店舗リバティー・マーケットとマーケティング論② 3C分析
マーケティング論の続きになる。
彼らにも商売の基本を知っておいた方が良いだろう。
商売人というのは経験論だけで行う物ではない。
「これは他所の国で生まれた言葉ですけど、
売れる仕組みをマーケティングって言葉を使っていました。
この国の言葉ではありませんが、そういう考え方です」
「・・・どこで勉強したのよ?
まあ良いわ。アンタの頭のネジが外れているのは今更だわ」
「商売には3つの概念があります。
一つは市場。つまりお客様です。
もう一つは競合。同業他者、商売敵です。
最後に自社です」
「中々本格的な話になって来たわね。
もうちょっと細かく解説を頼むわよ」
興味が出てきたのか、ニーナさんや他の人たちが集まって聞きに来る。
最初はいわゆる3C分析である。
Customer(市場・顧客)、Competitor(競合)、Company(自社)の頭文字で、
3つに焦点を絞り、調べ上げるのである。
「最初は市場、お客様を調べます。
まず市場の大きさ、財布の大きさ。
つまり市場規模。
次に成長度合い。伸びる市場かどうか。
他には顧客要求などを調べます」
「・・・どうやるのよ。
サラッというけど全然目星つかないわよ」
「ニーナさん。最初はざっくりで良いんです。
まずお客様の人口動向です。
王都にお金持ちはどのくらいいて、幾ら靴下を買っているか?
次に庶民の場合はどのくらい?
おおよその算数で良いです」
まずカスタマー分析を行う必要がある。
お客様の層別、購入金額、購入頻度などなどを適当に概算で定義する。
どうせ正確な情報を調べるには時間がかかるし100%の情報は得られない。
それはマーケッティング・リサーチの段階の業務である。
「ふうん。面白そうな話ですわね。店長」
「エリノール副店長。
何か分かりましたか?」
「貴族や富豪は靴下ギルドから高価な靴下を沢山買いますわよ。
でも人口は少ないですわ」
「僕たち庶民は沢山いるけど、高価な靴下はとても買えないよ。
高級品は金銀の紐、織物、刺繍、サテン、ビロードなどで飾り付けがあるよね。
貴族が履いている物とか」
「そういう高級品は殆どが輸入品だよ。外国製」
と言ってチラリとエリカお嬢様を見るミネアちゃん。
目線に気づいたエリカお嬢様は悪びれもせず、チラリと見せる。
これは手強そうだ。
定期的に買ってもらうには非常に工夫が必要だろう。
専門の職人さんの雇用を考えねば。
「お金持ち向けは刺繍技術を練習しないと難しそうだな。
そこはチェリーちゃんの職人技の手縫い技術を駆使して頑張ろう。
靴下ギルドをクビになった専門のはぐれ職人さんを早急に探して雇うのも先決。
庶民向けは普通に手縫いで織った物が多い。
生地も安い麻か入手が容易な国産の羊毛。
肌触りの良い綿と絹は高級品に近いかもな」
「僕たちはそんなに沢山買えないよ。
破れても自分で継ぎ治すね」
「ミネアちゃんの言うとおりだ。
庶民にとって新品は高い、めったに買えない、購入頻度が低い。
繊維を自分で縫って使う。商売としてはそこが課題だろう」
「安かったらたまにはチェリーも欲しいけど、靴下ギルドの既成品は高いよね。
とても買えないから自分で編んじゃう」
幼馴染のミネアちゃんとチェリーちゃんが苦悩する。
当然直して使うだろうが、限度がある。
中古品を譲ってもらったり、自分で編んでみたり。
それで高価な完成品より糸や布素材が売れるのだろう。
「と、まあこんな感じでそれぞれのお客様の1年間に購入する数量と
購入金額を人口で適当に掛け算して市場規模を計算する。
現時点でこの王都で買っている靴下の総金額を需要って言葉で定義する」
「言葉は難しいけどやることはシンプルで簡単なのね」
「実際に調査するのは後の段階です。
次は競合」
「もちろん、靴下ギルドですわよね」
「そうです。エリノール副店長。
後は自分で手縫いして作っている人も競合に含まれます。
この人たちは時間をかけて内作します」
「靴下ギルドの長所は高級品の品質と職人技のイメージね。
弱点は非常に高価で市民には新品がまともには買えないわ。」
「そんな感じで相手の長所と弱点を調べていきます。
相手の弱点に商品戦略を絞りこんで勝負するんです」
「でも独占販売権を持っていると?」
「それは王家に破棄してもらいました。
もともと手工業ギルドと商業ギルドは天敵に近いです。
商業ギルドを利用して独立した販売網を作ります」
「しかし手縫いで作ってしまう人たちに買ってもらうのは難しそうね」
「その人たちにも上手に買ってもらうのも商売なんだが、別の話で」
ひとまず競合を靴下ギルドと定義する。
職人作業だから非常に高価な製品になる。
他には買えなくて自分で作ってしまう人たち。
近世ではそういう人は沢山いたであろう。
しかし手縫いは膨大な時間がかかる。生産性が悪すぎる。
そういう時間は見えないコストになっているであろう。
そういう靴下ギルドの弱点の人に買ってもらう価格と品質戦略が最優先だろう。
「最後に自社。
どの品質のものを幾らで売るか、どれだけ作れるか。
例えば靴下職人が丹精込めて作る高級品を作れるか?
庶民向けに徹底的に安く作り上げるか?
原材料と作業工数と人員は足りているか?
利益はどれだけ出せるか?
などを調べていきます」
「自社はまだ調べやすいわよね」
「そうですね。
で最終的に比較します。
相手の強み、弱みなどを書き出して
狙うお客様と市場、製品を絞り込むんです。
言葉だとわかりにくいので図で書くのが普通です」
「・・・
貴族向けの高級品は難しいわね。専門家がいるわ。時間をかけましょう。
狙うは庶民向けね。
しかも自分で編めない人や男性、仕事で忙しい人たち、独身。
そういう人を対象に最初に狙うしかなさそうだわね」
「僕らには糸を自動で安く大量に作れるキルテル村の工場があります。
原材料の安さはダントツです。
あとは機械で織れば圧倒的に短時間でだれでも安く作れます。
おそらく靴下ギルドの原価の100分の1以下でしょう。
販売権は商業ギルドと王家、アナトハイム伯爵様の権力を最大限に使います。
繊維を安い麻と羊毛、入手が困難な綿と絹というグレードに分けましょうか。
安いものは中古品と比較して売れるかどうかを詳しく調べましょう。
「アンタも色々と考えているのね」
概要を説明するが、これだけではわかりにくいだろう。
製造原価の安さは機械で大量生産すれば
問題は売価設定だろう。
安すぎれば攻撃されるので問題だ。
高すぎれば売れない。
このさじ加減が難しい。