいものである。
またこの村には店舗が殆どないので、
村中のご近所の方々がよく買いに来てくれる。
今はのんびりスローライフである。
ある時にお店のお客さんから苦情の問い合わせが来た。
お客さんの窓口となる店番にはちょっと困った仕事になる。
「ボッシュさん。おたくで買ったナイフの付け根が割れて使えないんだよ。
まだ買ってから3ヶ月しか経っていないのにどうなっているの?」
「こんにちは。
ああ、ここの付け根の部分が欠けているね。
柄の部分にクラックも入っている。
なにか強い衝撃でもあったんだろう。
ぶつけたのか落としたのか投げたとか」
「それは・・・」
何やら店内でお客さんとお父様が会話している。
よく表情や口調を観察するとそれほど怒っている訳では無さそうである。
難癖をつけに来たにしては比較的、温和な対応だ。
気になって横でしっかり聞いているエリオス君。
「どうせ奥さんと喧嘩にでもなって、凶器の代わりにでもなったとか。
ご近所さんでも結構噂になっておりますよ。
ナイフは危険だから怪我がなくて幸いでしたね」
お母様がフォローに入る。傍から聞いていると色々な意味で怖い話である。
世間の狭い地方だと暇つぶしにもその手の話が拡散されやすい。
まさにプライベートが暴露されて、拡散されている瞬間を目の当たりにした。
ご近所さんって本当に怖いと思うエリオス君である。
「アイリアさん、こんにちは。
その話をどこから耳に・・・」
「主婦の情報網は早いんですよ。
そうねぇ、もう村の皆に知れ渡っているんじゃないですか?」
「う。そこまで知られちゃマズイな。
アイリアさんには勝てねーな」
と、逆にお母様の情報力に怖気づくお客様。
それは。流石に怖いと思ってしまう。その美しい笑顔が。
エリオス君にはその男の気持ちが分かってビビる。
主婦のネットワークはマジ怖いと思ってしまう。
どんな情報がどこまで裏で流れているんだか分からない。
それはさておき折角だからどんな現象が起こっているのか、ナイフを見せてもらおう。
「僕にも見せてー。見せてー」
「おう、坊や。元気そうだな。
怪我をしないように気を付けてな」
よく見ると何か変な割れ方をしている。
現代社会だと普通そんなに簡単に壊れるものだろうか、と思ってしまう。
現地現物は最も重要。
不良品やクレーム品は実際に隅から隅まで
重箱の隅をつつくよりも厳しくチェックしなくてはならない。
後でお客様が帰ってから、
お父様がため息をついてつぶやく。
「最近、入荷している商品が安定していなくて、な。
今日は助かったよ。
色々と、こういうトラブルは今後増えてくかもしれない。
刃物職人さんが変わったのだろうか。
俺らでは外観からでは良くわからないが」
ああ、刃物職人さんが作っているのか。
そういう所は確かに小売り側では作り手がブラックボックスになって分からない。
実際に物を作っていない人には、変化点が何かあっても分からないのが苦痛。
いきなり前触れもなく品質が変わったり、不良品が多発する。
製造業の人間からしたら珍しくもない、変化点があるのである。
ただし売る側にとっては非常に頭の痛い、辛い話である。
急に問題多発するのは、爆弾を抱えているのも同じ。
だから本来は製造工程を変更する場合、変更管理をユーザーに申請する必要がある。
ものづくりでは変更管理は原則である。
じゃないと、知らないうちに勝手に商品の仕様が変わってしまい、
最悪お客様からの大クレームになる事もある。
そして損害賠償と取引停止処置をくらう。当然倒産の危機も出てくる大損害。
とても怖い話であるが現代にも通じる現実。
製造業以外の人も、物を見る際には忘れないで欲しいものである。
こういう時は基本に立ち返って、
「じゃあ、まず受け入れ検査をしようよ」
とエリオス君からご提案する。
何をいうかと混乱するお父様。
「エリオス...急に何を」
「よくよく実物をしっかりチェックして見ると、
何か変わった所が分かるかもしれない。
そういう変化点を見逃さない様にすると苦情も減ると思う」
この手の話は、転生前の現代には良くあった話である。
出来た物勝負の時代では、職人さんの腕で決まってしまう時代だったであろう。
ただしそれは品質管理の概念が無かった時代の話である。
製品には素材から加工工程までの工程単位で、正規分布の一定のばらつきを持つ。
ばらつきがスペックを超えてしまうことなど珍しくないが、
それを検査せずに、また意図的に流出される事は珍しくない。
それをお客様が使うと不良品として認識される。
品質管理のレベルなどあって無いような時代だろう。その言葉すらない。
実際スペックに入った良品だけを入れてくれというのは、現代でも頭の痛い話である。
そのうち機会があったらサプライヤー監査して徹底的に叩こう。
じゃないと自らの立場も守れなくなる。
ガッツリ不適合を出してやるんだ。覚えていろよ。
と心に誓うエリオス君であった。
よくあるトラブル対応と品質問題の話。
均質な工業製品が存在しない世界で、
どうやってモノを管理していくかをたどっていきます。