城塞都市ローリッジ大包囲戦⑫ 総攻撃の中止と坑道戦
開戦から2週間が経った。
暑さもまだ残る9月上旬である。
ロイスター王国軍の予想を超えた思わぬ抵抗に動揺が走る。
総攻撃の失敗は明らかであった。
城塞都市の守りと大砲とくに榴弾の威力が攻め手に多大な損害を与えていた。
「陛下。
我が軍の総攻撃は、苦戦を強いられています」
「朕にもこの状況は見ればわかる。
この新型要塞は想像以上に硬い守りだ。
難攻不落であろう。
朕もやつらを甘く見たか?」
「陛下・・・」
南の異教徒ことことイェルデューク国の
皇帝のアルトゥール5世がつぶやく。
秘書官や将軍たちが黙って皇帝の発言を聞きながら
各自の戦術を考える。
「陛下。ここは予定通り坑道戦に切り替えましょう。
地下から奴らの城壁を超えましょう」
「そうであるな。
朕も簡単に落とせる城では無いと頭では理解はしていたが
精強なる我が軍の戦力を過信してしまったようだ。
よかろう。
総攻撃は中止だ。
時間はかかるが力攻めから坑道戦に切り替えよ」
「承知しました」
皇帝のアルトゥール5世の指示により総攻撃は停止。
坑道戦に変更される事になった。
坑道戦とは洞窟を掘り、爆薬をもって地下から破壊して
城塞都市の内部へ侵入する戦術である。
城塞が進化するに従い、防御力を突破する方策として
古代はもちろん近世から近代までよく用いられた戦法である。
「しかしだ。問題は敵の別働隊である」
「敵は少数ともお聞きしております。陛下」
「数が問題ではない。
朕が考えるのは、敵の別働隊が城塞都市に補給を送ることだ。
城内の士気が向上し、補給を得る事で交戦能力を回復させる。
攻城戦が長引く事は避けねばなるまい」
「では陛下、軍を派遣致しましょうか?」
「そうだな。
遊牧民族のセリム・ギレイを将軍として1万2千を
別働隊として率いさせよ。
遊牧民族は坑道戦より陸戦が得意であろう」
「承知しました」
こうしてセリム・ギレイ王を主力とした別働隊と
アーシャネット中佐率いるアナトハイム伯爵軍が激突する事になる。
「陛下。
坑道戦の作戦ですが・・・」
「朕が命令を下そう。
まずは輸送の非戦闘員を動員して
複数の方向から坑道を掘らせろ。
もちろん、牽制として城壁付近の部隊の攻勢は続けさせろ。
ただし深追いは被害が続出するから抑えろ」
「承知しました」
「食料の確保を優先して手配しろ。
決して絶やすな。
暴動が起きるぞ」
「補給線は確保されております。陛下。
輸送はかなり道のりが長いですが、
今の所は問題ありません」
「よろしい。
・・・しかし奴らの焦土戦術がかなり効いたな。
国土を灰に燃やし尽くしてまで朕に対抗してくるとは。
奴らに知恵者がいるな」
「かの魔王国が裏から手を貸しているという噂でございます」
「魔王と手を結ぶとは、愚かな野蛮人だ。
朕に対抗するために人としてのプライドまで捨てたか。
かの神代の戦いを、神は忘れた訳ではないぞ。
魔王こそがこの世の災厄の始まりであると、
神は聖書に書き残してある」
「陛下の仰るとおりロイスター王国は野蛮人でございますな。
我が国が教化して魔王国を追い出しましょう」
「うむ。
魔王国の連中はいずれ神の名において、
海から陸へ攻め込んで叩き潰してやろう。
異教徒を裏で扇動する魔王も滅ぼして、
併呑してくれるわ」
「全ては陛下と神の思し召しに・・・」
皇帝アルトゥール5世がつぶやく。
しかし彼は薄々気がついていた。
魔王国の軍事技術の高さに。
すでに力攻めの侵略が容易ではなくなっていた。
実際に城塞都市の大砲の威力に押し返されている。
特に榴弾が歩兵にとって驚異的であった。
城塞都市と言い、これは過去には無かった軍事技術である。
そう、中世は既に終わってしまっていたのだ。
この戦いにおいて、明確に感じ取っていた。
「朕が陣を視察しにいこう。
兵の士気が下がっているかもしれん。
こんな天幕の中では戦は分からんからな」
「陛下御自らが?」
「卿らも朕について来い。
戦は最前線で起こっておるのだぞ」
そうして、皇帝アルトゥール5世自ら陣中を視察し、
総攻撃で疲弊した軍を見るのである。
しかしこの戦いはまだ始まったばかりであり、
地獄はこれからであった。