お父様からの手紙。実家と工場の近況
久しぶりにキルテル村の実家のお父様から手紙が来る。
お互いに忙しくて合う機会が中々ないが、楽しみである。
手紙が来るまでに時間がかかるので事後の話がほとんどであるが。
実家の仕事も手伝わないといけないのだが、任せっきりである。
「よう、エリオス。
元気か?
お父さんは元気にやっているぞ」
お父様は元気そうで何より。
こちらも元気。
順調ですな。
「まずは無事、娘が生まれた。
お母さんは元気だ。
今度、実家に来る時に見ると良い」
ほほう。
お母様が無事出産したか。
それは良かった。
妹ですか。
何かお土産を買って帰ろうか。
「繊維業は順調であるが、
原料不足は否めない。
糸の生産が増えて今度は織物の生産が追いついていない。
売上が頭打ちになってきている。
メイヤーさんの家も人手不足だ。
織機と人手がもっと必要になってきた」
・・・やはりそうなったか。
最初は、ジョン・ケイが開発した飛び杼の影響で、
織機の生産量が増加して糸が足りなくなった。
糸の生産が人海戦術で非常に困難なので生産が追いつかなくなった。
ところが、複数の糸を紡ぐジェニー紡績機や
水力のアークライト紡績機が大量に出てくると生産性が向上して
今度はまた織機が足りなくなる。
自動織機が必要なのだ。
自動織機は1785年にイギリス人エドモンド・カートライトが
製造したパワー・ルームを始めとして、
日本であれば津田米次郎が国内初の津田式力織機を製造し
さらに改良した豊田佐吉の自動織機の時代になる。
「繊維の国内での売り先も限られてきた。
輸出を視野に入れた販売先の相談に乗って欲しい。
靴下の生産も少しづつ行っているが、
売り先と機材の増加が課題だ」
加工繊維の改良と新商品が課題である。
服や布に織って最終製品の形で売らないと
売上が増えていかない。
織機はまだ旧来の人力のままなのだ。
ここが繊維産業の難しい所である。
「伯爵様のご指示で鉱山の開発が進んでいる。
労働者がそちらにも雇用されていて、
キルテル村も人手不足になりつつある。
人がいなければ生産できない。
直ぐに人を増やすことが出来ないので苦しくなってきた」
製鉄業が少しづつ進んでいることは嬉しい話だが、
産業革命が進むと今度は工場労働者が多数必要になってくる。
そして生産性を向上させる自動化の設備、動力源も。
修理するための部品づくりや機械職人も重要になってくる。
たとえ増産させたくても、周りがついてこれないのだ。
これは現代も解決出来ない悩みである。
「紙や印刷業も少しづつ進めているから心配するな。
時間はかかるが送ってもらった訳書と
活字で作業は始めている。
ただ文字がちゃんと読める人が少ないので
今は俺が指示しているが、そこが今後の課題だ」
ああ、識字率の課題があった。
近世の悩みは庶民の識字率。
実は聖書の翻訳によって、聖書を中心としてかかげる
プロテスタントを中心に識字率はヨーロッパでも向上していく。
また産業革命によってマニュアルを読む必要が出てきたので
教育が盛んになっていくのだがそれはまた別の話である。
「どこかで商売が頭打ちになってくるだろうと予想する
そうなる前にいつか今後の事をゆっくり話がしたい。
お前も忙しいだろうから当分こちらに来れないだろうが
元気でいてほしい」
人、モノ、金、設備、土地、材料、市場、競合。
どこか一つ問題が出ると商売がうまくいかなくなるのだ。
これが資本主義の厳しい世界。
製造業の宿命でもある。
新商品開発とコストダウンを果てしなく続けていかないと
生き残れない世界でもある。
そうやって沢山の企業が生まれては倒産しつづけて現代にも至る。
どこかで課題が出てくると、曲がり角を経験する。
まあ、さしあたっては雇用であろうか。
農業人口を第2次産業に雇用していく必要がそのうち出てくる。
そうなった場合、蒸気機関を実用化することで
水力に頼らない生産性向上が可能になるので
人手不足も少しづつ緩和していくだろう。
その先は人手を求め各地に工場を分散させる必要が出てくる。
製造業の工場は良質で安い労働力のある土地に工場が出来る。
それはこの国に限らないボーダレスの時代が産業革命でやってくるのである。