石炭コークス製造④ 石炭と野焼き法
ラスティン先輩と共に石炭を蒸し焼きにしてもらうために
木炭職人さんの所に行く事にする。
エリオス君はここでも常連であった。
「木炭職人さんはどこにいるんですか?」
「王都郊外の工房です。
火の元と水源が必要なので、市街地から離れています。
広場で野焼きしています」
「行った事が無いです」
「是非行ってみましょう」
木炭職人さんはダニエルさんと言って
気さくなおじさんである。
主に製鉄などの燃料売りの商売をしている。
近世までは製鉄、製塩、陶器類やガラス製造などの高温炉用途
の燃料を含め、木炭が主流であった。
基本的には森林部で木材を伐採し、現地で蒸し焼きするのが普通である。
「ダニエルさん。こんちは」
「エリ坊やか。
今日もまた木炭の補充か?
学生も大変だな」
「エリ坊や・・・」
不本意にも坊や扱いをされるエリオス君であるが、
おとなしく黙って文句を言わないことにしている。
見た目は子供である事には違いはない。
ラスティン先輩が裏でつぶやくが無視である。
「最近の木炭事情は如何でしょうか?」
「森林伐採が進んで、木材の値段は急上昇してるさ。
市民は冬の燃料が買えなくなってくるかもしれん」
「今は木材を輸出していますもんね。
将来的には足りなくなって、
自国の燃料も手に入らなくなります」
「それは辛いな。
どんどん生活が辛くなるな」
「代替え燃料が必要です」
木炭は主に産業用途燃料だが
木材は建築資材や船舶など多様に使われるので、
消費量が激しい。
どんどん森林伐採が進んでしまう。
イギリスでは代替え燃料として石炭の技術革新が進んだ。
「今日はこの石炭を蒸し焼きにしてほしいんです」
「石炭は臭いが出るから人気が無いんだが」
「実験用なので、データを取るのが目的です」
「まあ協力しよう。あそこで野焼きしておこう。
石炭を積んでおいてくれ」
「ありがとうございます」
中世から近世の野焼き法とは、
木材や石炭を段積みして隙間に可燃性の良い燃料として
オガ粉や木材の破片などを詰めて加熱する。
低酸素状態を作るために外側を土やレンガで覆い
外気が多量には入らない様にして燃料に火をつける。
低温状態から水分を飛ばし、数百度で木材も燃やしながら
不純物を気化させる。
ただし燃料効率や排出ガスの回収が困難で
大気に捨ててしてしまうので、非常にロスが多い。
近代ではビーハイブ法と呼ばれる
反射炉の様に耐火レンガをドーム状で覆い
排ガスも回収できる方式に切り替わった。
まだ当分先の話ではあるが。
「じゃあ、ラスティン先輩。
各地の石炭をここに層別して置きましょう。
あとで識別できる様にお願いします」
「了解。
場所で分けて、回収するときにも混ざらない様に
しないと駄目だね」
「混ざったら後で分かりませんからね。
一応ナイフで刻印しておきましょう」
「識別できれば良いけどね・・・」
といって各地で産出した石炭を用意する。
特性を比較するためである。
鉱山毎に取れる石炭の基礎データを入手すると共に
今後の品質管理体制をしっかり考える必要がある。
後日、石炭バラツキ問題には多いに頭を悩ませる事になる。
「積み終わったら野焼きしておくから、
1〜2週間後に取りに来てくれ。
冷えるまで少し時間がかかるかもしれん」
「承知しました。
では宜しくお願いいたします」
実際に石炭コークスが焼けるには少し時間がかかる。
熱効率が悪いのだ。
現在の電気炉、ガス炉と違い昇温と断熱に大きな違いがある。
改善が必要な所ではあろうか。
「所でエリ坊や」
「なんでしょうか?」
「王宮から木炭職人の招集がかかっている。
なにやら大規模な製鉄を行うらしい」
「そうらしいですね」
「・・・坊やの曰く付きの様だな。
俺は動けないから弟子を派遣しようと思う。
紹介しよう。
息子のウェイシーだ」
「ウェイシーです。
噂はかねがねお聞きしております。
宜しくお願い致します」
「エリオスです。
宜しくお願い致します」
「ラスティンです」
息子さんのウェイシーさんをご紹介して頂く。
まだ15歳くらいであろうか。
エリオス君より年上だが、17歳のラスティン先輩より年下である。
このウェイシーさんが王国の木炭・石炭工房を発展させていく。
「この子は、物心が付く前から木炭を教えてある。
まだ若いが実務経験はちゃんとある」
「お父さん」
「師匠と呼べ」
「・・・ハイ。師匠」
なかなか厳格な親子関係である。
上下関係の厳しい職人はそんなものであろうか。
師弟関係の厳しい時代である事を悟ったエリオス君。