第1回帝国大学祭⑬ 農学部とグリーヴィス公爵家
大会が終わり、農学部の展示ブースに戻ってくる。
何やら揉め事が起きている。
グリーヴィス公子とエリカお嬢様である。
「エリカ。
公爵家の令嬢がこんな所で何をやっている。
公爵家を辱めるような賤しい真似は止めるんだ」
グリーヴィス公子がエリカお嬢様に説教をしている。
まあこの時代は公爵家の娘と言ったらまだ
深層のお姫様という扱いなのであろうか?
どうやらこのお転婆娘の本性をまだ気付いていない様子なのか?
「あらお兄様。
わざわざご拝見頂いてありがとうございますわ。
これはお父様にはちゃんと許可は頂いているのですわ。
私はグリーヴィス公爵家の為、食糧問題に全力を掛けておりますわ。
また砂糖会社の社長としてお父様にご支援頂いておりますの」
「公子様。
間違いありません。
公爵様のご許可を頂いております」
公爵家のウイリアム・マーシャルさんが説明に入る。
と、グリーヴィス公子も諦めが入ったのか
怒りを収める様に頭を振る。
思う所があったのであろうか?
「お前は昔から、公爵家令嬢としての優雅さに欠ける。
自覚が無いのではないか?
婚約者に愛想をつかされるぞ」
「私はまだ結婚するつもりはありませんの。
この公爵家と国家に忠誠を誓っているのですわ。
お父様とも散々議論していますわよ」
「女がてらにその不届きな態度が気に入らん。
父上に意見するとは何事か。
恥を知れ」
そう言って去るグリーヴィス公子。
女性蔑視の文化は近世で良くあった話だが
現代人からは見ていて見苦しい。
内心怒りに満ちたエリカお嬢様の思いは見なくても分かる。
ああ、内輪もめか。
これは介入したくない。
そして今は口出し出来る外国権力のロザリーナお嬢様もいないしな。
まああの二人は非常に相性が悪そうだから遺恨を残すだろうし。
古典的な貴族娘の姿に抗うエリカお嬢様の姿であった。
この時代では異端であろう。
ただ、例外があった訳ではない。
例えばマリア・テレジアの娘も全員が政略結婚になった訳ではない。
病気がちなマリア・アンナや恋愛結婚のマリア・クリスティーナなど
一部の例外も勿論いたのである。
「わ、私は悪役令嬢にはならないわよ。
お兄様の人形でも無いわ。
馬鹿女神の舞台には従わないんだから。
神様ですら私の運命を縛り付ける事は出来ないんだからね」
「・・・エリカお嬢様」
「その様な暴言は後で聞きますから。
まずは落ち着いて。どうどう」
興奮するエリカお嬢様を鎮める
この時代では貴族の常識に反するから
本人の意向とは別に暴言でしかない。
ただし貴族の恋愛が無かったかと言えば嘘になる。
政略結婚の正妻を相手にしなかった当時の貴族の話など珍しくもない。
「プ。エリオス様。
どうどう、って馬じゃあるまいし」
「こらティアナさん。
ネタにマジツッコミ禁止ですからね」
「ヒヒーン、って私に何を言わせるのよ。エリオス君。
私は冷静ですわよ。
私の未来を賭けているんですから、
こういう古い思想の社会を潰すしか無いんですわよ」
「まあ、近世ってまだそんな感じかもしれません。
王侯貴族は政略結婚の時代ですから。
僕ら庶民には理解出来ていない話ですが」
「・・・アラ、エリオス君。
その言い方は誠に気に入らないわね。
庶民の家だからって他人事で良いわね。
私の考え方を貴方も否定するのね。
そうだ、今のうちに私と貴方で結婚しましょう。
お父様も貴方に一目を置くから完全に否定するのは難しいはずよ。多分。
そうすれば公爵家の権力も使えるだろうし、
私は政略結婚から解放される。良い案だと思います。
我が家には代わりに可愛い美少女の妹達が沢山いるんだし」
「あの、僕を巻き込まないで下さい。
ね、冷静に。エリカお嬢様。
それにそれ妹さんが聞いたら怒りますよ」
「絶対に逃さないわよ。
覚えていなさい。
私は諦めないわ」
ジト目をするエリカお嬢様。
別に喧嘩を売った訳ではないですって、と
言い訳をしたいエリオス君。
しかし二人が火に油を注ぐ。
「そうですわ。お姉さま。
お姉さまには大切な婚約者の方がいらっしゃるんですから。
エリオス卿は貴族になったら私と幸せになるんです」
「お姉さま。
私達はお姉さまの幸せな結婚を祝福しますわよ。
それより美味しいお菓子が食べたいです」
空気の読めない二人である。
公爵家のオルフィーニお嬢様とローレリアお嬢様である。
それは本人に言ったら駄目であろうと思っていると、
「貴方達。
またそんな事を。怒るわよ。
・・・社長権限でおやつ抜きね。
砂糖菓子はあげないわよ」
「!
お姉さまそれだけはご勘弁を」
「お姉さま。お怒りはオルフィーニだけで。
私めは何も悪くありませんわ」
「こら、ローレリア。自分だけズルい」
貴族のお嬢様も甘い物には勝てない。
暴挙であるが、社長の権力は恐ろしい。
うん。公爵家の中だけで。
面白い姉妹である。
「その話は一先ず置いておいて、
農学部の展示は如何でしたか?」
「物珍しさで眺めていく人が多いわね。
砂糖菓子は流石に人気だけど。
学生には砂糖菓子は高いから貴重品ね。
簡単に口には入らないわ」
「砂糖を供給出来るというのは権力に近いかもね。
安く供給出来れば、貿易赤字も減るだろうし
名産品も増える。
お菓子も食べられるし調味料としても食生活が豊かになる」
「そうね。
このプロジェクトの重要性を誰もが理解しているわけではないわ」
ため息をつくエリカお嬢様とリリアンヌ教授。
でも、良い反応があったという事は立派な成果であろう。
この国産の砂糖を廻る戦いは始まったばかりであるが、
実は裏側でも砂糖を欲しがる人達の動きが出てくるのであった。